J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2009年08月号

My Opinion ① 研修後アンケートの見直しが 教育効果測定の第一歩! 測定・改善サイクルにつなげる

教育を妄信する日本企業ではこれまで、その効果を測ることを軽視してきた。
しかし、経済環境が不透明さを増す今日、教育投資の効果が問われるようになり、教育効果測定のニーズが高まってきている。
教育効果測定を行えば、普段の研修などの教育手段、プロセスの改善を図るきっかけにもなり、教育の質を高めることにもつながる。その第一歩として手掛けるべきは、研修後のアンケートの見直しだ。

堤 宇一(つつみ・ういち)氏
日立総合経営研修所QCマネージャー/NPO人材育成マネジメント研究会代表
教育効果測定を2000年より専門テーマとして研究を開始。現在、教育効果測定に関するコンサルタントおよびリサーチャーとして国内外の雑誌、学会などで研究発表を行う一方、数多くの教育効果測定プロジェクトを実施する。2006年にはNPO人材育成マネジメント研究会を設立。著書に『はじめての教育効果測定』(編著、日科技連出版社)などがある。

取材・文/黒原康一郎、写真/本誌編集部

アメリカと日本における人材育成の考え方の違い

2004年に行われた「教育研修の運営と改善の取り組み」実態調査(教育プログラム改善・最適化研究会)では、教育効果測定を導入している日本企業はほとんどなかった。現在、先進的ないくつかの企業では本格的に行うところもあるが、全体的な状況は以前とほとんど変わっていない。

ところが最近、企業から教育研修の効果測定をしたいという要望が、私のもとにも多数寄せられるようになった。昨年末から日本を襲った世界的経済危機によって、コストカットや費用対効果がより厳しく問われるようになり、その矛先が教育予算にも向かっているからであろう。アメリカの教育効果測定研究の第一人者であり、私の恩師でもあるジャック・フィリップス氏は「不況下では効果測定がもてはやされる」と語っていたが、今がまさにそれに当たる。もちろん、会社の業績が悪化したから教育コストを削る、という短絡的な発想に私は大反対である。

日本企業は近年まで、決して安くないコストと時間を研修や通信教育など人材教育分野に投資してきたにもかかわらず、その効果に関してはまったく無頓着だった。これは、「教育はいいもの」とする思想が社会に根付いていることや、日本企業は経営陣や社員も含めて家族意識が強いため“家族”の成長にお金をかけることは善ととらえられてきたからだろう。

私は教育効果測定に興味を持った2000年から、その分野の先進国であるアメリカに渡り、ジャック・フィリップス氏に教えを受け、また人材育成の専門家やさまざまな組織の人材育成担当者と話をした。その中で感じたのは、彼らは、教育研修や社員トレーニングはパワフルな手段の1つと認めつつ、「コストも手間もかかるため、できればやりたくない」と考えていることだ。社員のスキルを教育で補うよりも、ラインの効率化やインセンティブの利用、マネジメントルールの変更、職場環境の改善など、課題解決にはもっと適した手段があるはずだというのである。もちろん、その大前提として、人材の流動化が進んでいるアメリカでは、教育にお金をかけるより、スキルの高い人材を採用すればいいじゃないか、という意識が強いことも事実である。

またアメリカでは、「会社は株主のもの」という考え方が常識なので、コストをかけるのであれば、その目的や効果を株主にしっかり説明しなければならない。社内教育の効果測定を行うことは、会社の経営者にとって必要不可欠な作業なのである。

日本でも社会や経済環境、人の意識が変化したことで、教育効果測定に注目が集まってきている。そのために企業の人材育成担当者は何をすればよいのか。実は、研修後のアンケートを見直すだけでも、十分なデータを集めることができるのである。その第一歩を踏み出すに当たって必要となるポイントを、順を追ってみていこう。

人材育成に欠かせない測定・改善サイクル

かつてに比べ、厳しい経済環境下にある今日、教育はその精度をますます高めていかなければならない。そのためにも必要になるのが、効果を測定して改善につなげるサイクルである。

