CASE1 味の素|目指すのは「個人と組織の共成長」 個々の自律を通じたキャリア開発と能力開発を実現する教育施策 平野公一氏 味の素 コーポレート本部 人事部 キャリア開発グループ シニアマネージャー 他
味の素社では、「個人と組織の共成長」を人財戦略の中心に据えている。
同社が「多様な自律した『個人』と価値創出する『組織』」の実現に向けて取り組むキャリア開発と能力開発、それを実現する教育体系について、話を聞いた。
[取材・文]=たなべ やすこ [写真]=編集部
多様なキャリア自律支援施策を通じたキャリア開発の推進
味の素社は、「『挑戦し、磨き続ける』、『顧客価値創出へのこだわり』、『多様性の尊重』を通じて、多様な自律した『個人』になること」を従業員のありたい姿として掲げている(図1)。
「従業員がそれぞれ自律するために、ベースとしてまず進めているのが『キャリア自律』です。『自分はどうなりたいのか』『そのために何を学びたいのか』を考えることが、自律的な人財開発につながると考えているからです」(人事部キャリア開発グループシニアマネージャー平野公一氏)
そこで、まずは同社の人財開発に欠かせないキャリア自律支援施策から紹介していきたい。
同社は世代別キャリア研修やキャリアカウンセリングを実施しつつ、目の前の担当業務から離れ視野を広げてキャリアのことを考える施策の内容にも工夫を凝らしている(図2)。なかでもユニークなのが、以下の施策である。 リカレント教育プログラム
40代以上の従業員を対象に、100年人生を豊かに生きるうえでのマインドセットや、考えのアップデートを図ることが目的。ライフシフトを意識したカリキュラムで、コミュニケーションや自己PR力、ロジカル思考などを扱う。マインドフルネスをテーマに、オンライン座禅にチャレンジする日も。仕事から完全に離れて、自分らしい生き方をじっくり考える時間になっているという。
ななメンター
異なる部署間でコーチング型コミュニケーションを行うメンター制度。メンティー、メンターともに手挙げ制で募集し、応募者のなかから人事部が所属や業務で関わりが深くない人財同士を軸にマッチングを行う。
「メンターには3カ月間のメンター期間の前に、2カ月ほどかけて事前学習を行います。その事前学習では、アドバイスではなくまずは話をじっくり聞くことを徹底し、できるだけ寄り添い、メンティーのWell-beingに重きを置くことを強調しています。もともと面倒見のよさが社風として培われているせいか、エントリー数は毎回メンティーよりメンターの方が多い。メンターへの応募者は自身が若手のころに他組織の先輩や管理職にお世話になった経験から、今度は自分が後輩の力になりたいと考えるのかもしれません」(平野氏)
事後アンケートでは8割以上のメンティーが、新しい行動を起こしたと回答、そして全員が受けてよかったと回答するなど、満足度も非常に高い施策だ。
キャリフェス
毎年夏に行われるキャリア開発計画の策定と面談に先立ち、自身の棚卸しやキャリアを考えるきっかけ、情報を提供しようと、2022年より開催。カジュアルに取り組めるよう、“フェス(Festival)”と名づけた。
現在は夏季と冬季に1カ月間ほどの期間を設け、夏季は、キャリア面談に役立つコンテンツを揃えている。たとえばキャリア開発面談に焦点を当てたワークショップは毎年人気で、管理職向けのプログラムはロールプレイングも交えながら、部下の本音を引き出し、キャリアの可能性を最大限に引き出すための考え方や手法を学ぶ。一方で、組合主催の一般職向けワークショップでは、「キャリアのことを考えないのはもったいない」という熱い思いのもと、キャリア開発面談をいかに活かすかを考える機会にしている。
冬季は、キャリアをより広く捉える機会と位置づけ、昨年度はMBA取得後のキャリアの変化や、社内起業へのチャレンジ、シニア再雇用、転職・独立をテーマに、それぞれ現役従業員やアルムナイ(元従業員)を日替わりゲストにしてトークを展開した。
「4回のうち一番参加者が多かったのは、転職・独立の回でした。人事部にとっては複雑な領域かもしれませんが、従業員の自律を促すとともに、挑戦し、磨き続けるよう支援するには避けては通れない話題と考えました」(平野氏)
キャリア自律に向けて能力開発の支援も実施
同社ならではといえるのは、人事部キャリア開発グループが、キャリア開発の支援だけでなく、能力開発の支援、そしてキャリアカウンセリングも担当する点だ。
「一般的に人財開発とキャリアカウンセリングを併せて担当することの是非については、議論になる点だと認識しています。当社は人財開発において、従業員のキャリア自律に向けてキャリア開発を行い、そして能力開発につなげるという考えを持っており、加えてキャリアカウンセリング制度もキャリア開発を支援するための大切な制度として位置づけています。というのも、キャリア自律を推進するにあたって考えるべきことは、仕事のみとは限らないためです。家族や地域活動、趣味、そして副業やプロボノといった様々な活動をおおいに活かし、成長の場と捉える方が個人にも組織にもよい影響を与える。だからこそ、人生全般まで視野を広げてキャリアを描くことは意義深いと捉えております」(平野氏)
人財戦略でも「Well-beingを高める環境~すべての従業員が働きがいを感じられる会社~」を目指しているとおり、従業員のWell-being、すなわち人生の充実を図ることが、個々の多様な自律につながり、そして巡り巡って組織の成長を促すと考えているのだ。
「自律」を重視し手挙げ式研修を拡充
キャリア開発とともに、能力開発においても重要なファクターは「自律」だ。同社は能力開発における個人と組織のありたい姿として、下記の2点を掲げている。
