J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年08月号

内省型リーダーシップ❹ 思い込みを外す「保留」とは

前号ではビジネスに内省を取り入れて変革を実現した事例をご紹介しました。今回は、ビジネスにおいて内省を深めるコツである「保留」について事例を交えてご紹介します。深いレベルでの内省は、この保留なしではできません。浅いレベルの内省との違いを解説し、業務上の生産性の向上のヒントを紹介します。


永井 恒男(ながい・つねお)氏
2005年、野村総合研究所の社内ベンチャー制度を活用して、エグゼクティブコーチングと戦略コンサルティングを融合した新規事業「IDELEA(イデリア)」を起案し、立ち上げる。また、2006年からボランティアでNPO代表の方々にコーチングを提供している。
http://www.id.nri.co.jp/

八木 陽一郎 氏 香川大学大学院地域マネジメント研究科准教授

平時に自分を変える

前号まで筆者らは、内省型リーダーシップとは課題や出来事に対して、その背景や構造を探究し、より深い理解に基づいて行動するリーダーシップであること、そして内省とは自分が成長の過程の中で構築してきた世界観・人間観を見つめ直し、再構築する行為であるということを繰り返し述べてきました。

内省の方法はさまざまなものがありますが、今回は「保留」というテクニックを紹介します。これは「自分が明確な事実だと思っている考えに対して、一旦疑念を持って客観視する」スキルです。「保留」は、通常は壊すのが難しい自分の思い込みを外して、内省を深めるために非常に役立つ重要な手法です。

人間はなかなか変わらないものです。自分の世界観や人間観が揺るがされ、変わるのは苦痛だからです。そのため人間が劇的な変化を遂げるのは危機的な経験をした時が多くなります。災害や大病、大切な人との別れ、経済的危機により、多くの方が古い価値観を見直し、新しい価値観に沿った人生を歩んでいます。

経営者の方でも、上司と衝突して左遷された時、会社に多大な損失を与え辞表を書いた時、急成長後急激な業績の落ち込みにより倒産を意識した時などに、それまでの自身の世界観・人間観を見直し、大きく自己変革を遂げた方は数多くいます。

危機的状況は、自分が成長の過程で構築してきた世界観・人間観に対し、一旦疑念を持つ機会になります。つまり、自然と「保留」が起こるのです。危機的な状況は自分を振り返り、非連続な成長を遂げる機会になります。このことは多くの経営者も認めています。ミスミの代表取締役会長・CEOである三枝匡氏は経営者育成のためには修羅場を体験させることが必要であると述べています*1。

しかし、普通のビジネスパーソンが、自身の成長のためとはいえ、危機的状況に身を置き続けるわけにはいきません。非常事態に自分の世界観・人間観の再構築を余儀なくされるのではなく、特に大きな問題のない平時に自身の振り返りを行い、結果としてパフォーマンスを向上させることができる点が保留から始まる内省の大きな利点です。

それでは、ここで、保留から始まる内省の進め方を、ケースと図表1で示す①~⑦のステップに沿ってご説明します。

ケース:部下の遅刻は誰のせい?

A部長は重要な会議に遅刻した部下(Bさん)を上司として激しくその場で叱責しました。その会議にはA部長をよく知る役員も同席していました。その様子を見ていた役員は、A部長を止め、「部下の遅刻は、上司であるあなたにも原因があるのではないか?」と逆にA部長をたしなめました。

<保留しない場合>

A部長は役員から指摘を受けたことでさらに頭に血が上り、会議が終わった後、遅刻したBさんを呼び出して叱責を続けました。「私に恥をかかせるとは、なんてことをしてくれたのだ。今後の遅刻は絶対に許さない」と。

この時、A部長の思考を支配しているのは「遅刻をした部下が悪い」というものです。役員の指摘があったにもかかわらず、考え直す姿勢は一切ありませんでした。

後日、役員や周囲に対しては、その部下がいかにミスを繰り返すかについて延々と愚痴をこぼしたのでした。内省思考を持ち合わせていないA部長は、部下の至らない点を当人や役員に示すことで、自分の優秀さをアピールしているつもりでした。周囲から見れば、A部長のマネジメント能力や人望の低さを露呈しているだけとはつゆ知らず……。

<保留を行い内省する場合>

では、もしA部長が保留をしていれば、事態はどのように変わったでしょうか。私がコーチとなった場合を紹介しましょう。

A部長は私に、部下だけでなく、役員に対する恨みごとを10分程話し続けました。A部長の頭の中では、自分は正しいということを証明するためのストーリーが延々と続いているのです。そこで私は問いかけます。

「遅刻した人が注意されるのが普通なのに、親しい間柄である役員はなぜA部長を注意したのでしょうか?役員が公衆の面前で注意するのはよほどのことですよね?」

この問いかけがA部長にとって自己正当化を止め、「自分の何かがおかしいかもしれない」という気づきになりました(①)。続けて私は問いかけます。

「今誰にでも何でもいっていいとして、誰に何を一番伝えたいですか?」

すると、A部長の主張は「私はこんなに頑張っているのに、部下は十分な努力をしていない。重要なミーティングに時間通り参加することさえできないと上司にいいたい」と表現できることが明確化しました(②)。

そこで私は「本当にそうですか?A部長の主張が本当だとしても、この場では一旦事実とは違うかもしれないと仮定して考えてみましょう」と提案し、(③)A部長の主張を反転させた仮説の文章をいくつか作ります(④)。

⑤では、思考実験として、④で作った文章のうち、A部長の主張から最も遠いものを選びます。A部長は「部下はあんなに頑張っているのに、私は十分な努力をしていない」を選びました。続いて、その仮説を証明するような事実を探すよう依頼しました。「ちょっと待って下さい」

ここでA部長が疑問を呈しました。

「実際に私はBさん(部下)より働いているし、彼のミスをカバーしてあげることが何度もあるんです。先日のミーティングだって、前日Bさんは資料作成が終わらず、私も一緒に終電まで残りました。結局私も作成を手伝いました……」

私は微笑んでこう伝えました。

「質、量ともにBさんは不足している、とご覧になっていることはよくわかりました。ちなみに彼はA部長が見てないところではどんな風なのでしょう?

もしくは他の人はどう評価しているのでしょうか?」

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