CASE2 富士電機ホールディングス 真の「現地化」を実現するために、 まずは「教育」に フォーカスした施策を実施
富士電機グループでは、近年における中国市場に対する期待感の高まりとは裏腹に、人事労務面での対策が後手に回っていた。そこで、一昨年から本格的にその対応に乗り出したわけだが、綿密な下調べをした後、出したファーストチョイスは「報酬」ではなく、「教育」だった。なぜ、まず教育なのか、その内容はどういうものなのか、日本側の人事責任者に詳しい話を伺った。
これまで「手つかず状態」だった中国での人事施策
富士電機グループでは、重電分野・設備投資関連分野の得意技術をベースとした製品や、競争力のあるコア技術をベースとした製品・事業などを、成長力のあるアジア市場、なかでも中国へと積極的な展開を試みている。
ところが、これまで富士電機グループの人事・処遇・教育施策に関しては、国内を中心に行ってきた。正直、海外拠点については全く手がつけられていない状況だった。近年、中国市場に対する富士電機グループ全体での“期待感”が膨らんできているなか、手つかず状態だった中国市場に対して、抜本的な施策を講じる必要性が出てきたのである。というのも、富士電機グループが掲げている中期計画に対して、中国市場が思うように伸びていないという“ジレンマ”があったからだ。
「もちろん事業としていろいろと手を打たなければならないわけですが、われわれ人事部門としても、後方から中国での事業を支援する仕組みを考えていく必要が出てきました。それで2004 年秋から、本格的に中国市場に対する人事施策面での取り組みを開始したわけです」と語ってくれたのが、同社人事企画部マネージャーの平林登志夫氏である。
事実、中国には工場・駐在員事務所等を含めて、現在34拠点が存在している。そこで働く従業員も、現地スタッフを合わせると4000人近くに及んでいる。中長期的に中国市場での基盤を確固たるものにするためにも、日本人スタッフはもちろんのこと、現地中国人に対する諸々の人事施策を根本的に考え直す必要性が求められてきたというわけだ。
現地代表者と人事労務面に関する「話し合いの場」を持つ
そして翌05年の春に、中国の主だった拠点の日本人総経理(経営者)を集めて、「いま、現地で抱えている人事労務面での問題は何なのか。また、日本本社の人事部門が用意できるサポートにはこういうことがあるが、それは現場のニーズに合っているのかといったことをヒアリングし、彼らと本音で話し合う会議を持ちました」(平林氏)。そのときの結果をまとめたのが、図表1に記した「中国事業拡大に向けた『人事労務面』での側面支援アイテムの検証と具体施策(案)」である。
例えば、「現地スタッフ採用」は困っていないのかと聞いたところ、現状ではワーカーについては各拠点レベルで採用できているということだった。つまり、日本本社が乗り出して、中国全土での採用活動を展開していくまでの必要はないということ。むしろ、さまざまな利権がからむ中国では「現地主義」が望ましく、各社ごとのニーズを踏まえた対応のほうがいいという。
一方で、経営層やハイパフォーマーについては、ぜひほしいけれども採用ができていないという状態。採用もこの層に対しては、人事部として何らかの支援をする必要があることがわかった。
次に、「給与計算業務」の問題はどうかというと、現地スタッフについてはパッケージソフト等で対応ができているという。ただ、日本からの赴任者に関しては日本で賃金を決めたり、現地で決めたりと一様ではない。しかし、これについても会計事務所や銀行に委託して対応できている。実際、税制の複雑さや対象者数の少なさから考えると、日本側が乗り出すのは現実的ではないという反応だった。
問題が山積していた「人材育成」に関する事項
正直、ここまでは“やや肩透かし”の印象だったが、一番の問題がその後に控えていた。それが「人材育成」である。まず、中国に赴任する日本人に対して、「赴任前教育」がほとんど行われていなかった。現地における医療事情や住まいの問題、生活上のリスクなど、中国に赴任する日本人は多くの不安を抱えているはず。ところが、こうした部分について何も対処していなかったのだ。この点については、現地の人たちは非常に本社からのサポートを希望していた。
何より、海外に赴任する人たちに対する「国際ビジネス要員」としての育成が、これまではあまりできていなかった。例えば、「語学」の問題。さらには「財務」や「法律・慣習」といった現地で必要不可欠なビジネススキルに対しても、システマチックに学習する仕組みがなかった。
また、「現地研修」も形骸化していた。こうした問題は、現地にいる人からすれば早く何とかしてほしい。当然のことながら、現地の代表者から強い要望が出たコンテンツであった。
加えて、「現地スタッフの育成」の問題も見逃せない。考えてみれば、日本人の赴任者に対する教育ができていない状態で、現地スタッフにまで教育の手が回るわけがない。現実として、日本人スタッフは日常のオペレーションに追われており、現地スタッフの養成にまで踏み込めていない。
これは、人材の定着という点からも由々しき問題だ。ここでは、現地スタッフに教育を施すことは非常に重要なテーマであるということを、お互いに強く認識できた。
このような状態だったから、現地スタッフ用の制度としての「人事・処遇・教育制度等諸制度構築・運営支援」について、これまでは各社に任せきりだったことは言うまでもない。その結果、インセンティブをどう与えていけばいいのか、右肩上がりでない成果や能力に応じた賃金の仕組みはどう構築すればいいのかなど、現在抱えている人事・処遇等に関する諸問題については、有効な対策を打てていなかった。
ただこれも、考えてみれば当然のこと。彼ら現地のスタッフは「人事労務のプロ」ではない。これらに関しては、彼ら曰く「“横串し”で日本本社から指示や施策の提示があれば動きやすい」という意見が多くを占めた。
「人事労務面での現状と対策を相互に話し合った結果、人材育成に関する問題が山積している点を強く確認できたことに、この会議の大きな実があったといえます」(平林氏)。
ところで、一般的に知られている統計によると、日系企業における中国人労働者の平均離職率(1年後)は17.9 %とのこと。人材の調達の難しい上海地区では、これが24.3 %とさらに高くなる。また、ポジション別にみると、ワーカーが49.3 %ときわめて高い割合を示しており、一般職員が36.2 %、係長クラス・営業職20.0 %、課長以上7.1%といった具合である。また、地域別では、香港や深
などの南部地区の離職率が高くなっている。