若者の「働く希望」が溢れる職場づくり
「イマドキの若者は何を考えているかわからない」――。いつの時代も、上司や先輩は新人・若者に対して、こんな印象をもつものです。しかし、そこで手をこまねいている余裕は、ないはずです。ときに若者に歩み寄り、一日でも早く彼らの成長につなげ、活躍できる人材に導くこと。変化が激しい時代、企業の競争力を増すうえで若者の育成は大切なミッションです。
そこで、イマドキの若者の実態と、彼らとの向き合い方について考える機会を設けました。講師は、若者研究を行う東京大学教授の玄田有史氏と日本能率協会マネジメントセンターの斎木輝之です。弊社で2016年から行う若手社員に関する調査の結果もあわせてご紹介します。
こんな方におすすめ
- イマドキ若手社員の実態を知りたい方
- 新入社員のキャリア観が知りたい方
- 若手社員の育成のヒントや支援策を知りたい方
登壇者プロフィール
斎木輝之(さいきてるゆき)氏
玄田有史(げんだゆうじ)氏
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Ⅰ. イマドキ若手社員の傾向と支援策
1.若手社員が育ってきた時代背景と特徴
●今年の新入社員のタイプとは
今年(2019年)の新入社員は「呼びかけ次第のAIスピーカータイプ」といわれています(日本生産性本部調べ)。つまり「注目のAIスピーカーであり、引き続きの売り手市場。多機能だが、機能を十分に発揮させるためには細かい設定(丁寧な育成)や別の補助装置(環境整備)が必要。最初の呼びかけは気恥ずかしいが、それなしには何も始まらない」ということです。
新入社員のこのタイプ分けは、いつ始まったかご存知でしょうか。実は1973年、昭和48年です。1973年の新入社員は「パンダ型」。「大人しくかわいいが、人になつかず世話が大変」といわれました。とはいえ今でも、「今年の新入社員の印象はどうですか」と聞くと、「大人しい、受け身、まじめ」という声が出てきます。「今どきの若者は……」という話は1000年以上前から語られているという説もありますが、時代背景にともなった特徴がありますので、この中身を深堀りしてご紹介しようと思います。
●「希望」のとらえ方
まずは今回のテーマでもある「希望」について、仕事という言葉がもっている広がりや印象をまとめている書籍『働き方の哲学 360度の視点で仕事を考える』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から簡単にご紹介します。
仕事に対する感じ方は「労役」「可能性への挑戦」「使命」の3段階あり、それを短期・長期の視点で整理されています。このなかで「希望・夢・志」は、「使命×長期」のゾーンに位置づけられています。その意味では受動的ではなく能動的にものを生み出したときに、「希望」や「夢」といった言葉が出てくるのではないかと思います。
また、第2部で講演をいただく玄田有史先生の書籍『希望のつくり方』(岩波新書)のなかでは、「夢」「幸福」「安心」と「希望」の違いを紹介されています。
著書のなかで玄田先生は、「夢や幸福がダメで希望はよいというわけではなく、両方必要だ」とおっしゃっていますが、あらためて「希望」という言葉のもつ意味合いは非常に深いものだと感じました。玄田先生は、「希望というのは自分で探し、つくっていくもの」「自分自身で苦しみながらも進んでいくものである」とおっしゃっていますが、常に希望をもち続けるというのは、新人に限らず簡単なことではないと感じるのではないでしょうか。
●育ってきた環境が新人のキャリア観に影響を与えている
当社で実施した「イマドキ若手社員の仕事に対する意識調査2019」では、次のような質問に対して「YES」「どちらともいえない」「NO」の三択で回答してもらいました。対象者は新入社員約400人と上司・先輩約600人です。
人生100年時代のキャリア観に関しては「将来への明るさ・不安感」と「いまの人生充実度」について回答してもらいました。
結果、将来の不安は新入社員・先輩ともに不安を感じているものの、「人生の充実度」に関してはいずれもYESの回答が最も高くなりました。その意味では不安と希望が入り混じっているのが現代社会のようです。
