J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年01月号

連載 中原 淳の学びは現場にあり! 第6回 「できること」に目を向け、能力を伸ばす障がい者が生き生きと働くパン屋さん

焼きたての美味しいパンが食べられるカフェとして人気のスワン カフェ&ベーカリー。ランチタイムは常に満席という繁盛ぶりですが、実はこの店のスタッフの半数以上が知的または精神的な障がい者だといいます。障がい者が健常者とともに生き生きと働く職場を訪ねました。

中原 淳(Nakahara Jun)氏
東京大学大学総合教育研究センター准教授。「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。
Blog:http://www.nakahara-lab.net/blog/
Twitter ID:nakaharajun
スワン カフェ&ベーカリー赤坂店
取材・文/井上 佐保子、写真/真嶋 和隆、イラスト/カワチレン

「障がい者」のお店!?

虎ノ門のオフィス街の一角にあるスワンカフェ&ベーカリー赤坂店。ランチタイムには200人が訪れ、1日40万円を売り上げるという人気店です。店内にはさまざまな種類のパンやサンドイッチが並び、パンが焼けるいい匂いが漂っています。カフェラテとサンドイッチを注文すると、店員さんがラテアートでクマの絵を描いてくれました。訪れる客は、よほど気をつけていなければこの店の従業員の半数以上が知的障がい者であるとは気づかないでしょう。

店の奥のキッチンでは、店頭に並ぶ数十種類のパンや焼き菓子以外に、外販用の商品も作っており、ほぼ24時間フル稼働で毎日約2000個のパンを焼いています。その他、商品の包装、箱詰め、発送手配やデータ入力、商品の陳列、清掃、接客……など多様な仕事があり、これら全てを障がい者13~4名、健常者10名、合わせて20数名程のメンバーで行っています。

彼・彼女たちは、入社前に特別な訓練を受けてきたわけでも、養護学校の優等生だったわけでもなかったといいます。株式会社スワンの代表取締役社長海津歩氏にお話を伺い、1人ひとりが持つ能力を引き出す育成の秘密を探ります。

動機が善なら不可能はない

スワンベーカリーは「障がいのある人もない人も、ともに働き、ともに生きていく社会の実現」というノーマライゼーションの理念を実現させるため、ヤマト運輸を一大企業に築きあげた故・小倉昌男氏がヤマト福祉財団、ヤマトホールディングスとともに設立したパン製造販売を行うフランチャイズチェーンです。

小倉氏は、多くの障がい者が共同作業所などで月給1万円以下で働いている現状を変えたいと、共同作業所の運営者向けに自らの経営ノウハウを伝える経営セミナーを各地で開催していました。そして、障がい者に月10万円以上を支払えることを自ら示すため、パン店経営に着目。「アンデルセン」「リトルマーメイド」を展開するタカキベーカリーの協力で、冷凍パン生地を使って店で焼く、スワンベーカリーが1998年に誕生しました。現在、直営店3店、チェーン店24店が全国展開しています。

小倉氏が急逝した2005年に代表取締役社長に就任したのが海津氏です。海津氏はアルバイトとしてヤマト運輸に入社。「会社が学校で、お客様とドライバーが先生」という中、各地の支店長、マネジャーを歴任。業績の悪い支店を次々と立て直してきました。当時、スワンベーカリーは業績が振るわず、海津氏はヤマトでの実績を買われ、社長に就任したのです。

「僕は福祉の専門家でもないし、パンの作り方も知らなかったので、ヤマトでやってきた経営手法をそのまま持ち込むしかありませんでした。ただ、障がい者のためではなくお客様のためでなければ、発展はないと思っていました」

ヤマト運輸時代、FAXでの集荷受付や時間帯お届けなど、顧客本位のサービスを打ち出し、成功させてきた海津氏。

「“人のためになるビジネスは必ず成功する”“動機が善なら不可能はない”というヤマト運輸の理念で、スワンの経営を引き受けました」

海津氏は障がい者雇用を目的とした会社ではなく、顧客第一主義で利益を追求する、ごく当たり前の会社経営をめざしたのです。

日本の障がい者数は人口の約5%、約650万人。その多くは全国6000カ所以上ある共同作業所や授産施設で月給1万円以下で働いており、経済的自立とは程遠い現状がある。

認めて信じて支え続ける

海津氏にスワンでの人材育成についてお話を伺うと、開口一番、次のように話されました。

「はっきり申し上げてますが、うちでは毎日事件が起こっています」

誰かが大声で叫んだり、かみついたりすることは日常茶飯事だといいます。「うまくいかないのは当たり前。『2カ月かかってもうまくいかないなら、3、4カ月やってみよう』という位のメンタリティで臨まないと心が折れてしまう。そんな職場です」

しかし、スワンは福祉施設ではなく営利企業であり、「障がい者たちは大事な戦力」だといい切ります。

「確かに障がい者はマルチタスクでなかったり、覚えるのが遅かったりします。でも、単に時間がかかるだけともいえますよね」

ある障がい者は、3カ月間、毎日箱づくりを教わってもできなかったのですが、3カ月と3日目にできるようになりました。すると、その日を境に毎日ノンストップで260個の箱を作れるようになったのだそうです。これは健常者にはとてもできない驚くべき数です。

「彼のお母さんも待ったことのない3カ月と3日、認めて信じて支え続けたのです。“君はできない”と周囲からいわれ続けていた人を、“こんな僕でもいいんだ”と思えるように認め、“いつかできるようになるよ”と信じ続け、“3カ月たっても、まだ教え続けてくれている”となった時に、初めて人は変わる。今ではいわれたことをさっとできるようになりました。人は指示命令では変わらない。でも、認めて信じて支え続ければ、人は必ず変わります」

障がい者には、反復作業や間違い探しが得意だったり、手を抜かないといった特性を持っている人も多く、そうした長所を生かすことで驚くような成果を出すといいます。また「障がい者には面従腹背がない。ピュアでストレートで嘘がないところも長所です」とも。

ヤマト運輸時代、業績が振るわない支店の支店長を任された際、海津氏は社員1人ひとりから長所を聞き出し、得意なことをやらせたそうです。「人と話すのが好き」という人には営業を任せ、「早起きが得意」という人にはチラシ配りを担当させるようにしたところ、支店の業績がみるみる上がったのだそうです。

「経営の基本は強みを生かすということ。ヤマトでもスワンでも全く同じなのです」

海津氏の「認めて信じて支え続ければ人は変わる」との言葉は重い。その際、「強み」に着目するということが能力を引き出すカギとなっている。

最大の経営資源は、やる気

海津社長が求める人材像は、健常者であっても障がい者であっても「自発的な意思決定力のある人」。そのために大切にしていることが2つあります。1つめはほめて認めること。初日にパンを作ってもらい、「いいねー」とほめるのだそうです。実際、タカキベーカリーの冷凍生地を使っての初めてのパン作りは、障がい者も健常者も大差なくできるといいます。けれども障がい者は、疑うように見つめ返してきます。それは周囲から「できない」といわれてきたからです。だから最初に「今の自分でいいんだ」という自己肯定を徹底的に持ってもらうことが大切なのだそうです。

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