J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年06月号

環境と現場の知恵が育む 伝統のおもてなしの心

1906年(明治39年)創業、2006年に創業100周年を迎えた加賀屋。
そのサービスを一度は経験したいと、国内はもとより、
海外からも訪れる客は跡を絶たない。
2010年12月には、台湾の北ぺい投とう温泉街に進出した。
異なる文化を持つ台湾にも受け継がれた、
加賀屋の流儀ともいえる“加賀屋流おもてなし”。
その背景には、現場での体感を重視した教育と、
社員がおもてなしを発揮できる環境づくりがあった。

鳥本 政雄氏 専務取締役

1906年創業。石川県七尾市和倉温
泉に本社を置き、「加賀屋」をはじ
めとした温泉旅館、飲食店等を営
む。2010年12月、台湾のディベロ
ッパー「日勝生活科技」との合弁
で、台北市北投区の北投温泉に「日
勝生加賀屋」を開業した。
資本金:5000万円、売上高:120億
円、従業員数:800名(2011年4月
現在)

取材・文/石原野恵、写真/加賀屋提供、石原野恵

正確性とホスピタリティがおもてなしを生む

石川県の能登半島に、日本一と名高い老舗旅館、加賀屋がある。そのロビーに一歩足を踏み入れると、ふわりとお香のかおりが漂い、琴の音色が聞こえてくる。こうした細やかな心づかいが高く評価され、旅行新聞新社が行う「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で31年連続総合評価第1位を獲得という実績を持つ。

専務取締役の鳥本政雄氏は、創業100年を超えて受け継がれてきた加賀屋流の「おもてなし」について、次のように語る。「加賀屋のおもてなしは、加賀屋の商品そのもの。そしてそれを実現するのは人ですから、マニュアル化はできません。当然、当社にもマニュアルはありますが、それが実現できるのはお客様が求めるサービスの60点。あとの40点は、一人ひとりの社員が持っているホスピタリティを高めることによって実現してきました」(鳥本氏、以下同)

加賀屋のサービスには明確な定義がある。それは「プロとして訓練された社員が、給料を頂いて、お客様の為に正確にお役に立って、お客様から感激と満足感を引き出すこと」。サービスの本質を「正確性」と「ホスピタリティ」としているのだ。「たとえば正しいふすまの開け方や、お辞儀、お茶の入れ方は、知識としてマニュアルで教わって、“訓練”すれば習得できるものです。一方、ホスピタリティ、つまり人間性や思いやりは、マニュアル化できない部分で、知識ではなく知恵を高めていく“教育”で培われます。その中で、その人自身が持つホスピタリティを発揮してもらうんです」

社員一人ひとりのホスピタリティを高め、維持するには、思いやりあるおもてなしへのモチベーションが重要である。そのための施策が、加賀屋の流儀(ウェイ)の浸透・実践のカギといえる。以下、具体的に見てみたい。

おもてなしの知恵を学ぶ現場の体感こそが“教育”

施策の1つは、名刺サイズの「加賀屋グループ品質方針カード」だ。すでに述べたサービスの定義と、それに基づく「加賀屋業務心得」を共有するためのツールで、毎日朝礼で唱和している(次ページ写真)。

これまで「あうんの呼吸」で伝わってきたおもてなしが文章化されていることで、指針として重要な役割を果たしている。しかし、実際に「お客様の立場に立って思いやりの心で接遇する」「お客様の望まれることを理解し、正しくお応えする」といったことを理解し実践するには、やはり体感することが一番だという。「お客様から見て、おもてなしの行動や所作に心が感じられなかったら意味がありません。その心の部分は、日々の仕事の中で、先輩の知恵を学ぶことで磨かれます」

加賀屋では、客が宿泊する部屋に1人客室係がつく。宿泊客と直接やりとりをするこの客室係が、加賀屋のサービスの印象を決定づける。

そのため客室係の育成は現場が基本だ。客室係は採用後2週間、座学の集合研修を受講した後、先輩の客室係につき、2カ月間マンツーマンで現場に出る。客の前に出ることこそないが、先輩の接客のサポート業務につくことになっている。

客室係のおもてなしの視点は細部にわたる。たとえば、客がバッグから薬を取り出すのを見たらさっとお水を用意する、グループの中で誰が最も目上の人なのかをさりげなく観察し、その人を上座へ案内する……心をつくしながらも冷静に相手の要望を見極め、対応していく先輩客室係の姿を目の当たりにしながら、新人の客室係はおもてなしのあり方を体感していくのだ。「採用時には、知識や技術ではなく、おもてなしの心を持っているかどうかを重視します。正しいふすまの開け方や、お抹茶を出す手順はマニュアルで訓練すればできます。しかし“勉強ができる人”ではなく、現場での教育によって、“お客様に対して賢い人”をいかにつくるかが大切だと考えています」

また加賀屋では、原則として同業他社の経験者は採用しない。旅館にはそれぞれのしきたりや作法があるため、その経験を加賀屋に持ち込んでしまうと、「加賀屋流おもてなし」、ウェイを維持できないからだ。

メディアへの登場も多い加賀屋だけに、訪れる客は「加賀屋のサービス」に高い期待を持っている。その期待に応えるだけではなく、それを上回り続けなくてはいけない。「お客様の期待が高い分、当然客室係への要求も高くなり、教育も厳しくなります。お茶碗を割ってしまったというような、モノの失敗は不問ですが、お客様に対して、おもてなしが発揮されなかったミスの場合にはとことん先輩や女将から叱られる。その意味で当社は他の旅館と比べて厳しいと思いますが、その分、社員の誇りも受け継がれていくのだと思います」

安心して働ける環境がおもてなしの心を生む

教育に加えて、社員が持つおもてなしの心を養ううえで大きな役割を果たしているのが、加賀屋の一種独特な社風だ。「当社の経営はいわゆる家族経営です。そもそも旅館というのは、成り立ちからいって家族的なんですね。ホテルの場合はお部屋がお客様のスペースで、ロビーや廊下は公のスペースですが、旅館は違います。玄関に一歩入ったらそこが家ですから、皆さん一緒の浴衣を着て、館内はスリッパでいい。家でお客様を迎えるわけですから、当然そこにいる人は皆、家族なんです」

旅館の日々の業務も、縦割り組織ではうまく回らない。一年の中でも一日の中でも繁閑の差があるため、フロント係がフロント業務だけをこなすのではなく、ピーク時に合わせて社員全員が柔軟に仕事を分担しないと対応できないのだ。

こういった業種だからこそ、家族的な制度で、社員が安心しておもてなしを発揮できる環境を整えることが大切だと鳥本氏は述べている。

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