J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2011年01月号

巻頭インタビュー 私の人材教育論 自ら学びを見出し将来を切り拓く人材を育てる

「進研ゼミ」など、通信教育事業を中心に子どもから大人まで、日本人の「学び」を支える、ベネッセホールディングス。昨今では、中国に進出し27万人の「こどもちゃれんじ」人口を獲得している。また国内でも事業領域を介護や育児、生活に至るまでをカバーし、事業の領域と規模を積極的に拡大させている。そんな同社が今、注力している人材開発課題は?
また、日本の教育の現状をどう見つめ、どう貢献しようと考えているのだろうか。代表取締役社長の福島保氏にその考えを聞いた。

ベネッセホールディングス代表取締役社長
福島保(Tamotsu Fukushima)氏
1971年4月 福武書店(現:ベネッセコーポレーション)入社
1983年4月 高校通信教育部統括責任者
1993年4月 人材開発事業部統括責任者
2000年6月 取締役経営革新本部長
2003年4月 執行役員専務 兼 中・高教育カンパニープレジデント
2005年11月 執行役員専務 兼 CMO(最高市場戦略責任者)
2006年6月 取締役 兼 執行役員専務 兼 CMO
2007年4月 代表取締役社長 兼 COO(最高執行責任者) 兼 教育事業カンパニー長
2009年10月 ベネッセホールディングス代表取締役社長 兼 ベネッセコーポレーション 代表取締役社長
現在に至る
ベネッセホールディングス
1955年に福武書店として創業。現在は、通信教育『こどもちゃれんじ』『進研ゼミ』など学校外教育を行う「教育」、近年中国を中心に大きく成長している「海外教育」、女性の家事・育児・生き方の支援などを行う「生活」、入居介護サービス事業などを手掛ける「シニア・介護」、ベルリッツをはじめとする語学教育、翻訳、通訳の各事業を展開する「語学・グローバル人材教育」の5つの事業領域でサービスを提供。
資本金:136億円、売上高:4066億円(2010年3月期・連結)、従業員数:15353名(2010年3月31日現在、連結)
インタビュアー/和田 東子、写真/真嶋 和隆

子どもたちの「自立」をサポートすることが重要

―― 現在の日本は経済的にも政治的にも閉塞感に覆われ、子どもたちにも「がんばれ」という言葉が響きにくくなっています。御社ではどのような問題意識をお持ちですか?

福島

そうですね。この20年から30年間を振り返ってみますと、子どものエネルギーやモチベーションが大きく損われてきたのではないでしょうか。

たとえば一時期、学校では、過度に競争を避けてきました。運動会の徒競走で、皆で手をつないでゴールするとか、順位をつけないといったことも聞かれました。このような教育は失うものが非常に大きかったと思います。まず足の速い子からは、1番を取るチャンス、そして「1番を取った!」という達成感や充実感を感じるチャンスが奪われました。そして、足の遅い子にとっては、悔しさをバネにする機会が奪われたのです。

生きるエネルギーやモチベーションの源泉は、健全な競争にあります。差がつくことを嫌い、表面的な協調性ばかりを気にしている間に、日本人は世の中の変化に対応し、切磋琢磨して高め合っていく力を失ってしまったように思います。子どもたちが世の中に閉塞感を感じて、エネルギーを失っているとしたら、その責任は大人にあると思います。

―― そうした問題意識を踏まえて、教育産業のリーディングカンパニーである御社は、どのようなメッセージを発しているのでしょうか。

福島

ベネッセは一貫して「自分の未来は自分でつくろう」ということを子どもたちに伝えています。変化が激しく、不安定な時代にあっても、「自分の未来は自分で切り拓くのだ」という強い意志を持ってほしいのです。そして、子どもたちの「自立」をサポートすることこそ、ベネッセの使命と考えています。私たちは福武書店の時代から、子どもたちがモチベーションを持って自ら学ぶことができるよう、さまざまな工夫をしてきました。勉強が楽しいと感じられるような教材の制作や、将来に思いを馳せることができるようなコンテンツの提供などです。子どもたちには、国語や算数などの教科の学習にしっかり取り組んでほしい。基礎学力なくして物事を考える力を養うことはできないからです。そして、勉強する中で、論理的思考力、課題解決力を身につけてほしい。これらの力が将来を切り拓くことにつながるのだと思います。

今後の社会の大きな変化のひとつはグローバル化です。子どもたちが社会に出る20年後には、グローバル化が間違いなく大きく進むでしょう。英語は当然のスキルとなっているでしょうし、国際感覚や歴史感覚も必要です。その時に忘れてはならないのは、私たちは子どもに「事実」を教えていかなければならないということです。

