J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2017年01月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 人が組織をつくり、成長させる 経験が導いた〝杖〞としての人事

大手総合化学メーカー、旭化成。人事部門トップである橋爪宗一郎氏は、「人事は、社員の“杖”であるべき」と話す。
教育訓練担当として、製造・開発拠点で研修の企画に明け暮れた。会社の枠を越えた勉強会では、人の育成について、真剣に考え続けた。タイでは、事業を立ち上げる中で、スタッフが自立していく過程を目の当たりにした。これら一つひとつの経験が育んだ橋爪氏の確たる「人材育成観」、そして“杖”の真意について、話を聞いた。


旭化成
上席執行役員 人事部長
橋爪 宗一郎(Soichiro Hashizume) 氏
1981年旭化成入社。東京で人事労務部に配属後、川崎勤労、厚木勤労など事業所の人事労務部門で経験を重ねる。2003年の英国留学を経て2004年よりMMA(アクリル樹脂)などの石油化学事業に従事、海外との合弁会社設立を手掛ける。2013年より人事部長。2015年に上席執行役員就任。

旭化成
1931年設立。1922年に設立された宮崎県延岡市の合成アンモニアの製造会社が前身。現在は、マテリアル、住宅、ヘルスケア、エレクトロニクスの4つの事業領域を持つ総合化学メーカーとして展開する。グループビジョンは「『健康で快適な生活』と『環境との共生』の実現を通して、社会に新たな価値を提供していきます」。
資本金:1033億8900万円、連結売上高:1兆9409 億1400万円(2016年3月期)、連結従業員数:3万2821名(2016年3月31日現在)


取材・文/田邉泰子 写真/編集部

育成は社員を支える杖である

「“staff ”という英語には、もともと“杖”という意味があります。スタッフ部門のひとつである人事部は、まさに社員たちを支える杖なのです」

そう語るのは、旭化成上席執行役員人事部長の橋爪宗一郎氏である。

旭化成といえば、工業製品や日用品に欠かせない化学樹脂や高機能素材の開発と製造のみならず、住宅事業や医薬品事業においても日本を代表する総合化学メーカーである。入社後、20 年以上にわたり人事畑を歩んだ後、事業部で9年ほど組織を率いて再び人事部へ。グループ全体の人事を統括する立場となり、改めて、人事は杖のような存在だと感じる。

しかし、この杖の形が難しい。社員をしっかりと支えるものでなければならないが、社員が甘えてしまうような杖では、彼らの自立した歩みを促すことはできない。だからといってすぐ折れるようでは意味がなく、たとえ丈夫であってもサイズが合わなくては、同社のような大きな体を支えることはできない。今も橋爪氏は、理想の杖の姿を模索し続ける。

だが橋爪氏には、育成施策を考えるうえで確たる信念がある。

「当たり前ではありますが、結局“人”が育たないと“組織”の成長は成し得ません。ということは、組織の成長につながる育成を、どれだけ社員に向けて仕掛けられるか、ということが大切になってきます」(橋爪氏、以下同)

育成に対する価値との出会い

橋爪氏が、本格的に人材育成に関わるようになったきっかけは、入社6年目に川崎事業所の勤労部門に異動したことだった。東京本社と違い、川崎には複数の工場や研究所、テクニカルセンターなどがあり、同社の基幹事業を支える重要な拠点である。

「東京本社では労務に関する業務が中心だったのですが、川崎では事業所内の人事労務に加え、社員育成や教育訓練の施策づくりという役割も勤労部門が担っていました」

川崎では研修の企画と運営がメーンとなり、職長候補が受講対象のマネジメント研修や安全管理研修などを担当した。講師は、現場の課長職の社員が務める。

「講師も新任課長がほとんどでした。これには目的があって、人に教えることを通じて、身につけた知識や経験を論理化させ、理解を深めてほしかったからです」

初めは上手くいかなくても、回を重ねるごとに内容は洗練される。講師陣は相手に伝わる説明の仕方を、そして受講者はムダのない知識を習得できる。さらに社員皆が全体の機構や関連性を知ることで、現場は円滑になる。教える側と教わる側の変化を目の当たりにしながら、橋爪氏は育成の奥深さに興味をおぼえた。

そんな時、育成に対する興味をさらに深める機会に恵まれた。それは、「雑さい賀か 塾」という勉強会だった。

旭化成をはじめ、鉄鋼業や繊維、エネルギーなど、重工業を扱う複数の企業の若手社員が集まり、大手家電メーカーの元教育訓練部長を講師に迎え、教育訓練に対する考えを学ぶ。

「川崎事業所の勤労部門からは、社員が交代で参加していました。私も先輩から引き継いで2年ほど出席し続けました」

1、2カ月ごとに合宿を重ね、さまざまな観点から人材育成を考える。橋爪氏がこの勉強会に参加していたのは30 年も前のことだが、今でも次の教えを鮮明に覚えているという。

・現場は戦いの当事者であり、“今”に集中している。時に周りが見えなくなったり、先を見失ったりすることを肝に銘じよ。

・会社はカルチャーセンターではない。教育訓練は、ラインや会社の具体的な問題を解決してこそ初めて意味を持つ。

・ゴール設定は、問題解決の第一歩。解決した状態を具体的に定義し、そこに至る道筋を設計することが教育訓練担当者の役割である。

「実は、杖の話も雑賀塾で学びました。これらの教えは、私の教育観や組織開発の考えのベースとなっていますね」

現場で使えなければ意味がない

当時、橋爪氏は自身が企画した2つの研修を通じて、雑賀塾での教えを、身をもって経験することになる。

その研修は、知的財産に関するものだった。研究開発部門では、新しい技術や製法を扱うことになる。そこで、特許部の協力を得ながら関係書類の書き方を学ぶコースと、特許取得のための戦略を立てるコースを用意した。共に業務と密接する内容を取り上げたはずだったが、終わってみれば2つのコースに対する評価は全く違っていた。

「書類の書き方の研修は受講者からも非常に好評で、何度も繰り返し開催されました。一方、戦略を立てる研修はいまいち支持を得られず、結局続きませんでした」

原因は、はっきりしていた。書類の書き方研修では、受講者が抱える特許案件に関する書類を実際に書いてみるため、研修のゴールが「書類が書けるようになる」と明確だったのだ。そのために何を用意し、どのような仕掛けを講じれば業務に活かせるだけの力が身につくのか、というのも分かりやすかった。

それに対し、戦略立案の研修は知識量が多く、内容も複雑だ。さらにどのようなワークが効果的なのか、橋爪氏も見当がつかなかった。

「今思えば私の勉強不足に尽きるのですが、自分が研修の内容を理解しきれていなかったのですね。ですから、特許戦略が業務に必要なことは分かっていても、そのシーンが具体的に描けていないから、実務につながる指導のビジョンが見えずにいました。“ゴール設定”が甘いということです。つまり、事業の問題解決につながらない講座設計をしていたのです」

「業務に必要なこと」と「業務で使えること」の違いを知った橋爪氏は、より一層、現場の状態や考えを理解しようと努めた。

「まだまだ若かったですから、現場管理職の皆さんに可愛がってもらって。打ち合わせ後の飲みの席で、初めて本音を耳にするなど、当時は飲みニケーションが大切でした」

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:2,521文字

/

全文:5,042文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!