こうした考え方には、育ってきた時代背景と特徴が影響しています。数字で時代の流れを理解いただくために総務省の「平成29年版 情報通信白書」から、パソコンやスマートフォンの普及がどのように進んでいったかを示すグラフを見てみましょう。
2000年ごろにはほとんどの方がパソコンを所有しました。日本では2008年にスマートフォンの販売が開始され、2013年には2人に1人がもっている状態になります。今年の新入社員である1996年生まれは、インターネットが普及した2000年時点ではまだ4歳で、iPhoneが日本で販売開始された2008年時点では12歳。そして、20歳になる2016年に働き方改革実現会議が開催されました。我々からするとつい最近のように思えますが、彼らにとっては就職前の段階ですでに働き方改革についての情報をもっていたという点が、ひとつの特徴です。
また、もっとも変化したものとしてモバイルのリテラシーがあげられます。それは同時にコミュニケーションにおいて、感情交流よりも情報交流の割合が高くなってきていることを意味します。情報収集やネットワークの幅、業務効率が高まったという長所もあるため、これ自体が悪いことではありません。しかし、感情交流から情報交流への移行が、ストレス耐性の低下と関係していることを示すデータなどもあります。育成・成長の観点から見ると、ICT化はいいことだけではないという側面もあるようです。
2.イマドキ若手社員の傾向と支援策
●意識調査から見るイマドキ若手社員の特徴
これまでご紹介したような時代を過ごしてきた新入社員は、どのような価値観をもっているのでしょうか。当社で行った「イマドキの若手社員の仕事に対する意識調査2019」の結果からご紹介したいと思います。
- ・2016年から行っている本格的な調査開始(インターネットリサーチ)
- ・回答者数:1,025名(新人:404名、上司・先輩:621名)
- ・男性:女性=60:40
- ・501名以上の企業規模に勤務
結論から申し上げると、「自分らしさを大切にしつつ、無理なく、無駄なく成長したい」と考える方が非常に増えているというのが、ここ最近の新人の特徴です。図表4左の「対象者の特徴」は、意識調査のなかでほとんどの方が「YES」と答えた項目です。さらにグループインタビューなどで深掘りすると、図表4右のような対象者の気質もわかってきます。このような点が満たされないと、会社への不満や離職につながるということです。
また、対象者には図表5右のような本音も出てきます。ここまでご説明したなかから、特に皆さんと共有したいポイントを3つご紹介します。
●POINT1 失敗から学べることはわかっているが、失敗はしたくない
「仕事で失敗したくないですか」という質問で「YES」と答える割合は若手ほど高く、Z世代は82.7%と、ミレニアル世代以上と比べて15ポイント以上も高くなっています。失敗したくないという感覚は誰もがもち得ているものかもしれませんが、特に若手は「失敗」に対して我々以上に抵抗感をもっているのです。
ここで重要になるのが、(他の回答結果と掛け合わせると)彼らは「失敗から学ぶことは多い」「恐れずに取り組むことが大切」といったことは理解している点です。学生時代に失敗から成長した経験はしているものの、「失敗したくないので、責任ある大きな仕事は任されたくない」と回答する人も約半数います。このように、意識と行動のギャップが大きいことが特徴の1つといえます。
また、当社ではストレス耐性と育成のタイプを測るアセスメントを60年前から行っています。この変遷を見ると(図表6)、現代は「認めて育てたい(=認められて育てたい)」という方が約40%となっています。1996年からの変遷を見てみると、この承認欲求タイプだけが右肩上がりに伸び続け、2016年ごろには1位に躍り出ました。
また、2008年ごろまでは「価値観を大切にしたいタイプ」が常に一番上にありましたが、この割合が逆転したために、自分が教わってきた通りに新人を指導してもフィットしなくなっています。この「自分はこの経験で成長したのに」という認知ギャップがあるために、新入社員とのかかわり方が難しくなっているのではないかと思います。
・「指導者には厳しく、自分には優しく」がキホン