❶各人が短期と中長期で自身のありたい姿を描き、その実現に向けて主体的・自律的に学びを実践している。
❷組織は各人の短期と中長期のありたい姿を理解し、各人の主体的・自律的な学びを後押しする、適切な機会の提供・支援を行っている。
つまり、能力開発の主体者は従業員であり、課題やトレーニングの設定はあくまで本人の意思のもとに行われる。そして会社、つまり上司は、部下が描くキャリアの実現をバックアップする立場だということだ。
「能力開発には、学びたいという意思が何よりも大切です。会社側が押しつけたのでは、やらされになってしまい、その後のキャリア展開にも活かされないでしょうから。研修参加者の選定方法は、選抜、対象者必須、手挙げの3種類ありますが、手挙げの研修の拡充を図っているのも、自律的な学びを後押ししたいからです」(平野氏)
この3種類の研修は、育成プログラムの3段階とも連動している(図3)。まず、「階層別プログラム」は対象者必須の研修に分類した。
そして次の「選択型プログラム」が手挙げ式のプログラムである。会社が企画した外部研修会社オリジナルプログラムで、ビジネススキル等を高める研修を選択できる「選択型研修」や同社でのキャリアに関わる可能性のあるプログラム(研修や資格取得等)を自ら探して申請することで補助金を得られる「チャレンジラーニング制度」が含まれる。
最後に「グローバル&グループプログラム」が、タレント人財向けの選抜研修となり、選抜リーダー研修やグローバルリーダー研修、経営戦略講座といった研修が該当する。
2023年度から2024年度にかけては、教育体系の見直しを図った。その理由について、人事部キャリア開発グループの田中大地氏は、「研修設計の考え方/基本方針が明確でなく、整理しきれていなかった」と振り返る。
「以前は人事部とグローバル人事部の2つの組織の間で、それぞれ行う施策の刷り合わせをしておりましたが、両組織が統合するのを機に整理し直し、タレント人財を除く従業員の人財開発をキャリア開発グループが担うことになりました。また、それぞれの研修において、育てたい人財像や、そのための研修プログラムの対象者、選定方法、コンテンツも本当に適切か、もう一度見直しました」(田中氏)
60名の定員に200名が殺到学びの機会のオープン化を図る
見直しを行った研修のなかでも特筆したいのが、手挙げ式の選択型プログラムである。これは、同社のありたい姿である主体的・自律的な学びとも直結する。
「研修内容の採択では育てたい人財像が明確か、研修の目的と進行が合致しているかをシビアに吟味しています。そのうえで、手挙げ式のものはポータブルスキルを意識したラインナップになっています」(田中氏)
受講者の評価によって、ラインナップも毎年入れ替えを行う。
「どの講座も受講後にレビューしてもらい、開催時期やアナウンスの仕方、内容など項目をいくつも分け、グルメサイトのように星の数で評価を公開しています。その評価により、毎年多くのプログラムをブラッシュアップしたり、入れ替えたりしています」(田中氏)
新年度直前の2月には、年間ラインナップと開催スケジュールをイントラ上で発表する。それは本人と上長のコミュニケーションのフックになることも見据えているからだ。
「期初を迎える4月までに、仕事キャリアだけでなくライフキャリアまで広げて考えていくなかで、必要なスキルについて上司と相談しつつ、次年度の学習計画を立てられるようにしています。本人だけでなく上司の関わり方も重要であり、それも含めて個人と組織の共成長につながると考えています」(田中氏)
注目のプログラムは、今年度より始めた英会話講座だ。今までも大手英会話教室の斡旋などで支援し続けてきたが、独自のプログラムを開発したことで応募が殺到したという。
「60名の定員に200名以上がエントリーしました。ここまでの反応は予想しておらず、驚きました」(平野氏)
「『やりたいこと』の見つけ方オンラインワークショップ」は上司の承認不要で、カメラOff、ニックネームでの参加とあり、気兼ねなく本音をさらけ出せる仕掛けが反響をよんだ。
「業務時間外3時間、2回開催で計6時間のプログラムだったのですが、100名を超える参加者によるチャットがとても盛り上がりました。プログラムの性質を踏まえて実施時期や開始時間を調整したり手法を検討したりと、マーケティング的観点を意識した設計も大事なのだと気づかされた例です」(平野氏)
受講料の自己負担の考え方についても整理し直した。英会話講座は4万円、「やりたいこと」の見つけ方ワークショップは500円という具合に自腹を切る設定にしているのは、自分ごと化を促すため。また、前述した「チャレンジラーニング制度」では1年間あたりの補助金の金額や補助率の上限を手厚く設定し、自律の促しとともに背中を押している。
多様な自律した「個人」の育成を目指して
能力開発とキャリア開発は以前からの取り組みが功を奏し、エンゲージメントサーベイで関連する設問のスコアが改善傾向にあるが、教育体系改善の効果検証は導入間もないこともあり、これからというところだ。
また、「キャリア」や「キャリア自律」という定義に対する認識やキャリア自律度については、世代間や個々のギャップが依然として大きい。
個人と組織の共成長、そして自律・主体的な学びを後押しする多様なキャリア開発施策と能力開発プログラム。この両輪の運用で、多様な自律した「個人」を育成していく。そのために、現行制度・施策のブラッシュアップ、そして新たな取り組みも、たとえばアルムナイとの連携というように視野を広げ、行動に移していく施策も検討しているという。