J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2017年08月号

巻頭インタビュー 私の人材教育論 上司のために「信頼レベル」で 仕事をする集団こそ成長する

今年、設立60 周年を迎えたピジョン。
長年にわたり培ってきた技術力と品質を強みとした育児用品の製造販売で世界に進出。
売上高は15 期連続増収、営業利益は6期連続増益と好業績を続ける。
2000 年代前半より、従来の同族経営からパブリックな企業へと
変革を進めてきた大越昭夫会長に、人が育つ要因と、「人間力」について聞いた。


大越昭夫(Akio Okoshi)氏
ピジョン 代表取締役会長 兼 取締役会議長
生年月日 1950年10月14日

主な経歴
1969年 4月 ピジョン入社
1989年 9月 ライト商会 代表取締役副社長
1998 年 8月 プラス工業(現ジェイフィルム)
産業資材事業部営業部長
2001年 8月 ピジョン 管理本部本部長付
2001年12月 執行役員
2004 年 4月 取締役
2006 年 4月 常務取締役
2007年 4月 代表取締役社長
2013年 4月 代表取締役会長 兼 取締役会議長
現在に至る

企業プロフィール
ピジョン
1957年、ピジョン哺乳器本舗として設立。哺乳器の製造販売からスタートし、育児用品総合メーカーへと成長。現在、海外70カ国以上で商品を販売。”Global NumberOne”の育児用品メーカーをめざす。
資本金:51億9959万円
連結売上高:946 億4000万円(2017年1月期)
連結従業員数: 3739名(2017年1月)


インタビュー・文/増田忠英
写真/中山博敬

Pigeon Wayを世界に浸透

─業績が好調ですね。今年スタートした第6次中期経営計画(2018年1月期~ 2020年1月期)では、最終年度において売上高1100 億円、ROE22.0%以上を目標に掲げるなど、さらなる成長をめざしています。今後の展望についてお聞かせください。

大越

当社のビジネスはメインターゲットが非常に明確で、0カ月児から18カ月児までに限定しています。その領域では、成長のメカニズムは世界共通といわれています。したがって、我々のやっているビジネスを全世界に水平展開できるわけです。また、ビジネスの範囲を幼児にまで広げてしまうと、巨大なコンペティター(競合企業)がたくさんいます。事業領域を絞り込むことで、高収益を実現できるのです。

第6次中期経営計画に基づけば、世界の出生数は上位20カ国だけで9160万人に上ります。そのうち、当社がターゲットとする出生数は1782万人です。現在、当社にとって最も大きな市場は中国で2017年1月期の売上は約280億円であり、さらに成長すると考えています。

今後はインドやアフリカなどの市場が伸びてきて、10年後にはピジョングループ全体で2100億円の売上高をイメージしています。

その実現のために、第6次中期経営計画では、「Global Number Oneの育児用品メーカーになるための土台をつくる」ことをめざしています。

─ Global Number Oneになるために、人材育成ではどのようなことに注力されているのでしょうか。

大越

2014 年に社長の山下(茂氏)が、ピジョンがこれまで大事にしてきた考え方を「PigeonWay」として言語化しました()。

経営理念や価値観、ビジョンなどを1つにまとめたもので、我々の“心”と“行動”の拠り所であり、全ての活動の基本となるものです。今、社長が中心となり、世界中の拠点でPigeon Wayを理解するための活動をしつこいくらいに行い、浸透させています。

同族経営からパブリックな会社に

─大越会長はピジョンで17年間勤めた後、一度退職されて、15年後に再び戻ってこられました。経営トップの経歴としてはユニークです。

大越

私の経歴そのものが、ピジョンの歴史を物語っているといえます。退職したのは、同族経営により、ある一定層以上への出世ができなさそうだと思ったからでした。当時、社長だった仲田(洋一氏、現・取締役最高顧問)にはとてもかわいがってもらったんですが、ある時、何かの会話で「いつまで同族経営を続けるんですか」と聞いたら、「今は同族を続ける」との返事でした。それで会社を飛び出したんです。

