J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年06月号

自然を愛し、理念を とことん話し合う集団

「社員をサーフィンに行かせる会社」、
「精神的報酬のある会社」など、
パタゴニアを形容する言葉はユニークだ。
社員が生き生きと働きつつ、顧客の支持を得ている同社。
そのカギは、同社のパワフルなミッションステートメントと、
それを実現するために自己矛盾すらオープンに
徹底的に話し合う社風にある。

辻井 隆行氏 日本支社長

1957年創業。ヨーロッパ、日本に
支社を置き事業展開を行う米国ア
ウトドア衣料品メーカー。機械に
頼らないアウトドアスポーツに必
要な機能を追究した高品質の製品
を提供。売り上げの1%を、草の
根の環境グループに寄付を行うな
どの活動でも知られる。
従業員:約300名

取材・文/和田東子、写真/パタゴニア提供、本誌編集部

ビジネスの目的は「地球を守ること」

米国のアウトドア衣料品メーカーであるパタゴニア。同社の社風は、創業者のイヴォン・シュイナード氏の書籍のタイトル『社員をサーフィンに行かせよう』に表れている。良い波があれば、自己責任でサーフィンに出かけていいのだ。当然、社員のモチベーションは高い。

この実に自由な社風を持つ同社のミッションステートメント(企業理念、図表1)が示すように、パタゴニアの存在意義は、利益を出すことにはない。ビジネスを通じて環境問題を解決することであると、イヴォン・シュイナード氏は述べている。後述するが、利益は、第一の目的ではないとわきまえたうえで追求するものと認識されている。

このミッションステートメントを実現するために、どのように行動すればよいのか。その指針となるのが図表2の4つのコアバリューである。ではミッションステートメントと4つのコアバリューが、同社内にどのように浸透しているのか。その最も大きな部分を占めるのが、OJTだ。

たとえばパタゴニアには接客マニュアルがない。店舗スタッフ一人ひとりに、何がパタゴニアの価値観に合致するのかを考え、自分の責任において行動することを求めているからだ。同社日本支社長の辻井隆行氏自身の経験から、どのようなことなのか紹介しよう。

パタゴニアでは環境負荷を軽減するため、商品を入れる紙袋を用意していない。袋がほしいという顧客には、その理由を説明して理解してもらう。辻井氏が渋谷店のスタッフとして働いていた頃、ある顧客から持ち帰り用の紙袋がないことについてクレームを受けたという。パタゴニア製品は決して安くはない。「こんな高いものを売っておいて袋がないなんてどういうことだ。返品する」と顧客が怒り出したのだ。それを辻井氏は、「それなら結構です」と商品の返品に応じてしまった。

マネジャーに叱られるだろうと覚悟していた辻井氏。ところが閉店後の終礼で「今日の辻井さんの対応について話したいのですが」といって切り出したマネジャーは、次のようにいった。「渋谷店には、パタゴニアのミッションを多くの人に知ってもらうという役割があります。そのことを考えれば、今日の辻井さんの対応には意味があったと思います。ただパタゴニアへのご来店が初めてのお客様であれば、パタゴニアの考えを伝えたうえで、今回はお渡ししますが次回から、できればマイバッグをお持ちいただければ幸いです、というと、もっとパタゴニアを理解してもらえたかもしれません」

マニュアルがないからこそ自分で考え、理解を深める

当時まだ20代だった若いマネジャーのこの言葉を聞いて、「この会社はすごい」と思ったと辻井氏はいう。

パタゴニアは確かに環境を重視しているが、同時にクオリティも重視している。この場合、クオリティには、製品だけではなく接客やマーケティングのクオリティも含まれるのだという。辻井氏はマネジャーの言葉によって、自分は接客のクオリティに目を向けていなかったのではないか、顧客を巻き込み、環境意識を高めていくことのほうが、最終的には環境問題解決の近道になったのではないかなど、考えを深めていくことができた。「今考えれば、私も若かったですよね(笑)。ただ自分で考えずに、単に『こうしろ』と教えられたら、そこまで考えないでしょうし、納得もしなかったでしょう」

ミッションやバリューをいくら明文化しても、それだけで実現することはできない。辻井氏の例のように、日々の業務ではさまざまな矛盾に直面する。その時、その矛盾をどうしたら解消することができるのかを一人ひとりが考え、実践することをパタゴニアでは尊重している。

従業員によって対応が異なるため、時には怒った顧客から、カスタマーセンターに連絡がくることがある。これに対しては、基本的に100%顧客の要望に応えるようにしているという。ただその際も、パタゴニアが一人ひとりの従業員の考えを尊重していることを伝え、理解してもらえるようにしているという。

こうした会社のサポート体制があることも、ミッションやバリューが「絵に描いた餅」にならず、一人ひとりが本当によって立つ価値基準となるのに一役買っているのだろう。

価値観浸透のための仕掛け

パタゴニアでは価値観を共有できる人材を採用するため、採用基準として、「何らかのアウトドアスポーツに真剣に取り組んでいること」、「環境問題に関心があること」というユニークな項目がある。なぜアウトドアスポーツなのだろう?

同社がアウトドア用品のメーカーであることももちろんだ。それに加えて辻井氏は次のように語る。「たとえばロッククライミングでは、次の一手を間違えば、登頂先が大きくずれます。場合によっては命にかかわることもある。つまり、自分で決断、実行し、その結果が自分自身にダイレクトに戻ってくるわけです。これはビジネスにも応用できるのではないでしょうか」

ただしアウトドアも環境問題への関心も、そのレベルを問うようなものではない。あくまでパタゴニアの価値観に共感するうえでの前提条件のような位置づけだ。

その他、価値観浸透のための仕組みもある。まず、新入社員向けの3日間の研修である。そこでミッションステートメントとコアバリューについて説明される。

そしてもう1つが、パフォーマンス・エバリュエーションと呼ばれる評価制度である。ミッションステートメントと4つのコアバリューに合致した行動をとっているかを、期ごとに5段階で評価するのだ。自己評価と上司の評価を突き合わせ、乖離がある場合は、なぜそれが生まれているのかを面談で話し合う。

この5段階の評価とは別に、定量的に明示できる目標を2つ、3つ設定し、その達成度合いも見る。

この目標設定のベースとして、昨年から始めた新しい取り組みがある。自部門の役割を示す、各部門ごとのビジョンと、年度ごとのプライオリティを制定したのだ。シニアマネジャーミーティングでつくったたたき台をもとに、各部門、各店舗で話し合いを持ったのだ。これは、ミッションステートメントと日々の業務の断絶感を解消するためのものである。

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