J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年09月号

Column グローバルな突破力を持つ若きリーダーに聞く バングラデシュから始まる 世界を変える「最高の授業」

リアル版・漫画『ドラゴン桜』(三田紀房作)といえばピンとくる人もいるだろう。原作は落ちこぼれを東京大学に合格させる、元暴走族教師の話だ。
 世界には優秀な頭脳を持ちながら、貧困のため大学に行けない子どもが大勢いる。彼らを救おうと立ち上がったのが、e-Education Project代表の税所篤快氏。早稲田大学4年生、弱冠24歳が世界に支援の輪を広げている。
 若者たちが思わず惹き込まれる新しいリーダーシップ像を追った。

税所 篤快(さいしょ あつよし)氏
1989年東京都生まれ。早稲田大学在学中の19歳でバングラデシュに渡り、グラミン銀行の研究ラボ「GCC」で初の日本人コーディネーターになる。20歳で独立し、バングラデシュ初の映像授業を実施する「e-Education Project」をスタート。現地の大学生パートナーと協力して、貧困地域の高校生を国内最高峰ダッカ大学に入学させる。現在は仲間とともに世界各地でこの方式を広めようと、ヨルダン、ルワンダ、パレスチナ、フィリピンでの活動を開始。近著『最高の教室を世界の果てまで届けよう』(2013年、飛鳥新社)。

[取材・文]=西川 敦子 [写真]=税所 篤快 氏提供

「落ちこぼれ体験」から生まれた社会貢献事業

「バングラデシュでドラゴン桜」2010年6月1日の朝日新聞に踊った見出しだ。教育が行き届かない貧しい村の子どもたちに、バングラデシュでナンバーワンの先生の授業をビデオで受けてもらう。さらにバングラデシュの東大ともいうべき、難関・ダッカ大学合格をめざす、というプロジェクトを取り上げたものだ。「e-Education」と名づけられたこのプロジェクトを立ち上げたのは、税所篤快氏(24歳)。早稲田大学教育学部の学生だ。

大学1年生の時、『チェンジメーカー』(日経BP社)、『グラミン銀行を知っていますか?』(東洋経済新報社)を読んで開眼。社会起業家になろうと決意した。日本人学生をグラミン銀行にインターンとして送り込み、社会起業家を育成する「GCMPプロジェクト」を、仲間と共に設立。自らも大学を休学、バングラデシュ、グラミン銀行のインターン生として活躍している。

現地で働きながら思いついたのが、このプロジェクトだった。「村の学校をリサーチしている時、子どもたちがちゃんとした授業を受けていないことに気づいたんですよ。バングラデシュでは無償で初等教育を受けられるんですが、生徒数に対し教師が4万人も不足している。無資格の教師も多く、英語を受け持っているのに英語が話せない先生もいましたね」

村の子どもたちにとって、富裕層子女との決定的な違いがもうひとつあった。学費がなく、塾に通えないことだ。日本と同様、バングラデシュにも厳しい学歴競争が存在する。教育格差はそのまま貧富の差となり、高等教育を受けていない人々の年収は、大卒のそれの6~10分の1以下にとどまる。そのことを知った時、「彼らの境遇にかつての自分の姿が重なった」と彼は振り返る。

「僕自身、高校時代は落ちこぼれでした。学校は墨田区にあったのですが、先生の授業にちっとも関心が持てなくて。ところが3年生の時、東進ハイスクールの映像授業に出会った。講師の授業をDVDに収録したものですが、試聴してみたらこれがめちゃくちゃ面白い。しかも、いつでもどこでも何回でも視聴できるわけです。おかげで早稲田大学に合格したわけですが――。あの時ですよね、教え方ひとつで人がどれほど変化するか、身をもって知ったのは」

同じ仕組みをバングラデシュで生かせたら、とひらめいた。「電気もろくに通っていない村で、映像授業なんかできるわけがないだろう」。グラミン銀行でプレゼンしたところ、提案はあえなく却下された。「それでも、根拠のない自信があったんですよね。自分の原体験もあって、企画のインパクトが腹落ちしていた、というのかな。(一橋大学の)米倉誠一郎先生が常々、『新しい組み合わせがイノベーションになる』とおっしゃっています。日本では別に新しい技術じゃなくても、途上国に持っていけばイノベーションになりうると確信していました」

一橋大学イノベーション研究センター教授、米倉誠一郎氏と出会ったのは高校時代。高校生と企業人が共に働く意味について考える『日経エデュケーションチャレンジ』に参加した時のことだ。「世界は変えられる」という同氏のメッセージに心を揺り動かされた。「米倉先生にはいつも背中を押していただいています。このプロジェクトの援助もしてくださっています。教師の授業料、カメラマンのギャラや編集・制作費、教室の賃貸料や電気代――ざっと100万円必要だったのですが、米倉先生や東進ハイスクールの先生、個人の賛同者の厚意でどうにかやりくりできました。

もちろん、日本の企業もあちこち回って協賛を仰ぎましたよ。でも、『もし、停電したら?』『合格できなかった子は?』といったリスクを指摘する声ばかり。全部聞き流しました。グラミン銀行では口だけで実践しない人間は相手にされません。やってみなければ、何もわからないままじゃないか、と」

まずは試運転からと、東京学芸大学に協力を呼びかけた。村の学校と理科室をSkypeでつなぎ、実験授業を行ったのだ。生まれて初めての理科の実験に目を輝かせる子どもたちを見て、彼はますます成功への確信を強めた。この試みがグラミン銀行に認められ、正式に「e-EducationProject」が発足。さらに、「みんなの夢アワード2010」で、大賞、特別賞をダブル受賞したことで、プロジェクトは本格的に加速していった。

とはいえ、低予算の事業では贅沢はできない。教室として借りたのはボロボロの小屋。PCもTwitterで呼びかけ、中古品を集めた。予備校の有名講師にDVD出演してもらい、映像授業を無償で受けられる環境をようやく整えた。生徒は男女合わせ約30人。ところが、授業を始めると早速壁にぶつかった。

「生徒が授業に来なくなってしまったんですよ。だんだん減って、最後には7、8人になってしまった。このままじゃヤバイ――焦りましたね。で、考えたんですよ。皆、そもそも村の出身者が大学なんか行けるわけがない、と思い込んでいる。でもそれは、大学がどんなところかイメージできないからじゃないか、と。そこで、大学のオープン講義に連れて行くことにしました。村からダッカまで片道8時間。朝4時に出発し、大学の講義を受けてその日のうちに帰る。これが大成功だったんですよね」

「絶対、大学に行きたい!」と子どもたちの表情が一変したという。

「授業に感動したというより、カップルが手をつないで仲よく歩いていることにカルチャーショックを受けたみたい(笑)。イスラム教には厳しい戒律があり、村の男女はほとんど行動を共にしませんから」

その後、生徒たちのモチベーションは一気に上がり、一人が見事、ダッカ大学合格を果たした。その他の18名の生徒も次々に名門大学へと進む。

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