また、先の意識調査結果から、63.9%の新入社員は、「できている点には目を向け、ほめてもらうことで自分は成長していける」という自覚をもっています。一方で「新入社員が担当する仕事の良し悪しは「『上司・先輩の指導の仕方』次第」と回答する人の割合も61.7%となっており、上司や先輩の教え方が上手であれば成長できると考えている人が多いことがわかります。
さらに、「自分がしてしまった重大な過失に対して、自覚はしているので、怒ったりせず、注意・忠告する程度に留めてほしい」と考えている新入社員は65.2%にのぼります。叱るのではなくまずはできたことをほめてほしいと感じている人が多く、自分のなかで「できたことに目を向けられない先輩はわかっていない」という評価をしてしまうのです。
●POINT2 「仕事環境の心地よさ」は外してはいけない重要な要素
キャリア研究者のドナルド・スーパー氏が示す「14の労働価値」のなかから、仕事に求める条件のトップ3を選んでもらい、世代別に集計した結果が図表7です。
「自分の能力が発揮できる」の項目では、世代間のギャップは大きくありません。一方で「仕事環境の心地よさ」がもっとも重要であると回答した人の割合をみると、新入社員は22.5%、先輩は8.4%と、約3倍の開きがあります。我々が思っている以上に、彼らは仕事環境を重視していることがわかります。
・「働きたい会社」と「働きたくない会社」
本調査では、「あなたにとって働きたい会社・働きたくない会社とは、どんな会社ですか?」と自由記述で回答してもらい、よく出てくるキーワードを抽出しました。「働きたい会社」の特徴をみると、上司・先輩の回答では「仕事を通じた成長」「会社の方向性」といった仕事や職場に関する内容が前面に出ていますが、新入社員の回答では「人間関係がよい」「個人が尊重される」「プライベートを重視できる」など、環境に関するキーワードが多くみられます。
この回答傾向は、フレデリック・ハーズバーグ氏の「動機づけ要因理論・衛生理論」の設問回答でも類似の傾向が見受けられます。
具体的に解説をいたします。「仕事に対する満足度が高まる要因」を調査し、上位5項目をグラフ化したものが図表8です。
上司・先輩は承認や昇進といった動機づけ要因が上位である一方で、新入社員は個人生活や労働条件など衛生要因に該当する項目が高くなっています。衛生要因を満たしていくことが新入社員の満足度につながるため、仕事環境についてのとらえ方が重要になるという点は「働きたい会社」の回答と類似しているといえます。
●POINT3 自信をもって行動するには時間がかかる
「自分自身に満足している」「自分自身の『行動』や『言動』に自信がある」という質問の回答を見ると、新入社員は他の世代と比べてNOと答えた人の割合が10%以上高くなっていることがわかります。新入社員は他の世代と比べて自己肯定感や自己効力感が低い傾向があるために、自信をもって行動できるようになるまでにかかる時間が、我々の想定よりも長くなっているのです。
自己肯定感とは、今の自分を認めてあげること。自己効力感は、少し先の将来の自分や、自分の行動に対する自信がもてることです。この両方が高いと「できるに違いない」というマインドで行動することができますが、これらが低いと「何をやってもうまくいかない」「どうせうまくいかない」というマインドになりがちなため、メンタルケアなどのフォローが必要となってきます。
●イマドキ若手社員の支援策
まとめとして、このような特徴のある新人・若手社員の支援策について紹介します。
① 心の開放(グロースマインドセット)が与える成長への影響
脳科学の発達により、マインドは成長に大きく影響を与えるということが立証され始めています。「失敗したくない」「恥をかきたくない」「理不尽なことが多い」という不安心理をもっていると、「指示されたことだけする」「目立たないようにする」「かかわらないようにする」といった行動につながってきます。一方で、「失敗を恐れない」「他人の評価よりも自分の成長」「より良くなれる」という前向きなマインドをもっていると、「自らコトを起こす」「自分にもできることを探す」「他者に働きかける」といった、人事や現場が期待する行動につながります。人材の育成においては、こうした意識の部分のケアも必要になります。
②JMAMアセスメント(V-CAT)の結果から見る「メンタルヘルス傾向」
