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特集 続・ポジティブ管理職を育てる CASE1 プレーヤーからの脱却と「決断」と「成長」を支える組織的伴走 別次元の役割に転換するマネジャーが前向きに学び続ける組織を構築する 関 洋平氏 塩野義製薬 人事部 グローバルHR戦略室長|森元千晶氏 塩野義製薬 人事部 グローバルHR戦略室 人材・組織開発グループ長

「HaaS(Healthcare as a Service)企業」への変革を掲げる塩野義製薬では変革実現の一環としてマネジャー育成プログラム「Project KANAME」を展開。
このプログラムをはじめ、マネジャー自身が前向きに学び続ける仕組みをどのように設計しているのか。
同社グローバルHR戦略室長の関洋平氏と、人材・組織開発グループ長の森元千晶氏に話を聞いた。

[取材・文]=本間 幹 [写真]=塩野義製薬提供

プレーヤーの延長ではないマネジャーが担う別次元の役割

塩野義製薬が描く未来は、従来の製薬ビジネスの枠を大きく超える。病気の予防から診断・治療・予後フォローまで、人の健康をトータルで支える「ヘルスケア・アズ・ア・サービス(HaaS)」企業への変革―― 。それが2020年に公表した中期経営計画「STS2030」から一貫して掲げている方向性だ。そして、そんなHaaS企業への変革を実現するうえで重要な役割を果たすのがマネジャーとされている。

同社グローバルHR戦略室長の関洋平氏は、変革推進のためにマネジャーに求められるスキルについて、次のように説明する。

「マネジャーはプレーヤーの延長線上にある職種ではなく、まったく別の職種だと位置づけています。プレーヤーとしていくら優秀であっても、それとはまったく違う職能をつけなければなりません」

同社では、初めてマネジャー研修を受ける際には、「あなたたちは川を渡るのである」と説明されるという。

「川を渡るということは、それまでとはまったく違うところに行くということ。つまり、それほどマネジャーの役割はプレーヤーの役割と大きく変わるということを意識づけられるのです」とは、同社人材・組織開発グループ長の森元千晶氏の弁だ。

もちろん、ファーストラインマネジャーレベルでは、プレーヤー的な動きを完全に排除するのは難しい。それでも「今日から役割はまったく変わる」というメッセージをマネジャー就任時に必ず伝えることで、意識の転換を促すのだ。

マネジャーに求めるスキルのうち、同社が特に重視しているのが、正しい意思決定を行うスキルや多様な専門人材を束ねるスキルである。

かつての意思決定プロセスでは、稟議制度が用いられていたが、それでは各レイヤーの意思決定者が、どのような考えや議論の経緯で意思決定をしたのかが後でわからなかった。しかし、現在は透明性(Transparency)と追跡性(Traceability)を担保すべく、意思決定のプロセスそのものを可視化する体制へ刷新。金額を中心とした判断基準からリスクレベルを軸とした判断基準への転換は「STS2030」の策定とほぼ同時期に進んだが、このような環境を実現させるために、各マネジャーに迅速かつ適切な意思決定を行うことが求められるようになったのだ。

とはいえ、こうした高度な意思決定をマネジャー1人に背負わせ、「孤独な決断」を強いているわけではない。同社では、意思決定を組織的に支援する仕組みも同時に整備している。たとえば、特定の項目(コーポレートガバナンス、IT、法務、データサイエンス、経理・財務など)に関しては、専門部署への相談を可能とする仕組みを設けているのだ。マネジャーが悩む場面でも、専門部署が判断をサポートする体制を整えることで、意思決定の属人化を防ぎ、組織全体でマネジャーに伴走しているのである。

また、同社では、上級マネジャーのサクセッションプランの1つとして、複数の本部でのマネジメント経験を実行するなど、積極的な他組織へのローテーションを実施している。関氏自身も医薬品開発部門から人事部門のキャリア開発室長へと異動した経験を持つが、こうした人事運用は、プレーヤーとしての専門性に限らず、多様な人材や組織を俯瞰して動かす力もマネジャーに求めていることを端的に表している(図1)。

