J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2011年06月号

マーケティング② マーケティングの心理学

前号の第4回では、人事・教育担当者が知っておくべき
経営の知識の中から、マーケティングを取り上げた。
マーケティングとは人間の無意識に働きかけるものであ
るということである。本稿では一歩進んで、その働き
かけ方に関する心理学を紹介する。


酒井 穣氏(さかい・じょう)
フリービット戦略人事部ジェネラルマネージャー。慶應義
塾大学理工学部卒。TiasNimbasビジネススクールMBA首
席。商社勤務の後、オランダの精密械メーカーに転職。
2006年にオランダでITベンチャーを創業しCFO就任。2009
年4月に帰国し現職。近著に『これからの思考の教科書』
(ビジネス社)、『「日本で最も人材を育成する会社」のテ
キスト』(光文社)がある。人材育成メルマガ『人材育
成を考える』(無料)を毎週発行している。
http://www.mag2.com/m/0001127971.html

無意識にアプローチする方法とは

前回は、マーケティングとは何かということを掘り下げ、マーケティングとは人間の「無意識」を突き詰めていくもの、という話をしました。人間の求めるものが、物質的なものから精神的なものへと急速に変化している時代にあって、無意識を無視したマーケティングはありえないからです。

そもそも自分が何を買いたいのかすらわからずにスーパーに入り、出てくる時は思いもよらなかったものを買っているのが人間らしい人間。商品に十分な説得力さえ持たせれば、それだけで顧客を動かせるような時代は、もはやとっくの昔に終わっていること。さらには、一般的に行われている顧客ニーズ調査にしても、企業が正しい判断を行うためになされるのではなくて、むしろ企業の判断が「科学的な根拠」に基づいていることをアピールするために行われるということを紹介しました。

ここまでの話を総合すると、左下のような図になるでしょうか。

どこまでが客観的な事実で、どこからが自分に都合の良い仮説なのかを正しく判断する力がないと、顧客ニーズの調査をしているようでいて、結局は自己満足を追求しているだけということにもなりかねません。ではどうすれば、水面下の無意識にアプローチすることができるのでしょうか?

ここで登場するのが、広い意味での「心理学」です。

マーケティングに応用される心理学

マーケティングに応用される心理学として代表的なものを、3つほど紹介しておこうと思います。読者の皆さんはすでに心理学系の知識を多くお持ちとは思いますが、それらをマーケティングという視点から捉え直すきっかけとなれば幸いです。

●単純接触効果(mere exposureeff ect)

社会心理学者のザイオンス教授(スタンフォード大学)の研究に、人間の好感度に関する有名なものがあります。被験者に、単語や顔写真、幾何学図形などを見せて、それを見たり聞いたりした回数と好感度の関係を調べたものです。この結果は「人間の、ある対象への好感度は、その対象との接触回数に依存する」というものでした。専門的にはこれを単純接触効果(mere exposure eff ect)といい、日本では俗に「ザイオンス効果」とも呼ばれます。

ラジオやテレビなどで何度も繰り返し聞いた曲を好きになってしまった経験は誰にでもあるでしょう。「住めば都」というように、引っ越してきた時は多少嫌な印象があった地域でも、慣れてしまえば好きになってしまうのも、この理論で説明がつきます。子供が、隣の席の異性を好きになったりするのも、同じ理屈で説明できそうです。さらにこの効果は、人間がその対象を意識的に認知していなくとも発生するとのことで、マーケティングの文脈では、顧客の無意識への働きかけを考える時に避けて通れない理論です。

このザイオンス効果を理論的なベースとして、広告業界で経験的に語られているのが「セブンヒッツ理論」です(P59図表)。これは顧客と商品(または商品に関する情報)の接触回数が3回を超えると顧客が商品の存在を認知し、7回で商品を手に取り、購買を検討するというものです。「セブンヒッツ理論」は、広告や宣伝を打つ回数に関する理論として参照できるのはもちろんですが、それだけではありません。

たとえば営業担当者であれば、客先に滞在する時間ではなくて、客先を訪問する回数にノルマを設けて管理したほうがよさそうです。スーパーや書店が特に売りたい商品は、一箇所にたくさん積んでおくのではなくて、複数の場所に小分けにして積んでおいたほうが顧客の目に触れる回数が増えるのでよいという考え方もあるでしょう。

喫茶店でアルバイトをしている女性に恋をした青年であれば、長時間居座ってたくさんの注文をするよりも、毎回コーヒーしか注文しなくとも頻繁にお店を訪れたほうが女性の記憶に残りやすい……かもしれません(笑)。お気づきだとは思いますが、メルマガやニュースレターがマーケティング・ツールとして広く利用されている理論的な背景は、ここにあります。

人事という文脈では、皆様も「人事は職場を歩き回れ」と教えられてきたと思います。実はこれも、歩き回ることによって、人事部員が個々の従業員との接触回数を増やすことに意味があります。これにより、人事部員は個々の従業員との間にある心理的な溝を埋め、席に座っているだけでは得られない貴重な人事情報を収集することができるようになるからです。

●ディドロ効果(Diderot eff ect)

フラッと立ち寄った雑貨屋さんで気になって購入した置物。その置物を部屋に飾ったら、その他の小物や家具など、何だか部屋全体が「その置物に合わない」感じがして、ついには自分の趣味そのものが変わってしまう。そんな経験をしたことはないでしょうか?

これはブランドの「ディドロ効果(Diderot eff ect)」と呼ばれるもので、18世紀にフランスで活躍した思想家ディドロ伯爵が、知人からエレガントなガウンをプレゼントされたことをきっかけに、伯爵の身の回りのもの全てがエレガントなガウンのトーンに合うように変化していったというエピソードを起源としています。

要するに、ブランドが提案するのは商品ではなくて「ライフスタイル」だという、マーケティングには古くて新しいテーマです。人間はほとんど本能的に「統一感」を好み、人から「一貫している」と思われたい生き物なのです。マーケティングがこれを狙わないはずはありません。

ディドロ効果で成功しているブランドの筆頭には「ラルフ・ローレン」があるでしょう。旗艦店であるラルフ・ローレン表参道などに足を運べば明らかな通り、ライフスタイルを提案しようとする店内の家具やインテリア、小物へのこだわりは恐ろしいほどです。

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:2,200文字

/

全文:4,399文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!