第6回 「できること」に目を向け、能力を伸ばす 障がい者が生き生きと働くパン屋さん 海津 歩氏 株式会社スワン 代表取締役社長|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
焼きたての美味しいパンが食べられるカフェとして人気のスワン カフェ&ベーカリー。ランチタイムは常に満席という繁盛ぶりですが、実はこの店のスタッフの半数以上が知的または精神的な障がい者だといいます。障がい者が健常者とともに生き生きと働く職場を訪ねました。
「障がい者」のお店!?
虎ノ門のオフィス街の一角にあるスワンカフェ&ベーカリー赤坂店。ランチタイムには200人が訪れ、1日40万円を売り上げるという人気店です。店内にはさまざまな種類のパンやサンドイッチが並び、パンが焼けるいい匂いが漂っています。カフェラテとサンドイッチを注文すると、店員さんがラテアートでクマの絵を描いてくれました。訪れる客は、よほど気をつけていなければこの店の従業員の半数以上が知的障がい者であるとは気づかないでしょう。
店の奥のキッチンでは、店頭に並ぶ数十種類のパンや焼き菓子以外に、外販用の商品も作っており、ほぼ24時間フル稼働で毎日約2000個のパンを焼いています。その他、商品の包装、箱詰め、発送手配やデータ入力、商品の陳列、清掃、接客……など多様な仕事があり、これら全てを障がい者13~4名、健常者10名、合わせて20数名程のメンバーで行っています。
彼・彼女たちは、入社前に特別な訓練を受けてきたわけでも、養護学校の優等生だったわけでもなかったといいます。株式会社スワンの代表取締役社長海津歩氏にお話を伺い、1人ひとりが持つ能力を引き出す育成の秘密を探ります。
動機が善なら不可能はない
スワンベーカリーは「障がいのある人もない人も、ともに働き、ともに生きていく社会の実現」というノーマライゼーションの理念を実現させるため、ヤマト運輸を一大企業に築きあげた故・小倉昌男氏がヤマト福祉財団、ヤマトホールディングスとともに設立したパン製造販売を行うフランチャイズチェーンです。
小倉氏は、多くの障がい者が共同作業所などで月給1万円以下で働いている現状を変えたいと、共同作業所の運営者向けに自らの経営ノウハウを伝える経営セミナーを各地で開催していました。そして、障がい者に月10万円以上を支払えることを自ら示すため、パン店経営に着目。「アンデルセン」「リトルマーメイド」を展開するタカキベーカリーの協力で、冷凍パン生地を使って店で焼く、スワンベーカリーが1998年に誕生しました。現在、直営店3店、チェーン店24店が全国展開しています。
小倉氏が急逝した2005年に代表取締役社長に就任したのが海津氏です。海津氏はアルバイトとしてヤマト運輸に入社。「会社が学校で、お客様とドライバーが先生」という中、各地の支店長、マネジャーを歴任。業績の悪い支店を次々と立て直してきました。当時、スワンベーカリーは業績が振るわず、海津氏はヤマトでの実績を買われ、社長に就任したのです。
「僕は福祉の専門家でもないし、パンの作り方も知らなかったので、ヤマトでやってきた経営手法をそのまま持ち込むしかありませんでした。ただ、障がい者のためではなくお客様のためでなければ、発展はないと思っていました」
ヤマト運輸時代、FAXでの集荷受付や時間帯お届けなど、顧客本位のサービスを打ち出し、成功させてきた海津氏。
「“人のためになるビジネスは必ず成功する”“動機が善なら不可能はない”というヤマト運輸の理念で、スワンの経営を引き受けました」
海津氏は障がい者雇用を目的とした会社ではなく、顧客第一主義で利益を追求する、ごく当たり前の会社経営をめざしたのです。
日本の障がい者数は人口の約5%、約650万人。その多くは全国6000カ所以上ある共同作業所や授産施設で月給1万円以下で働いており、経済的自立とは程遠い現状がある。