転職先では、債権を抱えて2年半経営し、“どん底”を経験しました。それでもへこたれなかったのは、ピジョンに対するプライドがあったから。「ピジョンに育ててもらったんだから、絶対馬鹿にされるものか、負けてたまるか」という思いで頑張りました。それから15年経ち、50歳になった時に、子どもが独立して肩の荷がすっと下りて、「もう一度、仲田さんの下で仕事がしたい」と思ったんです。

仲田は会社を離れていた15年間、ずっと私のことを見ていてくれて、私がその話をすると、あっさり「いいよ」と言ってくれました。それで、面接を受け、2001年にピジョンに復帰しました。

─15年振りに戻った会社はいかがでしたか。

大越

あまり変わった印象はなかったですね。復帰して、当時社長だった松村(誠一氏)に頼まれたのが、人事総務の仕事でした。松村は前年に、同族以外で就任した初めての社長でした。しかし、松村の社内での求心力は、まだ大きいとは言えない状況でした。

また、当時、外部の教育団体に組織診断を依頼したところ、当社は“たこつぼ状態”だと指摘されました。たこつぼ状態とはつまり、主体性を欠き、自責ではなく他責にする、殻に籠って嵐が去るのを待つ傾向が強いということです。それを見て「一刻も早く松村が求める体制をつくらなければいけない」と感じました。同族経営の会社を、いかにパブリックな会社につくり替えていくかが、人事担当としての私に課せられた役割だったのです。

人事制度改革で透明性を高める

─人事として、どのような改革に取り組まれたのですか。

大越

最初に取り組んだのが、約430人の全社員面接でした。パブリックな会社をめざして、「自己責任を伴う自立」をしてほしいということを、一人ひとりにお願いしました。

そのうえで、人事評価制度を変えました。それまでは、各部門の部長が人事評価をした後、人事が評価のバラつきをなくす目的で部門間調整を行っていました。これでは、上司は部下にまともなフィードバックができません。部下から「なぜこの評価なのか」と質問されても、上司は「私はAをつけたんだよ。ところが人事が調整してBにした。私の責任ではないからね」と逃げてしまいます。そのため、人事に相対評価をさせず、各部長が責任を持って評価する絶対評価にして、人事は評価に一切触らせないようにしました。

また、2004年には目標管理制度を導入しました。当時は成果主義に変えた企業が多かったのですが、皆、業績連動型で、業績が良ければ給料がたくさん出るが、そうでなければ出ない。これでは、社員は人生設計ができません。そこで当社では、基本給を業績給と年齢給の2つに分け、年齢給は東京都の最低生計費に合わせることで、業績が悪くても最低限の生活は保障する仕組みにしました。その代わり、業績給では出した成果に応じて支払いますから、評価によってかなりの開きができます。S・A・B・C・Dの5段階評価で、C評価を2回取ると降格になります。自分のグレードと評価によって昇給額や賞与額が分かるように設計し、透明感のある制度にしました。

「2・6・2の法則」という考え方はよく聞きますよね。どんなに優秀な人材を集めて組織をつくっても、必ず上位層2割・中間層6割・下位層2割の割合に分かれるというものです。上の2割は放っておいても成長しますから、仕事を与えて育てればいい。また、上の2割を育てれば、その2割が真ん中の6割を育てます。しかし、下の2割を放っておくと、真ん中の6割も腐ってしまいかねません。ですから、信賞必罰で、低い評価のままで安穏としていられないようにする仕組みが、組織には必要なのです。

人間力は「人格×能力」で高まる

─社内でよく「人間力」の大切さを説いていらっしゃると聞きました。この人間力とは、どのようなものでしょうか。

大越

人間力とは「人格×能力」だと、私は理解しています。能力とは、お金を稼ぐ力です。どんなに素晴らしい人格をしていても、パフォーマンスを出していなければ、人間力があるとはいえません。

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