当社の調査では、人材の適応力を適材随所、適材適所、適材局所、適材極所の4つの型に分けています。「この仕事しかできない」「この先輩としかできない」という傾向が強いタイプは「局所」「極所」に該当し、これが現在では約6割にのぼるため、一人ひとりに合わせた柔軟な指導が必要になってきます。
③スキルアップとマインドアップ
新入社員は何もできない状態から始まり、「できた」という気持ちをもつことで自信をつけていきます。「前よりもうまくできた」と思えば、持続することや立ち向かうことの大切さを感じ、「さらに良くできた」となれば、意味や目的も考えられるようになる。こうした基本的なステップを繰り返すことで、「もっとよくしたい」「もっと成長したい」といった欲求につながります。そのためには、少しずつ自信をもたせ、「持続してよかった」「経験から学べるようになった」と感じられるような仕掛けづくりが必要です。
最後に、新入社員のマインドアップにむけた解決の方向性について紹介します(図表9)。
教育担当者や現場のかかわりとして、自分らしさや価値観を優先する余地を残しながら最低限の道筋を示すことが求められます。一律的な教育支援では成長のバラツキが出てしまうため、それぞれのゴールに導くためのしくみづくりや相互の理解・尊重が必要です。そして、これまでの教育施策は基本行動の習得を重視していましたが、これからは環境適応力や経験学習力、さらには前向きなマインドセットを身につけてもらうことで、新入社員の自律的行動を高めることにつながっていくといえます。
Ⅱ.若手社員の希望を引き出す職場とは
1.希望とは「見えないものが、少しだけ見える」こと
●若者が嫌うこととは
私は若者について研究してきましたが、若者が何を考えているか、というのはいまだによくわかりません。唯一わかったことは、「どうすれば若い人に嫌われるか」ということくらいで(笑)、それは「決めつけること」です。「君たちはコミュニケーション能力が低いらしいね」などと決めつけることを言うと、漏れなく嫌われます。物事を分類・整理するときは類型化が必要になりますが、目の前にいる一人の人間と接するときは、できるだけ決めつけない方がいいですね。
しかし、それは現在の若者に限らず、昔から言われていることでしょう。男らしさ、女らしさといったものも世の中にはあるでしょうが、それよりももっと大切なことは、「その人らしさ」です。
●仏教には「希望」の概念がない!?
「希望」について研究を始めたきっかけのひとつに、村上龍氏が2001年に書いた作品『希望の国のエクソダス』があります。中学生が反乱を起こして独立国を作るという空想小説なのですが、その中学生が反乱を起こす理由として言った「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」というセリフが、閉塞感のある時代に多くの人の心を打ったようです。ではどうして希望がないのか、希望をもつとはどういうことなのか。私たちは、希望学と銘打って研究してきました。
研究を始めて何年か経ったころ、あるお寺で希望についての講演依頼をいただきました。講演後に控え室に戻ると、担当の方が「皆さん新鮮な面持ちでお話を聴いていました」とおっしゃってくれたので、新鮮な面持ちとはどういうことか尋ねると、「浄土真宗のお経には、希望という言葉が一度も出てこないのです」と言われました。南無阿弥陀仏を唱えれば、夢や希望がなくても極楽浄土に行けるので、希望はなくてもよいそうです。また、無の境地が重要とされている禅宗では、希望はむしろもたない方がよいと言われたこともあります。
どうやら仏教には希望という概念はなかったようなのです。おそらく江戸時代ごろまでは、日本に希望という概念は存在しなかったのではないでしょうか。なぜかというと、希望は西洋文化、特にキリスト教文化と密接に関係しているためです。聖書には、生きるために大事なものは「愛」「信仰」「希望」であると書かれているそうです。おそらく明治維新後、西洋近代化のなかで日本に入ってきたものと思われます。
希望という言葉が日本文学で使われるようになるのはさらに後、大正時代以降で、当時は主に「こんなことを考えてもムダだけど、どうしても思ってしまうもの」という「希(まれ)な望み」という意味で使われていました。
●「希望がある」状態とは
「その後、高度成長期に希望という概念が注目されたときには「頑張って努力すれば叶う」という意味で使われるようになり、希望が身近なものになります。ここでお伝えしたいのは、希望はもともと存在しなかった概念であり、時代によって変わるものだ、ということです。