図表1は「HRDサイクルモデル」と呼ばれるもので、人材育成部門における業務プロセスを図式化したものだ。「分析(Plan)→実施(Do)→評価(See)」という業務プロセスを回していく。円中央の「インストラクショナルデザイン」と「教育効果測定」が、一連の業務プロセスの背景にある。

インストラクショナルデザインは、教育研修を適切に企画・設計していくための手法。この考え方を取り入れると、教育の目的、受講者への働きかけ方を明確にすることができる。

教育効果測定は、言わずと知れた教育研修の効果を見極める手法で、これによって研修内容が目的に合致していたかを見極め、改善点を洗い出し、質を高めていくことができる。教育効果測定は、PDSサイクルを回していくうえでも欠かせないものといえよう。

その他、円の外にある「経営戦略」「心理測定」「品質管理・統計」は、実施と評価のベースとなる情報・技術である。人材育成は、これらを総合して行われることが望ましい。

日本企業に効果測定を導入する際の3つの課題

日本企業に特化して考えてみると、教育効果測定を導入する際の課題として、次の3つが見えてくる。

1つは、冒頭で語った、教育に対する妄信である。「とりあえず研修さえやっておけば効果は後からついてくる」というのが一般的な考え方だ。教育を無条件に良いと妄信しているから、効果を測ることもしない。教育プロセスに不備があると薄々感じても、なかなか改良に踏み切れない。ところが、会社が業績不振に陥ると一転、教育予算はばっさりと切り捨てられる。効果が明らかでないため、残すべきものとして選ばれないからである。教育はロジックではなく、すべて感情的な判断で行われているのが現状なのだ。

2つめは、日本企業の人材育成担当者の多くは専門家ではないこと。そして人事ローテーションにより、数年ごとにスタッフが異動してしまうことである。人材育成部門は、言うなれば“対人”の諸問題を扱う部署である。財務には財務の専門家、法務には法律の専門家が不可欠なように、人材育成にも専門家が対応していかなければ、より良いシステムは構築できない。アメリカ企業の人材育成担当者は、インストラクショナルデザインや心理学、統計学などの専門家、博士号取得者であることが多い。また当たり前のことだが、他の部署に転属することはほとんどなく、長期的な視野で人材育成に取り組むことができるのである。

3つめは、人材育成部門は人事部の一部署であるにもかかわらず、完全に縦割りで動いていることである。人材育成には教育はもちろん、人事制度や採用、評価なども大きくかかわってくるが、他の人事部門とほとんどリンクしていない。本来、企業としてどういう未来像を描き、そのためにはどのような人材が必要で、どう育てるべきかという大局的見地から人材育成を考えなければならないのに、現状では狭い裁量しか与えられていないため、その効果も限定的にならざるを得ない。

私は以前、教育コンテンツの企画に携わり、ある企業のオリジナル通信教育プログラムを開発した。担当者の評価も高く、これが教育メニューとして定着するだろうと確信していた。しかし、担当部長が交代したとたん、このプログラムは中止となった。理由は、新しい担当部長が単に「通信教育が好きではない」ことだった。この時、人材育成担当者がころころと代わる日本企業では、どんな人が見ても一目瞭然で、誰に対しても明確な説得材料となり得るデータの必要性を痛感した。そのためには教育効果の証明が不可欠だと考え、勉強を始めたのである。

目標が明確でなければ教育効果は測れない

「ウチでも、研修の効果を測ってください」――よくクライアントから聞く言葉だが、これほどナンセンスなことはない。効果を測定するには、そもそも教育に目的や目標が設定されていなければならないからだ。しかし多くの企業では、ただまんじりと研修が行われ、目標が不明確な教育が施されている。これは、何に効くかわからない薬を「体にいいから」と言われるままに飲み続けているのと同じであり、これではその効果を測りようがない。そこで人材育成担当者は、教育プログラムをつくる前に、以下のポイントについて考える必要がある。

①現状の課題は何なのか

②その原因は何なのか

③その解決方法として教育が有効か(別の方法はないのか)

④何を教えるのか

⑤教育効果を測るために何が必要か(調査目的は何か)

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