最近、日本史を必修科目にしようという動きもありますが、日本の伝統を引き継ぐというよりもむしろ、子どもたちが、今この時代に生まれて、自分たちがどのような状況に置かれているのかということをまず知ることが大切だと思います。日本では、近現代史、特に戦後史があまり教えられていません。日本の若者は国際感覚や歴史感覚が欠如しているなどといわれますが、近現代史を教えていないのですから当然のことです。

子どもの教育を考えることは、20年、30年後の世界を考えることです。彼らが大人になった時に身につけておく必要があることは何なのか、そこからスタートする必要があります。

文部科学省は昨年から「生きる力」を育むといっていますが、これだけではあまりに抽象的過ぎる。厳しい現実の中でしっかりと生きていくためには、少なくとも、事実をきちんと教えることから始める必要があるのです。

理念の共有と3つの基本的な力

―― 御社の役割は、今後ますます大きくなりますね。では、御社の活動を担われる社員の方々には、どういった力を求めていますか。

福島

当社の社名である「ベネッセ」というのはラテン語の造語で「よく生きる」という意味です。そして、赤ちゃんからお年寄りまでの「よく生きる」ことを支援するということがベネッセグループの企業理念です。まず、社員にはこの企業理念を共有してほしいと思っています。ただこれは、経営が出した答えに従ってほしいということではありません。この言葉を自分なりに考え、理解して得たものに沿って行動してほしいということです。

そのうえで、基本的な力として求めるのはコミュニケーション力、論理的思考力、課題解決力といったものです。

コミュニケーションについて。たとえば、メールで3回以上議論すると必ずケンカになるんです。ですから私は「メールでは3回以上やり取りするな」といっています。メールは、一方的な文書を送るものであって、ディスカッション向きではありません。そこを見落としている人が多いため、自分のいいたいことが伝わらないと苛立って、だんだん厳しい表現になってしまうのです。メール文は感情を入れず、できるだけ短く簡潔に書くのが正解です。

社内でのメールのやり取りを見ていて思うのは、相手の反応を適切に感じ取ることは、ビジネス文書の書き方うんぬんの問題ではなく、まさにコミュニケーション力の問題、ということです。この力は、いろいろな人とのやり取りを通じて自分なりに試行錯誤する以外に、身につける方法はないでしょう。また、「論理的思考力」は、誰にとっても必要な身近な能力です。その基本は数学的な考え方。大事なのは、物事を適切に要素分解して全体の構造をつかむこと。シンプルに物事の本質をつかむ力でもあります。こういったコミュニケーション力や論理的思考力は、今後どんな仕事をするうえでも求められる力です。

―― 他にはどんなことに注力されていますか。

福島

今、非常に力を入れているのは「イノベーション」を起こすことです。たとえば現在、国レベルで教科書のデジタル化の議論が始まっています。教育のデジタル化は、この数年のうちに大きく進展するかもしれません。その中でベネッセとして、新しいものをつくり出していくことは重要なテーマです。現在iPadやスマートフォン、Ustream(ユーストリーム:動画共有サービスの1つ)などを使った、いくつかの取り組みが動き出しています。これは新しいビジネスモデルをつくる、大きな取り組みです。社員も経営も、新しい価値を創造するために、リスクを取りながらどこまで変わっていけるのか。この3年くらいが勝負です。ただこれは社員に求めるというより、経営がまずそうあれ、ということです。経営がイノベーティブでないのに、社員だけにイノベーションを求めるのは無理な話です。たとえば、イノベーションを強化するヒントを探るため、先頃シリコンバレーに行き、アップルやグーグルで話を聞いてきました。現場も含めてさまざまな方に話を聞いたのですが、強く感じたのは彼らのイノベーションに対する強い意識です。仕組みや制度も含めて本当に真剣に取り組んでいます。その点で弊社には、まだまだやれることがあります。

自分の目で見て、耳で聞き、身体で感じる

―― 具体的にはどのような取り組みを行っているのですか。

福島

まず基礎的なことですが、社員自身が自分の目で見て、耳で聞いてと、身体で確かめてくることを奨励しています。たとえば前回のPISA(OECD生徒の学習到達度調査)2006年の学力評価がニュースとなった際には、社員が、フィンランドをはじめとする到達度が高い国に行って話を聞いてきました。

これらは事業のグローバル化ということ以前に、海外で起きていることを社内にもっと取り込んでいくための取り組みです。私自身、海外に疎いので余計思うのですが、日本にいると物事が間接的にしか伝わってきません。しかし実際に現地に行って、生で何かを見ると、インパクトも、そこから広がる発想も違ってきます。

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:3,133文字

/

全文:6,266文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!