子どもに「夢も目標も希望もない」と言われると、親は不安になりますよね。希望は本人よりも上にいる人、親や上司の方が子どもに「もっていてほしい」と感じるものです。しかし、希望がない状態も受け入れられることが大事だと考えています。
ある会社では、女性の離職率が高かったため対策プロジェクトをつくり、離職者に理由をヒアリングしました。その結果、大きく2つの理由が見えてきたそうです。1つは、やってもやっても仕事が終わらず、自分の将来が全く見えないように感じられたこと。もう1つは、頑張っているうちに自分の将来がはっきり見えてしまったように感じられたことです。全く対極ですが、「希望が無くなった」という点では同じなのです。
では、「希望がある」とはどういう状況かを考えてみると、見えないなかでも何かが少し見えていたり、逆に見えたと思ってもまだ肝心なところは見えていないのではないかと思ったりする状況なのでしょう。そうしたアンビバレント(どっちつかず)なところが、希望の難しさでもあり、魅力でもあるように思います。
2. 希望は与えられるものではなく、育むもの
●「希望」をもつのは、苦しい状況のとき
ドイツの哲学者のブロッホは、希望とは「まだない存在」であると述べています。あるのかどうかわからない、ないからこそつい求めてしまう。希望というのは一筋縄ではいかないもののようですが、それでも希望が気になってしまうのは、「挫折」と関係しているからです。
挫折や壮絶な試練、修羅場等、困難をくぐり抜けてきた人は希望をもつ傾向にあります。苦しい経験をしながらもなんとかやってこられたからこそ、「希望をもってやってみても大丈夫だ」という気持ちになれるのです。挫折や試練は避けたいものですが、避けられないこともあります。そしてそこから立ち上がるために必要なエネルギーが希望なのです。
つまり、希望という言葉を使うシチュエーションは、主に苦しい状況です。若い世代には失敗や挫折を経験していない人もいて、そうした人に希望についての講演をしてもあまり盛り上がりませんし、むしろ「希望がないとダメですか?」と聞かれることすらあります(笑)。
若い人が希望をもてるように私が気をつけていることのひとつとして、「希望を与える」という表現は使わないようにしています。希望を与えようとするのは、上から目線というか、すこし傲慢な気がします。
●希望に“棚からぼたもち”はない
希望学の研究のなかで、2006年から岩手県の釜石市によく行っています。釜石は過去から津波等の被害を受け、そこから立ち直ってきた過程を通じて、挫折と希望に関する独特な感覚をもっている地域です。そこで、倒産寸前の状況を経験した経営者の方にお会いする機会があり、「希望って何ですか?」と質問しました。最初は「そんなことは考えたことがない」と言われましたが、何度か通って話を聞くうちに次のようなことを言われました。「自分の経験から言えることが1つだけある。希望に“棚からぼたもち”はない。与えられるものは、本当の希望ではない。希望は自分で動いて、もがいて、ぶち当たったところにしかないだろう」
希望は与えるものではなく、一人ひとりが育んでいくもので、その力は誰にでもあるのだと思います。それを互いにサポートし合うことが大事なのではないでしょうか。
3. 大切なのは、ぶつかった壁の前でウロウロすること
●忘れられない、横澤彪氏の言葉
希望の育て方は、人の育て方がうまい人から学んでいきたいですよね。たとえば、むかし漫才ブームをけん引した横澤彪氏は、フジテレビの元プロデューサーですが、彼の代表的な番組に『オレたちひょうきん族』や『笑っていいとも』等があります。横澤さんはその後フジテレビを退職し、吉本興業に転職して取締役になったのですが、同社の新人研修で次のようなお話をされていました。
「今日から皆さんも社会人です。いつまでも学生気分でいられたら困ります。研修が終わったら、現場でいろいろなことを覚えてください。現場に出ていくと、必ず大きな壁にぶつかりますが、皆さんは絶対に乗り越えられません」
彼は「大きな壁にぶつかりますから、頑張って乗り越えてください」とは言わなかったのです。新人たちは「えーっ」と思いますよね。彼は2011年に亡くなっているので、なぜそう言ったのかはわかりませんが、おそらくそれが事実だからでしょう。
