J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年08月号

巻頭インタビュー 私の人材教育論 風土改革は上から起こせ!見えない壁を打破する小さな仕掛け

ますますグローバル成長を加速し続けるテルモ。カテーテルや人工心肺装置などの主力製品を武器に海外売上比率は50%を越える。だが、世界をリードするイノベーションを生み出すためには日本の組織にありがちな「見えない壁」を壊す必要がある。「キーワードは“上からの改革”」という中尾浩治代表取締役会長に、独自の自由闊達な組織づくりについて聞いた。

中尾 浩治(Koji Nakao)氏
生年月日 1947年2月8日生
出身校 慶應義塾大学法学部卒
主な経歴
1970年4月 入社
1995年6月 取締役、社長室長に就任
2002年6月 取締役常務執行役員に就任
2006年6月 テルモメディカル社(米国)取締役会長兼CEOに就任
2007年6月 取締役専務執行役員に就任
2010年6月 取締役副社長執行役員に就任
2011年5月 代表取締役会長 就任

テルモ
1921年9月設立。「医療を通じて社会に貢献する」という企業理念のもとに、医療機器・医薬品の製造販売を世界160カ国以上で行う。製品には、世界初のホローファイバー型人工肺や、日本初の各種使い切り医療機器、医薬品などがある。東証一部上場。
資本金:387億円、売上高:3867億円(2012年3月期)、単体従業員数:4931名、グループ従業員数:1万8112名(2012年3月末現在)

インタビュアー/西川敦子
Interview by Atsuko Nishikawa
写真/山下裕之
Photo by Hiroyuki Yamashita

風土改革なくして組織改革なし

―― 昨年5月、会長に就任されてから組織改革、風土改革に取り組まれているとお聞きしています。

中尾

風土改革なくして組織改革はあり得ないと思っています。どんなに素晴らしい仕組みでも、それが生きるか死ぬかは風土次第。逆にいえば、風土ができていないのに、仕組みだけ組み立てても意味がない。

では、テルモがめざす企業風土のキーワードは何かといえば「自由闊達なテルモ」「明るいテルモ」「働きがいのあるテルモ」、この3つです。

中でも特に焦点を当てているのは「自由闊達なテルモ」です。医療機器メーカーの命は他ならぬ「アイデア」。他社よりいかに早く、そして多く、優れた特許を取得するかが勝負の分かれ目となります。米国の医療機器業界では、巨額な損害賠償金を巡る特許訴訟が日常的に起こる。まさに戦争です。それだけに特許を生むアイデアの価値は非常に大きいのです。

そうはいっても、アイデアはそう簡単にはひねり出せません。自由闊達な空気が溢れていて、独自な意見が活発に飛び交い、お互い刺激し合いながら、一人ひとりがフル回転で頭を巡らせている――そんな状況をつくり出さなければ。そのためには、一人ひとりが自分の頭で考え、自由にものをいえる会社にする必要があります。

――自由を阻んでいるものとは。

中尾

「パワー・ディスタンス」という言葉がありますよね。上司部下間の権力の格差を指す言葉ですが、欧米でももちろん、これはある。しかし、日本企業の場合、パワー・ディスタンスに加え、年齢格差も存在しています。私は勝手に「シニオリティ・ディスタンス」と呼んでいるんです。

年齢格差の大きな社会では、人は年上の人間に対して無意識におもねるようになり、自由な発言や行動ができなくなる。その結果、自律的な働き方が阻まれてしまうのです。

制度として年功序列を廃していても、風潮としてはまだまだ強く残っている。日本の場合、東南アジアや中国とも比べてもその傾向は顕著だと思いますね。年上の人に対する配慮が行き過ぎるところがあると感じます。

こんなふうに感じるのは私の海外体験が長かったこともあるかもしれません。直言直行型の性格もあると思います。若い頃、周りから「宇宙人」などと呼ばれていたものです。海外ではいわれたことはないんですがね(笑)。

―― 目に見えない格差を乗り越える手立ては?

中尾

ピラミッド構造の中でも中間から上の層、つまり部長以上のクラスを変えることが肝心だと考えています。「全ては上から」というのが改革のキーワードなんですね。上が変わらないと、下も絶対に変わらない。

上司は部下を評価するのに3年かかる。しかし、部下は3日もあれば上司を判断できる。部下から見れば上司の本性は丸見えだが、上司には部下が全然見えていない。それほど、部下というものは上司に自分をさらけ出すことができないものなのです。これでは自由闊達な働き方などできるはずがありません。

そこで、手始めに昨年秋、「360度評価」を実施しました。対象は部長以上の層、約100名です。ただし、結果は一切、人事考課に反映させない、という条件づきで。

360度評価自体はいろいろな企業で導入されていますが、当社の場合は少し変わっていまして、完全な無記名でやった。記名式だと批判めいたことは一切いえませんからね。相手が上司だとなおさらです。

