J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2010年10月号

Special Interview 阿刀田高はこう書く

プロフェッショナルが書くものは、長年にわたり生き続ける。それは、文章を書き散らさず、勇気と責任を持って書いているからだと、日本を代表する小説家の1人である阿刀田高氏はいう。どのように言葉を紡いでいるのか、そして文章を書く際のヒントを阿刀田氏に聞いた。

阿刀田 高(あとうだ・たかし)氏
小説家。1935年、東京生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒業。1970年『ナポレオン狂』で直木賞受賞。2003年、紫綬褒章受賞。元文化庁文化審議会国語分科会会長、現在、文字・活字文化推進機構副会長、日本ペンクラブ会長などを兼任
取材・文/木村 美幸、写真/真嶋 和隆

考えずに書き続ければ人間まで薄っぺらになる

原稿は使い慣れた銘柄の鉛筆で、原稿用紙に手書き。書斎に置いてあるパソコンを開くのは、せいぜい週に一度くらい。ITの世界に関していえば、私は絶滅寸前のトキのような存在だろう。

IT機器は今後さらに便利になる。どんなものでも、便利になっていく過程で、捨ててしまうものが必ずあるわけだが、私はその中に非常に重要なものがあるような気がしてならない。投資家がリスクの大きい株と安定した株でバランスをとるように、ITによる利便性を手に入れたいなら、その一方でそのために失ってしまうものを、きちんと押さえるような手立てが必要だ。

そのためにも、学校教育の現場ではこれからもずっと手書きを残して欲しい、というのが私の持論だ。きちんと手で書くことを通して、日本語がどういうシステムになっているのかといったことを、問わず語りに伝えていくことが、とても大切だと思う。

一方、ビジネスの世界は、もはや手書きの時代へ後戻りはできない。それならば一層、パソコンなどのIT機器を使って便利に書くことによってこぼれ落ちていくものに、配慮しなければならない。

何より心がけたいのは、熟慮してから書くということ。パソコンだと、とりあえず打ってしまい、あとで整理しようと考える傾向が強い。ところが自分の文章というのは、いったん書いてしまうとそれなりによく書けているような気がするもの。そうなると、十分な推敲ができなくなってしまう。

たとえば私がエッセーを書く場合、まずは書く内容に思いを巡らせ、だいたいの方向性が見えたら散歩に出る。1時間ほど歩いて帰ってきた時には、頭の中でエッセー1本が、文章まで含めてほとんど出来上がっている。あとはそれを原稿用紙に書くだけだ。

このように事前に考え抜き、ひとたび机に向かったら決定稿に近い文章を書く最大の理由は、実は手で書くという作業が辛いから。その点パソコンでは、文字を打つこと自体は楽なので、深く考えずに書いてしまいがちだ。しかし意図的に、考えてから書かないと、書くものが薄っぺらになる。それを繰り返していると、やがては人間まで薄っぺらになってしまうのではないか。

「書くこと」は「読むこと」で培われる

本は多くの言葉を教えてくれる。さらに、読書を通じて、文章の運び方をおぼろげながら会得できる。

私たちは、言葉によって知識を蓄え、考えることを覚え、他者とのコミュニケーションをとり、自己を確立していく。いうまでもなく、言葉なくして人間らしい生活はありえない。その言葉が豊かでなければ、考えが豊かであるはずがなく、言葉が正確でなければ、考えが正確であるはずがない。

幸いなことに日本語は、大変奥行きのある言葉だ。たとえば灰色の呼び方1つとっても、利休鼠、鈍色、銀鼠、薄墨色などさまざまな名前がある。厳密な違いはわからなくても、北原白秋が「城ヶ島の磯に利休鼠の雨が降る」と書いているのを読めば、ただ雨が降っているのとは異なる気配を感じるだろう。「色を塗る」と「色を刷く」は一見似た言葉だが、「青を刷いたような空」と「青を塗ったような空」では、印象がまるで違う。言葉を知り、それを使うことは、単に言葉だけにとどまらず、認識も広げてくれる。

ところで私は、この職業の者にしては本の読み方が遅い。普通の本なら2日、どう頑張っても1日1冊が限度だ。その理由は、本の初めから終わりまで、すべてきちんとわからないと嫌だから。たとえば「聖母マリアは処女で赤ちゃんを産んだ」と書いてあると、これはどういうことなのか?──宗教的な解釈では……、当時の言語では……などとあれこれ考え、自分なりの解釈ができてから、ようやく先に進む。こうした読み方は、子どもの頃からあまり変わっていない。

私は職業作家としてスタートするまで、小説など書いたことがなかったし、そもそも書くのは嫌いだった。しかし、読書は子どもの頃から本当によくしてきた。しかも今述べたように、いろいろ考えながら読む、いわばクリエイティブな読書。そのおかげか30代半ばで書くことが必要になった時、比較的スムーズに書けるようになった。そうした経験上、考えながら読む習慣を持てば、誰でもある程度、まとまりのある文章が書けると思っている。

わかりやすい文章を書くための3つのヒント

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