My Opinion ―② 人事が積極関与するキャリア開発が 日本企業の国際競争力を高める
暗黙知をチームで共有し、キャリア開発のゴールを職能部長とする日本的キャリア開発は、かつて日本企業の国際的競争優位を生み出した。
しかし、ITの進化・普及がその優位性を徐々に縮小させ、日本企業は国際競争力を失いつつある。
グローバル経済化が進むこれからの時代、日本企業が行うべきキャリア開発とはどのようなものか。
神戸大学大学院の平野光俊教授に寄稿いただいた。
1. 適材適所とは
キャリア開発とは、狭義に捉えれば、組織の中で経験する「仕事の幅の広がり」(ヨコのキャリア)と「職位もしくは資格等級の上昇」(タテのキャリア)の時間的経路のことであるが、その要諦は「適材適所」といわれる。それでは適材適所とは何か。単純に考えれば、それは「労働者の保有するスキルと仕事が要求するスキルの最適なマッチング」を意味するが、難題は、両者がつねに変化し、マッチングに時間的なズレが生じるところにある。
ノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・S・ベッカーの「人的資本論」に従えば、現在はその仕事を担う能力が足りなくとも、特殊スキルの向上を意図してキャリア開発(企業特殊的訓練投資)を施せば、将来において労働者と経営者の双方で生産能力の高まりから得られる収益を分けることができる。この時、スキル開発の投資コストと学習の効率を勘案しながら、どの時期にどの順番で異なる仕事を経験させていくか、つまり「ヨコのキャリア」の時間的経路の最適解が適材適所ということになる。
さらに、現在の仕事に対する業績が将来のキャリアに与える効果に関心を持つ労働者にとっては、昇進・昇格の体系、つまり「タテのキャリア」がスキル習得の努力を引き出す間接的なインセンティブ効果(キャリアコンサーンと呼ばれる)として機能する。一般に、若年時は年功的要素の強い固定給で、管理職になると短期業績を反映する成果主義型報酬体系に移行するのは、若年労働者は潜在的昇進機会が多くあるのでキャリアコンサーンの効果が大きいからである。短期の業績給の直接的インセンティブをキャリアコンサーンが補完するのであるから、タテのキャリアの時間的経路をどのように設計するか(たとえば、昇進スピードの速さ、キャリアがプラトー化――足踏みするタイミング、昇進を決定するスキル基準)は、労働者のスキル習得の動機付けに影響する。
要するに、適材適所とは、労働者の保有するスキルと仕事が要求するスキルのマッチングの時間的なズレを、ヨコとタテの両面において、スキル習得の効率と動機付けにうまくつなげるようにマネジメントすることである。それでは現実に日本企業はどのようなスキルを労働者に要求し、どのような仕組みで学習を促進してきたのであろうか。そこに他国と比較した日本的キャリア開発の特色を見出すことができるであろう。次節では、主として1980年代に様式化された日本的キャリア開発の諸特徴を説明しよう。
2. 日本的キャリア開発
ヨコのキャリア――知的熟練の形成
高度経済成長期から1980年代に至る時期は、日本的キャリア開発が国際競争力の源泉として世界から注目を浴びた時代であった。この時、日本的キャリア開発は、同僚あるいは関連部署との情報共有による緻密な擦り合わせといった分権的な情報システム特性に対して、能力主義で設計されるインセンティブ制度(職能資格制度)と「知的熟練」の発展を意図した幅広い仕事経験が補完的に結合する日本独自の形態であった。
「知的熟練」(intellectual skill)とは、法政大学名誉教授の小池和男氏が一連の研究で主張した日本の生産労働者(ブルーカラー)が保有するスキルの特徴のこと。具体的には「普段と違った作業」(unusual operation)、つまり変化と異常を処理するノウハウのことである。