J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年08月号

CASE.1 アサヒビール 武者修行系研修のマネジャー育成効果 異業種への武者修行で得られる 次世代リーダーとしての学び

「武者修行研修」という、何とも勇ましいネーミングの研修を行っているのが、ビール業界大手のアサヒビールだ。次のリーダーとなる社内人材を、ビールとは縁もゆかりもない異業種に出向させ、1年間にわたって“鍛えてもらう”この制度。その制度を中心に、新任・若手マネジャーへの教育・支援策について話を伺った。

宮田 耕平 アサヒビール 人事部 担当課長
荒井 政徳 アサヒグループホールディングス 国際部門マネジャー

アサヒビール
1889年創業。「アサヒスーパードライ」を看板銘柄とするビール大手。2011年、持株会社「アサヒグループホールディングス株式会社」に移行し、酒類事業を現在のアサヒビール株式会社が受け継いでいる。
資本金:200億円、グループ売上高:約1兆5,791億円、グループ従業員数:1万7,956名(2012年12月期)


[取材・文]=熊谷 満 [写真]=アサヒグループホールディングス、ヤマト運輸提供、本誌編集部

●背景モノカルチャーからの脱皮をめざす

武者修行の名にふさわしい初日だった。国内営業畑出身で、それまでほとんど英語を使うことがなかった荒井氏(現・国際部門マネジャー)だが、出向したヤマト運輸のグローバル事業推進部の上司に開口一番言われたのが「これからミーティングするから、先週あったこと英語で話してくれる?」。3日後には香港出張を命じられ、1カ月後には一人で行ってこいと、また香港へ送り出された。

2008年よりスタートしたアサヒビールの「武者修行研修」。異業種企業に1年間社員を出向させ、同時に相手企業からも人材を受け入れる。こう聞くと、「しょせんお客様扱いなのでは?」と思ってしまうが、荒井氏の例からもわかるように、そこには甘えも気遣いも存在しない。事実、「遊びに来たんじゃない。結果を出せ」と荒井氏も叱咤された。「相手企業の人間になりきらなければやる意味がない」(アサヒビール人事部担当課長宮田耕平氏)ことをお互いが前提としている。

研修としては異色といえるこの制度だが、そもそもどんなきっかけでスタートしたのだろうか。「当社は長くビール事業を中心に成長してきたモノカルチャー企業(数品目依存・同質的文化企業)とされてきました。かつてはスーパードライの成功のように、全員が一致団結して同じ価値観を持って働いていれば成長が可能でした。しかし、現在はニーズの多様化やグローバル化が進み、そのままでは成長は見込めない。異文化を吸収した、より多くの価値観を持つ人材が必要との思いから始まった研修です」(宮田氏)

対象となるのは20~30代前半の若手。職種は問わない。物流、IT、鉄道、マーケティングなどの異業種企業とパートナーを組み、相互に人材を交流させる。会社にとっては、言ってみれば1年間の人件費がまるごと研修費となる。それだけに、誰でもよいというわけにはいかない。「人選は慎重に、次世代のリーダーとなり得る社員を選びます」(宮田氏)そうやって選んだ有望な若手に、海外事業や経営企画など、会社側として積ませたい経験をリストアップし、パートナー企業と相談。うまくマッチングできれば、晴れて修行の開始となる。アサヒビールではマネジャーに求められる資質を3つ挙げている。それは「ビジョンを描けること」「ゼロベースで発想できること」「PDCAをしっかり回せること」。武者修行研修はマネジャー育成を直接の目的としたものではないが、自社にとっての次世代リーダーに異業種・異文化を経験させることは、「視野の広がりや発想力など、マネジャーとしての資質を鍛えることにもつながる」と宮田氏は語る。

●異業種・異文化現場での学び顧客姿勢、経営感覚……違いに驚く

実際、荒井氏もヤマト運輸で働いたことで多くの学びや気づきを得た。出向する前までは営業マンとして活躍し、外食チェーンを回って「アサヒの銘柄にいかにチェンジしてもらうか」が仕事だったが、ヤマト運輸で配属となったのは全く畑違いのグローバル事業推進部。そこで与えられたミッションは「食品の国際間輸送のプラットフォームを構築する」というものだった。

「今までとは180度違う仕事です。私が担当したのは、ヤマトグループの物流、調達ネットワークを活かして、香港のコンビニに日本の食材を提案し、調達からカタログ作成、輸出入通関、消費者までの配送を行う一貫物流プロジェクト。ただ、食材調達から国際間輸送まで一貫したビジネスというのは、実はヤマトさんにとっても初めての試み。かかわっている全員が手探りで、グループ企業やコンビニさんと内容を詰めていっても、やればやるほど穴が出る(笑)。もちろん私にとっても初めて尽くしで、国際物流のルールやラベルの栄養表示など、全て知識ゼロからのスタートでした。本当にその日をどう乗り切るか、一日一日が勝負というか、鍛えられましたね(笑)」

まさに四方八方から刃が向かってくるような修行の現場。そこでまず痛感したのは、ヤマト運輸の徹底した顧客重視の姿勢だったという。「ヤマトさんは、宅配の現場にいる6万人のセールスドライバーさんだけでなく、全社員が最終顧客の視点に立ってビジネスを考えています。どうしたらもっと喜んでいただけるか。お客様からのお褒めの言葉を発表する場があったり、セールスドライバーの改善発表会に社長が出席するなど、その顧客姿勢を実感する機会が数多くありました。一方で、私の担当していた営業部門では卸、酒販店や飲食店が相手なので、流通チャネルをいかに拡大させるかに意識がいきがちです。そういう意味では私自身も視点をガラッと変える必要がありました」

さらにヤマト運輸の社員一人ひとりが経営感覚を持って仕事に臨んでいることにも驚かされた。「ビール会社であればモノの値段が決まっているので、とにかく何箱売る、と数ありきで考えます。逆に言えば、数さえ出れば利益もついてくる。しかし、運送業の場合は業務内容によって手間も利益も変わってきます。そのため現場の若いセールスドライバーさんから支店長まで、全員が経営感覚を持ちながら仕事をしている。これは大きな刺激になりましたね」

現在、荒井氏はヤマト運輸への出向を終え、アサヒグループホールディングスの国際部門マネジャーとして働いている。マーケティング戦略の立案、ロシア営業担当、飲食店の海外進出支援と幅広く業務をこなす。海外顧客や海外代理店のスタッフと仕事をする機会も多い。

「ヤマトさんへの出向中はいろんな国籍の方と仕事をしました。その際、まずは目的をしっかり共有し、筋道立てて説明しないと相手は動いてくれません。アサヒビールの社員同士だと、同質的なので『あれやって』で通じてしまうんですが、異なる価値観の中ではそれは通用しない。今、海外業務をマネジメントするうえで、ヤマトさんでの経験はすごく生きています」

●狙いと支援目先のスキルやノウハウは要らない

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