吉本興業には、優秀な人材が入社してきます。しかし、新人研修を経て、いきなり現場に行ってもうまくいくわけがない。また、吉本興業にはお笑いが好きだったり、お笑いのセンスがあると思っている子、子どものころにクラスの人気者だった子が入ってきます。しかし、そういう人ばかりが集まると、そのなかでは自分よりも、面白いことを言えたり、出来る人はまわりにはいくらでもいる。だから横澤さんは「壁を乗り越えられない」と言ったのだと思います。
●若手に伝えたい「ウロウロしていること」の大切さ
その上で横澤さんは、こう言いました。「大切なことは、ただ一つ。壁にぶつかったら、ちゃんとウロウロしていること。皆さんに期待していることはそれだけです」。私はこの話がとても好きで、小学生や中学生、高校生に向けての講演でよくこの話をします。
「みんなもかならず壁にぶつかる。仕事でも人間関係でも、どうしようもないことはある。それに今、自分はもうダメかもしれないと思っている子もいるかもしれない。『頑張って乗り越えろ』と言っても、高くて厚い壁が何メートルも伸びていて、とても無理。そのとき大事なのは、とにかくウロウロしていること。
ノーベル賞を取った人に『なせノーベル賞を取れたんですか』と聞くと、みんな『運がよかったんです。たまたま実験などで、ああでもない、こうでもないと、ウロウロしていたら、たまたまできちゃって』と言う。それは本当のことで、そんな偶然がつながることを、“セレンディピティ”と言っていたりもします。
それに壁の前でウロウロしていると、突然、知らない誰かが助けてくれることもある。誰が何の目的で助けてくれたのかわからないけれど、きっと『あそこでウロウロしている人がいるな、ちょっと助けてあげよう』という感じでしょう。だからきっと、ウロウロすることが大事なんだと思う」と、そんな話をします。
4. 経験に裏打ちされた言葉が人を育てる
●若手を一押しする言葉とは
人を育てるということに関して、私自身の経験で大きかったのは、はじめて就職した大学で学部長に「ケチな学者はいい学者にならないからな」と言われ続けたことです。大学に入ると「研究だけしていたい、雑用なんかしたくない」と思ってしまいがちですが、何が自分にとってプラスになるか、マイナスになるかは、実は案外わからないものです。「ケチな学者はいい学者にならない」と言われたのは、私の財産だな、と今も思います。皆さんにも、「今振り返ると、あのときの一言は大きかったな」という経験がありませんか。人を育てるときには、意外とそういう一言が大切になるように思います。その人自身の経験に裏打ちされた一言は、やっぱり大きいですよね。
たとえば、ある小さな水産会社で、2人の高校を出たばかりの女性社員が、難しい仕事を任されたもののうまくいかず、辞めようかと思っていたことがありました。そんなときに、先輩の男性社員から、休憩中に「みんなそうだったんだから。あんまり気にすんな」と言われて、突然吹っ切れて、その後に大きく成長したそうです。今、「失敗から学ぶことがあるのはわかっているけれど、失敗したくない」と思っている若手に対する最後の一押しは、意外とそういう、何ともいえないタイミングの、何気ない言葉にあるのではないでしょうか。
5. 今、必要なのは「ありあわせで乗り越える」力
●異常と変化に対応する力を身につける
希望をもつために力をつけたり、失敗して自己肯定感と自己効力感を身につけようとするのは、何のためでしょうか。
戦後、年功序列や終身雇用といった日本的雇用システムが「非近代的だ」と批判されていたとき、労働経済学者の小池和男先生は、「このシステムにはちゃんと合理的な意味がある。現場を調べずにイメージで批判するのはけしからん」と反旗を翻しました。なぜ日本的雇用システムを大切にしなければいけないのかを一言でいうと、「異常と変化への対応力」を身に付けるためだからだと。これは、日本社会で人を育てていくときの根幹にも大きくかかわっています。