「Project KANAME」が育む経験学習

以上のようなスキルをマネジャーに身につけさせるためのプログラムが、2020年度から運用されている「Project KANAME」だ。

「マネジャーの業務時間の一部を教育に充てる」というコンセプトの下で設計されたこのプログラムの概要について、森元氏は次のように説明する。

「当時は、社内のマネジャーが、世の中のビジネストレンドや社会的な要請をキャッチする機会が限られていることが課題でした。そのため、事業改革を牽引する役割を担うマネジャーの力量が、本当に足りているのかという不安感があったのです。そこで、『Project KANAME』では、意思決定の考え方と実践的なトレーニング、労務管理、コミュニケーション手法、評価制度の理解と運用などを体系的に学べるプログラムを用意しました。また、このプログラムは、マネジャーに就任した際に一度受講して終わりではない点も特徴。プログラム内容は毎年アップデートして、マネジャーが日々直面する実務に即したテーマに加え、ビジネス環境や社会状況の変化に応じて求められるテーマを取り込みます。継続的にプログラムへ参加することで、マネジャーが自身のスキルを磨き続けられる仕組みになっているのです」

座学だけでなく、ロールプレイングやワークショップも組み合わせることで、実務を想定した「実践に近い」学びの場が用意されているが、このような工夫がマネジャー同士の横のつながりを生んでいるのも特筆すべき点だ。

「プログラムのなかには、参加者同士でディスカッションする時間なども設けているので、『同じようなことで悩んでいるとわかって安心した』『悩みを共有したことで解決策を見いだせた』といった声が参加者から数多くあがっています」(森元氏)

同じ立場の者同士で、それぞれの経験に基づく考えを共有することはマネジャーの孤立感を軽減する効果があるが、経験の振り返りやアンラーンが促され、経験学習サイクルが回っていくことも期待できるという。

さらに同社では、経営方針を現場に下ろす際の「情報の目詰まり」を防ぐためのアプローチも行っている。経営トップの想いが正しく伝わらない事態を避けるための取り組みとして、関氏はトップ自らの情報発信を挙げる。

「弊社では四半期ごとの第1営業日に、社長の手代木自らの言葉で書かれたメッセージを全従業員へ同時配信しています。これにより情報格差をなくし、同じ土台でコミュニケーションが取れるような体制をとっているのです」

一般の従業員も同時に同じ情報を受け取るからこそ、マネジャーにはより高度な役割が求められる。経験を積み、勉強している上位層として、発信された情報を的確に理解し、協力者からの問いにも答えられなければならない。トップからの直接発信は、マネジャーの成長と危機感の醸成を促す意図が込められており、その期待に応えるためにも、マネジャーは学び続けなければならないのだ。

「手挙げ制」と自己投資支援で自発的に学ぶマネジャーを育てる

どれほど充実したプログラムが用意されていても、受け身で参加するだけでは行動変容には至らない。自律的に行動し、自らの経験から気づきを得るという経験学習プロセスこそが意識を変え、行動変容を促すからだ。そこで塩野義製薬の人材育成戦略では、全社統一の方針として「手挙げ制」を基本とし、自分自身の成長に責任を持つという思想を採用している。

コンプライアンスや制度理解といった必須の教育がある一方で、原則として次のステージへ移行(Transition)するための育成施策―― 次世代マネジャー教育、海外対応やITなどのスキル教育、キャリア教育など―― は、手挙げ制となっている。

それに加えて、昇格推薦や一段階上のグレードへの申請についても手挙げが基本。一定の条件を満たしたうえで、候補に挙がっても、最終的な判断は本人に委ねられている。この点について、関氏は次のように説明する。

「自分で手を挙げた以上、成長に対する責任は自分自身が持たなければならない、という思想で制度設計しています。もちろん、自ら学び、成長することの重要性は広く訴求していきますが、学ぶことや成長することについての最終的な選択は本人に委ねるのが原則です」

「手挙げ制」は、単にやる気のある人を効率的に集めようとするものではない。自ら意思を表明し、挑戦の場に身を置くという“経験そのもの”を、成長の起点に置くための仕掛けなのである。

一方で、同社は「マネジャーを無闇に増やさない」という方針も明確にしている。1人のマネジャーが管轄するメンバー数(管理スパン)をコントロールしており、他社と比べても登用のハードルは高く設定されているのだ。この「自発的な挑戦(手挙げ制)」を受け入れる土壌と、「厳格な選抜」の両輪があるからこそ、登用されるマネジャーの質が担保され、就任後の強い責任感ややりがい(ポジティブさ)につながっているのである。

そうして、マネジャー自身が学び続け、成長していく姿を“協力者”(塩野義製薬では部下を「協力者」とよぶ社内文化がある)に示すことで、自律的に学ぶ姿勢を組織全体に浸透させていく狙いもあるという。