米国などでも記名式で360度評価をやりますが、出てくるのはほめ言葉のオンパレード。とはいえ、それは欧米式の礼儀。ほめ言葉の中にいいたいことを混ぜてあるのです。「非常に積極的に発言する」と書かれてあれば、「他人の話は聞かず自己主張ばかり」という意味をそこから読み取らなければなりません。ですが、これは日本人にはちょっとできない芸当です。

実は15年くらい前、私自身、同じことをやったことがあるんです。当時、100名ほど部下がいたんですが、上司である自分の評価をしてもらった。もちろん無記名で。結果について自分でプレゼンも行いました。

いや、ドキドキしましたよ。そうしたら案の定、辛辣なコメントが返ってきましてね。「こんちくしょう」と思いましたよ。「誰がこれを書いたんだ?!」と(笑)。一晩は気になって眠れない。

それで、2回目からは秘書に頼んで、自分が目を通す前に全回答の言葉遣いを統一してもらいました。絶対に誰が書いたのかを特定できないようにするためです。

しかしよくよく読めば、辛辣な意見も決して当てつけで書いたのではないことがわかる。それまで知らなった自分の一面や、部下の視線を知ることができ、大きな学びにつながりました。

だから今回も同じことをやってみようと思ったわけです。会長、社長、副社長も例外ではありません。周囲はかなり抵抗感があったようでしたが、あえて反対を押してやってみた。すると、思った通り、いろいろなことがわかりました。

それはさておき、評価される側にとって、気になるのは自由回答のほう。「やってほしいこと」以外に、「やめてほしいこと」も書いてもらったのですが、いろいろな意見が出ました。「言い方がきつい」とか「態度が冷たい」とかね。大切なのはコミュニケーションなんですね。家族や恋人と同じです。

おかげで「一晩眠れなかった」という役員も何人かいました。昔の僕と同じですね(笑)。でもそのショックこそが「気づき」につながる。

1回、2回やった程度で、急に変わることはないでしょうが、3年、5年といわれ続けるうちに態度を改める人も出てくるでしょう。人間、性格は簡単に変えられませんが、行動は変えられますから。そのきっかけになれば――と思っています。

中堅クラス以上は経験を積んでいる分、意識改革は難しいと思います。組織の金型にはめられて育っているし、それなりに垢も溜まっていますから。でも彼らを変えていくことこそが、風土改革、組織改革のカギだと思っています。

―― 全体の反響はいかがでしたか。

中尾

結果はイントラネットに全て掲載しました。サイトオープン以来の高アクセスを記録しましてね。皆、気になったのでしょう。実は、これが360度評価をやった最大の狙いだった。

まず「これからテルモをオープンな会社にするぞ」「本音でものがいえる会社にするぞ」という意気込みを全員に知ってほしかった。それから、「上から改革する、といったら本当に上から改革するんだ、社長、会長も例外ではない」ということをわかってほしかった。

360度評価を実施して、会長、社長の評価結果も点数やコメントも含めて公開したのは、それらの姿勢をアピールしたかった、ということもあります。中尾

他にもいくつか、ささやかな改革を仕掛けています。たとえば役職で呼ばず、「さんづけ」で呼ぶ、などですね。欧米では相手が上司であれ、部下であれ、呼ぶ時はファーストネーム。私も「コウジ」と呼ばれていた。それが日本では「会長」「中尾会長」。しかし、役職というのは、あくまで符号に過ぎません。

役職で呼び合うことに慣れていると、人は肩書で仕事をするようになる。「部長」と呼ばれ慣れていれば、やがてその人は「部長」の鋳型にはまってしまいます。

部下にしてもそう。上司を「部長」と呼んでいるうちに、ひたすら部長の指示に従うだけの部下――つまり、自分の頭でものを考えない人間になってしまうのではないか。

当社では社員を「アソシエイト」と呼んでいます。社員一人ひとりがテルモの主役。誰もが自らを高め続ける努力をし、主体的に行動しなければならない。これは、会長であれ、新人であれ同じ。そういう意味では、みんなアソシエイト同士です。

そうはいっても、昨日まで「○○支店長」と呼んでいた人を、いきなり「○○さん」と呼ぶのは難しいでしょう。「○○さんでかまわないよ」と本人がいったところで、「本当に大丈夫か?」と疑心暗鬼になる(笑)。そうではなく「支店長と呼ぶのはやめてほしい」と上司からはっきりいわなければダメなんです。

私も「中尾会長」と呼びかけているメールをもらったら、返信の最後に「PS:そろそろ会長はやめない?」と書きます。それで初めて「本当にさんづけでいいらしい」とわかってもらえる(笑)。

もう一つ実施したのは「働きがいアンケート」です。昨年末、全社員を対象に部門ごとに行いました。そして部門ごとに点数を出しました。それを1つの指標として毎年経過を見ていこうと考えています。

アンケート結果を踏まえ、部門ごとに「お互い自由にものをいえるようにするため、これから30日以内に何をしたいか」について、回答してもらいました。やることは自由。「挨拶する」でもいいし、「話を聞く」でもいい。強制ではありませんが30日以内にできること。30日間でやらないことは、3年かかってもやりませんから。

――社内の空気は変わってきたとお感じになりますか?

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