J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2014年03月号

CASE.3 組織的に発想を変える 3年かけて実現 ワークショップの内製化

従来通りの発想では、顧客の潜在ニーズを見つけることができない――そうした中で、どうやって新しいサービスを開発すればいいのだろう。KDDI研究所が行っているワークショップは、こんな問題意識に駆られた1人の技術者の試行錯誤からスタートした。まさにその人、ワークショップ仕掛人であるKDDI研究所の研究マネージャー、新井田統氏に、内製化の苦労やノウハウなどについて聞いた。

新井田 統 氏 研究マネージャー

KDDI研究所
1953年国際電信電話の研究部として発足。1998年設立。通信システムやインフラの整備、将来を見据えた基礎技術基盤を担う先端技術に至るまで幅広いテーマで、情報通信技術の研究開発やさまざまな取り組みを行う。資本金:22億8,000万円、社員数:291名(2013年4月1日)

[取材・文]=高橋 テツヤ(又隠舎) [写真]=編集部

●背景揺さぶりたい価値観

3年をかけてワークショップを内製化したKDDI研究所(埼玉県ふじみ野市)。ワークショップの特徴は、既存の価値観に揺さぶりをかけること。同社では、一体何を揺さぶりたかったのか。それには同社の主力事業である携帯電話の市場を知らなければならない。携帯電話が登場した初期、顧客となったのはハイテク機器に敏感で、新しい技術を好む層だった。しかし、携帯電話が生活の必需品になった今、日常の使い勝手のよさを求める層がメインとなった。こうした顧客の変化に合わせて、サービス開発の発想も変えなければならない。しかし、KDDI研究所の研究員(=社員)のような専門家にとっては、これまでの経験や専門知識が足かせになり、アイデアが出なくなってしまっていたのだ。社内にも2005年頃から、こうした問題意識は広がっていた。そこで、新井田氏は、3年間新しい研究の立ち上げに専念してよいという、同社の『特別研究員制度』を利用して、東京大学情報学環の研究生として社会心理学や認知心理学を学ぶことにした。その授業で、ワークショップに出会ったのだ。「授業で『ワークショップ』が紹介された時、ピンときたんです。実際に参加してみて、ビックリしました。それまでは、新しいアイデアの創造は、個人の能力によるものだと思っていました。でも、ワークショップはそうではなかった。思ったこともない方法でした」

●内製化のプロセス体験しながら学び取る

新井田氏は早速、東京大学大学院情報学環の山内祐平准教授(P48の安斎氏も山内研究室に属する)、水越伸教授、岡田猛教授と、KDDI研究所とでワークショップに関する共同研究を立ち上げる。2008年から2010年まで、3年をかけて、ワークショップのつくり方を一つひとつ学び取っていった。1年目には、言わば見習いとしてワークショップ設計の裏方を体験し、2年目には実施マニュアルを作成し、3年目にはマニュアルを用いて実際に自分で表に立って運営を行い、試行錯誤を繰り返す、といった具合だ。「トライアル&エラーの時期には、社内で公式に人を募集することは困難でした。ですから、まずは自分の知り合いの範囲で試行錯誤し、併せてワークショップを理解してくれる同志を1人でも増やしていくように努力をしていました」苦労したことは、ワークショップのプロが自然にやっているように見える、絶妙なテーマ設定や人選などを会得していくことだった。その辺りを理解するために、2008年に実施した「ケータイ葬送スタイル」ワークショップを例として紹介する(図1)。

●具体的取り組み「ケータイ葬送スタイル」

テーマ設定

テーマ設定は、ワークショップの目的(新しい発想で開発サービスを考える)を達成するにふさわしいものでなくてはならない。ワークショップの成否を分ける重要な要素の1つでもある※1。この時は、ファシリテーションを担当したプロのワークショッパーである中西紹一氏が考え抜き、「ケータイ葬送」がテーマとなった。携帯電話の持ち主が突然亡くなってしまったら、携帯電話に詰まった膨大なデータはどうしたらいいのだろう──そのデータの葬送をビジネスにできないか、開発サービス案を考えていくわけだ。一見ありえないような設定ではあるが、そのほうが常識にとらわれないで済む。研究員が自分の専門技術から離れて、個人の体験や感覚から携帯の開発について話すことになれば、テーマ設定としては成功と言える。

イントロダクション&アイスブレイク

まず初めに、アイスブレイクとして、自己紹介(名前と職業)と、「最近他の人に助けてもらったこと」を話した。この時点で参加者は、「ケータイ葬送」というテーマを知らない。だが、死んでしまったら、自分には何もできない。そこで、アイスブレイクの段階から、「誰かに何かをやってもらう」という活動を頭に思い浮かべてもらうのだ。アイスブレイクも、本テーマと関連させることが、流れをスムーズにするコツだ。その後で、テーマ発表が行われる。参加者の中に「ケータイ葬送とは、一体何だ」と、驚きや違和感が広がっているところで、ランチへ移る。

ゲストによるランチレクチャー

参加者たちは葬儀については一般知識しかないため、このままでは議論にならない。そこで、葬儀に関連する話を、専門家2名にそれぞれ45分ずつレクチャーをしてもらった。一人は葬儀関連の雑誌を発刊している葬儀ジャーナリストで、葬儀の歴史や最近の傾向などを語った。例えば、昨今は散骨や森林葬(1本の樹を墓地として購入すること)が増えてきている。残された人はそれを聞いてどう思うのか、自分らしい葬送の仕方とは何かなど、参加者が考えるきっかけになる。もう一人は、文化人類学・民俗学を専門とする大学教授。地域の葬儀事業について、例えば、沖縄県の新聞には普段から大量の死亡広告が掲載され、収入源になっている、といったことが語られた。参加者は、これもビジネスになると知るのだ。このように、テーマと遠からず近からずのプロに情報を提供してもらうことで、参加者の思い込みがはがれ、発想に広がりが出てくるのだ。

戦略的素人とのディスカッション

次いで、新サービスについての議論を行うが、社内のメンバーばかりでは、せっかく生まれた新しい発想も、議論の過程で普段の考えに収斂されやすい。そこで「非日常」をつくるため、社外のメンバーを混ぜる。社外のメンバーは、携帯の研究開発に関しては「全くの素人」。この時は、携帯に関しては素人でも、広告会社のクリエイターやテレビ番組のディレクターなど、発想力の面では共通項を持つ人が選ばれた。こうした素人が放つ、突拍子もない意見が議論の場を揺さぶり、何でも言っていい雰囲気をつくり出す。専門知識にとらわれない素人としての立場を戦略的に使って議論を拡散させる役割を担うため、「戦略的素人」と呼ばれる。

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