こうした考えを後押しする施策の1つが、2025年度からマネジャー層にも正式に開放された自己投資支援プログラムである。もともとはマネジャー以外の社員を対象としていた制度で、年間上限30万円までの学習費用を会社が補助するもの。社内で「未来予想図」と呼ばれるキャリアデザインシートに記載した自己成長目標と連動する学びが支援対象となっている。本制度がマネジャーにも適用されたことについて、関氏は次のように期待を込める。

「マネジャーにも本制度が適用されたことで、彼らが自ら学ぶ姿勢を協力者に示し、協力者の自発的な学びを促す働きかけが加速していくことを期待しています」(関氏)

さらに、マネジャー予備軍の育成にも力を入れる。2024年に体系化された「次世代マネジャー育成プログラム」は、1年間にわたる実践型研修で、「自身の成長のために、どのようなスキルを伸ばせばよいのかわからない」といった悩みを抱えるメンバーにとって、実践的な学びやフィードバックを通じて意識を変える貴重な機会となっている。

毎年、定員を大幅に上回る応募があり、「マネジャーになることへの期待を育みながら、同時にその役割に対する解像度を高めていくこうした取り組みは、『マネジャーになりたくない』という風潮を打破する解の1つ」と森元氏は手応えを感じている。

また、こうした育成プログラムと合わせて注目したいのが、「管掌昇格」という仕組みである。

同社では、「ヘルスケア事業」「サプライ」「コーポレート」「R&D」の4つで社内に管掌制を敷き、経営のスピードと意思決定の質の向上を図っている。また、各管掌内でマネジャー登用が可能となるように、人事部が関与しない管掌内の選考を通過した従業員をマネジャーにアサインし、マネジメント経験を積む機会を設けているという。

この仕組みを通じて早期にマネジャーとしての実践の場を提供し、経験学習で成長を促している。一方、人事部が関与し全社横断で人材を選抜する「全社昇格」では、管掌にかかわらずマネジャーを担えることを基準に選考を行う。

この二層構造により、挑戦の機会を広く提供しながら、登用する人材の質を担保することを可能にしているが、それと同時に、マネジャー候補にとっては、段階的にマネジメントを経験できるというメリットも。いち早くマネジメントを実践する環境のなかで、自ら課題を認識し、学びに向かう姿勢が育まれていく―― 。こうした仕組みが、自律的に学び、成長をしていく土壌をつくる一因となっている(図2)。

チャレンジを評価する仕組みと残された課題

さて、同社では、全社員が目指すべき人材像を明文化した「SHIONOGIWay」という指針を掲げている。目指すべき人材像とは「他者を惹きつける強みを持ち、貪欲に知識とスキルを高めつつ、積極的に挑戦しやり遂げる人」。そのような人材を育成するために、従業員一人ひとりのチャレンジを推奨する風土を大切にしているが、この理念を具現化し、機能させるために、試行錯誤を行っている最中だと関氏は説明する。たとえばマネジャーに昇格しても、万が一能力が不十分と判断された場合は降格することがあるが、降格したマネジャーが再び挑戦しやすい環境を整備することを課題の1つに挙げる。

「現状では、離任した人が奮起して再度頑張ろうというケースはそれほど多くない印象です。やはり、役職から外されたという思いにとらわれ、再チャレンジできないケースが多い。しかし、我々としては、努力さえすれば再チャレンジできる環境を整備していきたい。そうでなければ、『全社員のチャレンジを後押しする』という理念も絵に描いた餅になってしまいますから」

今後は離任後に改めてキャリアを描ける仕組みと、再挑戦を本人が前向きに捉えられる文化の醸成に向けた取り組みを機動的に進めていく考えだという。

森元氏は、自ら学び、挑戦をしながら生き生きと働くマネジャーが次世代に与える影響について「責任範囲が増えることで1人では絶対できなかったことができるようになる。そこを面白がれるかどうかが、マネジャーとしてポジティブに働けるかの分岐点だと思います。楽しそうにマネジメントを行う姿を見せていく機会を増やすことが、次の世代にとっての一番のメッセージになるのではないでしょうか」と語る。

「マネジャーになりたくない」という若手社員の声は塩野義製薬でも一定数あるそうだ。その一方で、想像以上のやりがいを感じて、生き生きと仕事をしているマネジャーが増えているのも事実。

「Project KANAME」を軸とした継続的な学びの仕組みと、手挙げ制が生みだす当事者意識の醸成―― その組み合わせが、「ポジティブに働くマネジャー」を生む源泉になっているのは確かなようだ。

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