J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年04月号

論壇 「模倣改良産業国家」からの脱却 ̶社会構成主義による人材育成の可能性̶

ものづくりは日本の得意分野だが、実は日本企業がコンセプトをゼロから考えつくり出したものは数少ない。多くは欧米の模倣改良だった。だが環境変化が速くなった今、そうした「模倣改良産業」は通用しなくなってきた。そこで必要になるのが、「社会構成主義」の考え方である。これは、変化する世界に合わせるのではなく、自らがまず世界をイメージし、構築していくという考え方である。

川田 隆雄(かわた・たかお)氏
大阪大学大学院博士課程後期修了。同志社女子大学学芸学部教授。デジタルハリウッド大学大学院客員教授。思いつきを社会化できるプロデューサー型人材研究の第一人者。2004 年度文部科学省現代教育ニーズ取り組み支援プログラム(現代GP)に採択され、世界規模のプロデュース能力の調査・研究を行う。NPO 法人・プロデューステクノロジー開発センターを設立、現在、同センター副理事長。組織学会、ベンチャー学会などに所属。プロデューサー型人材の研究を生かし、企業コンサルティングを展開し、さまざまな企業で組織を牽引するハイパフォーマーの育成指導を行っている。

1.悩み深まる日本社会

日本社会の衰退は目をみはるものがあります。20世紀後半には、世界最高水準といわれた優良国家は、恐ろしい勢いでさまざまな分野で退潮し、下落に歯止めがかからない状態にあります。

一人当たりのGDPは2000年に世界3位だったものが、2010年には16位まで後退していますし、国際通貨基金の国際競争力ランキングでも1990年に1位だったものが、2010年には27位になっています。また、個人貯蓄が潤沢にあることで有名だった日本は現在、先進国最低水準の貯蓄率に転落していることをどれだけの人が知っているでしょうか。

これらの統計データが我々の生活に反映されていると感じている人はあまり多くないかもしれません。しかし、我々研究者が、日本社会のいろいろな経済活動の現場に入って詳しく調査してみると、日本の状況は想像以上に悪く、未来の統計はもっと悪くなることが確信できます。

そして、人材育成の問題は、最も大きな問題の一つになっています。日本社会は多様な理由で優秀な人材が輩出しにくい状況に陥っているのです。

2.人材育成の障害となる日本の産業構造

まず、人材育成の問題と我が国の産業構造との関係を説明します。

日本の産業には多様な強みがありました。時計などの精密機械、高い品質の自動車産業、一時は世界市場を席巻した家電、AV製品、70年代以降はコンピューターを中心とするエレクトロニクス産業など、日本の貿易黒字を支えてきた工業製品群が数多あります。

少し辛い認識ですが、それらの我々が得意としてきた工業製品の多くはすでに欧米にある製品の模倣・改良品であったことを忘れてはなりません。日本の企業で生産される多くの商品が、すでにコンセプトや形がある商品を模倣改良し、世界に売り出し、貿易黒字を生み出してきたのです。当初、世界にはそのようなことができるライバル国はなく、1960年頃から2000年近くまで圧倒的優位を享受してきました。ある意味で日本の企業はこのような環境下、世界市場によって育てられたのです。

しかし、状況は一変しました。現在は韓国や台湾、中国、インドなど、模倣改良産業を擁する国が次々と現れ、最近ではバングラデシュといった世界の最貧国すらも日本のライバルとして登場してきています。

模倣改良産業は人材育成に大きな悪影響を及ぼします。模倣改良型産業では、開発コストが圧倒的に安くつきます。日本企業は開発費をかけた気持ちになっているかもしれませんが、世の中にない商品を一から開発し、市場を形成していく方法に比べて模倣改良方式では、一握りの優秀な技術者と、多くの従順な中堅技術者がいれば、商品を世の中に出すことができるため、低コストで開発が済みます。

模倣改良産業構造は、世の中にない全く新しいコンセプトを苦労して生み出す必要はなく、人材育成への投資が少なく済むのです。これが結果として日本の人材育成の可能性を長い間妨げてきました(図表1)。

繁栄する模倣改良産業の発達の結果、家庭でも、学校教育でも、企業内教育でも、本当の意味で優秀な人材を育てるシステムが構築されずにきました。景気が良い時代には気づかなかった問題ですが、経済が凋落して我々の社会は人材を育てていないことに気づき始めたのです。

昨年、私が主催している研究会で、ある中央省庁の事務次官をお呼びしました。その方は、現在日本には国際会議で議長ができる人材が、政治家にも、役人にも、実業界にも全くいないということを明言されていました。また、私が行った調査からも、多くの日本企業の人事部が人材難であるという認識を持っていることがわかっています。

3.諸葛亮型人材の限界と社会構成主義

模倣改良産業の社会構造において、長く優秀な人材モデルとされてきたのが、諸葛亮型の人材です。諸葛亮はいうまでもなく三国志に出てくる軍師ですが、頭脳明晰、沈着冷静、勤勉で決断力があり、モラルもあり、人望も厚い、まことに行き届いた人材です。日本の企業組織では経営者の参謀や中間管理職には、このような人材モデルの起用が理想です。もちろん例外はありますが、我々の社会は長くこの人材モデルを基軸としてきましたし、グローバル化が進行した現在の日本社会に至っても同様です。

実は現在の社会の状況を見てみるとこのモデルには大きな問題があります。諸葛亮型人材は、過去の記憶を学ぶことに長けていて、ある事象が起きた時にどのような打開策が有効か過去のデータを参照して判断できます。同時に人心の一般的傾向も押さえていて、有効な判断ができる人材なのです。このような網羅的知識の世界を「客観主義の世界観」と呼びます。しかし、現代のように社会の変化が速い時代には、そのような客観主義の効果は激減しています。

図表2を見てください。これは河合隼雄の提唱した社会モデルを応用したものです。

過去においては社会の変化が遅く、領域Aという社会が何十年も何百年も続くため、領域A内の知識を人材が習得すれば、それらの知識は長く有効に機能したのです。現代のように変化が激しく、外的影響がどんどん流入してくる時代になれば、領域A内の知識を獲得した時には、すでに全く新しい領域Bの社会になっています。領域A、Bの知識を大急ぎで獲得したとしても、その時には領域Cの社会が登場しています。つまり、優秀な人材になった時には、獲得した知識の有効性の大部分は失われているのです。

このような状況下では、諸葛亮型人材が得意としてきた、重厚な知識の応用範囲が極めて限定されています。企業が優秀な人材を採用して、組織内に入れて何年か教育しても、なかなかほしい人材になっていないと感じるのは、このような社会モデルが進行しているからです。特に国際的な競争環境に適応した人材がほしいと思っている組織においては、日本社会で育てた諸葛亮型人材の資質では全く物足らないはずです。

模倣改良型産業を終端に持つ社会では優秀な人材モデルはこれしかなく、学校教育や入試制度、企業研修制度など新しい時代の育成方法を持ち合わせていないのです。

文部科学省、経済産業省やそれぞれの企業は、優秀な人材の必要性を唱えてさまざまな努力をしています。が、古い社会モデルをもとに人材開発を行っているので、いつまでもほしい人材の育成ができない状況であり続けることでしょう。

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