連載 はじめに夢ありき 第2 回 人を育てるのではなく 人が育つ環境・プロセスをつくれ
これからの人材育成において、人事や人材開発部門が果たすべき最大の役割とは何だろうか。「人は育てられるのではない、自ら育つ」という視点に立ったとき、新たに見えてくる役割がある。今後求められる役割とは? そしてその具体策とは? 人事、人材開発部門の新たな役割について解説する。
育つ環境とプロセスを整える人材開発部門の役割
いま、企業の人材開発部門が果たすべき役割として、最も重要なのは何だろうか。それは人が育つ環境とプロセスをつくり出す、その推進役になることである。したがって人材開発部門にまず求められるのは、根本的な意識転換だといえる。人材開発部門の仕事は企業内で教育を行い、人を育てることではない。「人は自ら育つ」というスタンスに立ち、そのための環境とプロセスを整えることである。
「世界一小さな歯車・パウダーギア」で有名な、樹研工業の例を思い出してほしい。社長の松浦元男氏は、採用試験を一切行わず、会社に来た順に採用するというユニークな採用方法を取っていることでも知られている。松浦氏が抱える「世界一の技術者」たちは、多くは学歴としては高校卒業。彼らが育つ「秘密」について、松浦氏は次のように語る。
「『いまどきの若者は……』とよく言うが、そんなことを言う人は若者を知らないだけ。いまの若い人の能力はすばらしい。単に私は彼らが自分の能力を発揮できる機会を与えただけだ」
樹研工業は100 万分の1 グラムという世界一小さな歯車を開発する前に、10 万分の1 グラムの歯車の開発を行っている。
「10 万分の1 グラムの次は、100 万分の1 グラムだろうかと考えました。でもいくら何でも難しいと思った。なので『次は100 万分の10グラムをつくろう』と言いました。そうしたら10万分の1 グラムをつくった男が、『社長、それじゃつまらない。100万分の1にしよう』と言ったんです。だから、よし、頼んだぞ、と」
「人は自ら育つ」これからの人材育成を考えるとき、このことを肝に銘じておく必要があるだろう。
5 つのポイントで自社を見直す
「それでは一体、自社には人が自ら育つような環境とプロセスが整っているだろうか?」
ここまで読めば、多くの方がそのように自社を振り返ることだろう。その際、次の5 つの視点から自社を振り返ってみてほしい。
まず最初にチェックすべきは、社員にはどのような人材に育ってほしいのか、どのような人材に育つことを期待しているのかについて、明確なメッセージが企業理念や経営理念のなかに現れているかどうかである。
トヨタや資生堂など、最近「元気がいい」といわれる企業に共通しているのは、経営理念をはっきりと掲げていることだとはよくいわれる。経営理念は、同時に自社の従業員に対して、どのような人材に育つことを期待しているのかを示すメッセージでもある。
例えばホンダの経営理念には、「自立・平等・信頼」という人間尊重の考え方が明確に現れている。「自立」とは、従業員1人ひとりが自分のアイデアや知恵を出しながら、主体的に仕事をしていくことを意味している。