J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2018年03月号

人材教育 The Movie ~映画でわかる世界と人~ 最終回 「あゝ声なき友」川西玲子氏 時事・映画評論家

「あゝ声なき友」
1972年 日本 監督:今井 正

川西玲子(かわにし れいこ)氏
1954年生まれ、メディア・エンタメ時評。中央大学大学院法学研究科修士課程修了(政治学修士)。シンクタンク勤務後、企業や自治体などで研修講師を務めつつ、コメンテーターとして活動。著書に『映画が語る昭和史』(武田ランダムハウスジャパン)、『戦前外地の高校野球 台湾・朝鮮・満州に花開いた球児たちの夢』(彩流社)等。


『あゝ声なき友』
発売・販売元:松竹 映像商品部
価格: DVD 2800 円+税 好評発売中
病気入院していたため、全滅した分隊中ただ1人生き残った西山民次は、戦友12 名の遺書を抱いて日本へ帰還した。身よりのなくなった西山は東京の壕舎で暮らし、担ぎ屋で食いつなぎながら12 通の遺書を遺族のもとへ届ける覚悟だったが……。名匠・今井正監督が、有馬頼義の小説『遺書配達人』を渥美清主演で映画化。

長く続いたこの連載も今回(65回目)で最終回を迎える。

記念すべき最終回にどの映画を取り上げるか。調べに調べ、考えに考えたが、なかなか決まらない。そこで視点を変えて、自分にとって本当に大事な映画はどれかと考えた時、すっと浮かんできたのがこの作品である。

渥美清が原作『遺書配達人』に惚れ込み、プロダクションまで設立して製作したもので、主人公の西山民次を自ら演じている。

西山は敗戦1年前の昭和19(1944)年、病気のため中国戦線から日本に送還される際に、全員の遺書を預かった。その後、西山の所属していた部隊は南方で全滅した。

西山も敗戦前に家族が原爆で死亡、闇市に物資を運ぶ担ぎ屋などをしながら、戦後を1人で生きていた。そして旅費を貯めては、各地を回って遺族を捜し続けている。日本が戦後復興を遂げて落ちついていくなか、旅芸人の一座に加わったりマッチの販売をしたり、仕事を転々としながら遺族を捜し続けるのである。

だがせっかく見つけ出しても、遺族の反応はさまざまだった。喜んで遺書を受け取る家族はむしろ少数だった。挙げ句の果てに、生き残っていた戦友から「利口な生き方じゃない。そんなことは止めてしまえ」とまで言われる。その時、西山は自分を突き動かしてきた感情が何だったかに気づくのである。

○時代と国境を超えて世界に届く

この映画は昭和47(1972)年に公開された。松竹と提携し、人気俳優の渥美清が主演し名だたる役者が出演しているにも関わらず、それほどヒットしなかった。1つは渥美が主演しているのに、喜劇ではなかったからである。

もう1つは同じ年に『軍旗はためく下に』という、深作欣二監督の最高傑作といわれる強烈な反戦映画が公開されたため、影が薄くなったからである。

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:715文字

/

全文:1,429文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!