工場のラインを例にとると、異常発生によってラインが止まったとき、アメリカでは修理の専門資格をもっている人がやってきて、故障を修理してくれます。これが日本だと、専門的な知識をもっている人がいなかったので、なぜ故障したのかを現場のみんなで考えざるを得ない。するとトラブルは、仕事と仕事の境目で起きることも多かったりする。その問題を改善しようとすると、Bの仕事をしている人は上流工程であるAの仕事や、下流工程であるCの仕事のことも、知らなくてはいけなくなる。Aの仕事をしている人も、Cの仕事をしている人も同様です。自分の決まった仕事のことだけではなく、隣接するいろいろな仕事をわかっていなければ異常にも対処できないので、ローテーションによって様々な仕事を、時間をかけて経験することが大切なので、必然的に長期雇用にもなっていくのです。
また、技術革新が起きたときには様々な変化が起きますが、そんな変化に長年対応をしてきた経験をもつ長期雇用者が報われるように、賃金体系も年功的になる。こうしたしくみによる異常と変化への対応が日本の強みだったのです。今の社会でも、異常と変化への対応がますます大切になるので、その力を育てるしくみを守らなくてはならないと、昨年亡くなるまで、小池さんはずっと主張されていました。それも昔のように限られた場所でローテーションをするだけでなく、もっといろいろな場所や方法で、異常や変化への対応力を身につけていかなければ、自己効力感や自己肯定感も育たないように思います。
●「ブリコラージュ」と「エンジニアリング」
私たちは釜石市には2006年からよく行っているのですが、東日本大震災の後でうかがったとき、「これが自分の持ち場だと思って、その持ち場のなかで、やれることを精一杯やった」というようなことをよく言われていました。今ある状況のなかでやれることをやる、という工夫や考え方のことをブリコラージュ※といいます。これは、「そこにあるものを、ありあわせをなんとかうまく使って、なんとかその状況を乗り越える」ことです。
※編集部注:文化人類学者レヴィ・ストロースが『野生の思考』において使用。由来は繕う、誤魔化すというフランス語の「ブリコルール」。
この対になる概念が「エンジニアリング」です。目標を立てて計画をして、必要なものをそろえて工程通りに実現させていく。ブリコラージュはその反対で、何を目標にすればいいのかもわからない、材料も今あるものでやるしかない、ということです。たとえば、クリスマスに友人を家に招待し、メニューを考えて材料をそろえて料理をふるまうのがエンジニアリングだとすると、街中で偶然出会った友人を家に招き、たまたま冷蔵庫にあった材料で料理を作って出すのがブリコラージュです。
将来がどうなるかわからない時代においては、エンジニアリングの発想だけでは計画通りにいかなかったときにパニックになってしまったりします。ときには「どうなるかわからないけれど、なんとかできる」というブリコラージュの力がないと乗り越えることができません。この「あるものを組み合わせて、なんとか乗り切っていく」ためには、あんまりなんでもかんでも断捨離をしすぎないほうがいいかもしれません。役に立たないと思っていたものが、何かのとき意外と役に立つ、といったことがブリコラージュにはあるからです。
6. なんとなくつながる、ゆるやかな絆が発見を生む
●「ストロングタイズ」と「ウィークタイズ」
最後にもうひとつだけ、若い人に話したときに「なんかラクになりました」と言われる言葉を紹介します。中高年は「絆」という言葉が大好きですが、若者は必ずしもそうでないことも多い。世の中には、なんかものすごく距離感が近かったり、団結を強く求める絆もあって、それらを社会学では「ストロングタイズ」といいます。ストロングタイズが、お互いのことをよくわかっていて、阿吽の呼吸で行動できる。これがあると、特に中高年は安心したりしますが、若い人には鬱陶しかったりもします。
一方で、絆にはもうひとつ、「ウィークタイズ」というものもあります。「緩やかな絆」を意味する言葉で、たまにしか会わなかったり、世代や仕事が違ったりしても、なんとなく緩くつながっている。そのなかで時折、ふと気づきや新しい発見がある、といったような関係性です。ストロングタイズには安心感がありますが、同質的でありがちなため、新鮮な発見はあまり期待できません。昭和の時代まではストロングタイズがうまく機能していましたが、それだけではうまくいかないということがわかってきたのが平成の時代です。これからの令和の時代には、ストロングタイズとウィークタイズの両方が必要で、それらを上手に組み合わせていくことが、若い人の成長のためにも必要になるように思います。