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CASE2 NTTコミュニケーションズ|7割以上が“まだ頑張りたい” 50代の秘めたやる気を行動に変えるキャリア面談 浅井公一氏 NTTコミュニケーションズ ヒューマンリソース部 人事・人材開発部門 キャリアコンサルティング・ディレクター

2030年には再雇用者が3分の1を占めるというNTTコミュニケーションズ。
同社では先を見据えて2014年から50代のキャリア自律を支援してきた。
その大きな柱となるのが50歳を迎える非管理職に実施するキャリア面談だ。
面談を受けた社員の75%に行動変容を起こす、その内容に迫った。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=浅井公一氏提供

流行り言葉で煽っても響かない

50代を含むベテラン社員の心にどう火をつけるか。キャリア自律を促し、活性化を図るにはどうすればいいのか。次のような流行りの言葉で、何かと腰の重い世代の危機感を煽る企業も少なくない。

〈終身雇用や年功序列は崩壊した〉
〈VUCAの時代で大企業も倒産の危機に〉
〈AIに仕事を奪われるかも!?〉

現状認識として誤りではないが、「実際にそうした言葉が刺さって、今のままじゃマズい……と反応する50代がどれだけいるでしょうか」―― NTTコミュニケーションズで、2014年から50代のキャリア開発を支援してきたキャリアコンサルティング・ディレクターの浅井公一氏はそう疑問を呈する。

「たとえば当社では、いくら専門家が終身雇用の崩壊を叫んでも、それで焦る50代はまずいないでしょう。グループ社員1万人を超える大企業で、実際の雇用は守られていますから。倒産リスクにも現実味がないんですよ。テクノロジーの進歩で仕事を失った社員なんて1人もいませんしね」

一般論で危機感を煽ろうとしても、自社の実態と合致しなければ、その理屈は響かない。実際、50代社員から「『キャリア自律しろ』とよく言われるけれど、なぜしなきゃいけないの?」と真顔で聞かれたこともあると、浅井氏は言う。

同社では以前からベテラン社員の比率が高く、来年には50代以上が半数を超える。さらに2030年には60代以上、つまり再雇用者が3分の1を占めるというのだ。

「そうなると、実質は40代までが“若手”で50代は“中堅”。会社の主力と見なされ、求められる役割も減るどころか増える一方でしょう。昔の50代みたいに後輩のサポートでもしながら気楽に、なんて言っていられません。自律し、たえずチャレンジして成果を上げていかないと、会社も本人も困るわけですよ。まだまだ“中堅”なんですから」

また、人生100年時代とはいえ、そもそも健康寿命は男女とも70歳+数年だ。年金支給開始年齢が引き上げられて、70歳まで働く時代が来たら、健康で老後を楽しめる残り時間は実は無いに等しい。

「人生トータルの幸福度を高めたいなら、むしろ現役時代をいかに充実させるかを考えた方がいい。人や職場に貢献し、頼りにされることで『自分は幸福だ』と感じられるからです。そのためにもキャリア自律は欠かせません」

危機感を煽るのではなく、厳しいけれど前向きな“理由”をキャリア研修や面談で丁寧に伝えることが、「うちの50代には一番刺さる」と、浅井氏は強調する。

大事な局面で呼ばれなくなった

50代社員の活性化に向けたNTTコミュニケーションズの取り組みは研修と面談の2本柱から成る。2013年に現在の部署に着任した浅井氏は、その活動を当初から牽引してきた。

「当時、シニアの割合が増え続けるなかで、50代の特に管理職でない一般社員の人事評価が低く、問題になっていました。他の世代に比べ、明らかにパフォーマンスが下がっていたんですね。シニア社員の支援については、『“残り10年”の人材に教育投資をする意味があるのか』と反対する声もありましたが、最終的には、当時の副社長が『我々はすごい会社になるだけでなく、いい会社にもならなきゃいけない。いい会社とは社員に優しい会社、どんな人材も大切に育てる会社だ』と説得して始まった経緯があります」

一般的に、50代以降はモチベーションが落ちやすいとされ、同社の非管理職層も「だから成果が上がらない」と考えられていた。しかし、前出の副社長は本当にそうかと疑い、面談での調査を命じたのだ。それも、浅井氏1人でやるように、と。

「面談を複数の人事で分担すると、判定がばらつくからダメだというんです。面談の対象はその年50歳になる非管理職に絞りましたが、それでも350人。51歳以上の希望者も入れると、1年目から年間約500人と面談しました」

それが“企業内キャリアコンサルタント”としての、浅井氏の活動の原点である。はたして50代のモチベーションはどうだったのか。

「それが落ちていなかったんです。面談した50代の7割強は『もっと頑張りたい』『このままじゃダメ』という思いを持っていました。ただ、パフォーマンスが低い人は、頑張りたいけれどどう頑張ればいいのか、成果の出し方がわからないというんですね」

特によく聞いたのが、「大事な局面で自分が呼ばれなくなった」という声だ。本当はもっと頼りにされたいのに、重要な仕事が来ないから、どうすればいいかわからない、と。面談を通じて一人ひとりと向き合ううちに、そうした50代のホンネが浮かびあがってきた。

「ある女性は海外で働きたいという夢を持ちながら、あきらめていました。そこで、社内の海外研修制度に応募してみたらと勧めたところ、彼女は事前審査に見事合格し、夢を叶えたんですよ。海外研修は若手が多く、50歳での参加は会社でも初めてのケースでした。『もう50だから』と自分の気持ちにフタをしている人は少なくない。彼女も、面談を通じて気づいたのでしょう。『自分もチャレンジしていいんだ』と」

頼りにされないと嘆くだけでなく、では、どうすれば必要とされるかを自ら考え、行動する―― 浅井氏らはその意識改革を10年間、力強く、粘り強く後押ししてきた。

75%が行動変容を起こす面談とは

具体的な内容を見てみよう(図1)。毎年50歳を迎える同社の非管理職は、個別の面談の前に、もう1つの柱であるキャリア研修をまず受講する。その位置づけが興味深い。浅井氏によれば、「研修で受講者の心を動かそうなんて、我々はまったく思っていない」というのだ。


「勝負は面談だと考えていますから。通常のキャリア研修ではよく、その時間のなかでキャリアビジョンを描かせたり、Will・Can・Mustの自己分析をさせたりしますが、いきなりだとなかなか考えが深まりません。当社は、そうした作業ややり取りもすべて面談のなかに入れていく。そのために、あらかじめ何を考えておかなければいけないかを予告し、準備させるのが研修の狙いです」

裏を返せば、それだけ浅井氏との面談は中身が濃く、50代にとってシビアだということだろう。実際、時間は一回1時間だが、まず1時間では終わらない。長い場合は数回、延べ10時間かけた人もいる。

「キャリア自律に向けて、何かしらチャレンジを始めてほしいんです。だから、本人が自分で『これをいつやります』と新しい行動目標にコミットするまで、面談を終わらせません。それも、行動したことや行動が変わったことが、誰の目にも事実としてわかる目標でないとダメなんです。『後輩に頼られる存在になります』みたいなフワッとした目標はNG。何をどう行動したか、客観的に証明できませんからね。たとえば、経理の担当者なら『四半期に1回、後輩を集めて決算勉強会を開きます』と。その会をやったかどうかは、上司が見ればわかるじゃないですか。そういう明確な目標と、いつ始めるかを自ら決めない限り、私から逃げられないんですよ(笑)」

浅井氏らが重視するのは、面談を実施した結果、上司から見て本人の行動がどれだけ明確に変わったか。「行動変容」を取り組みの成果指標としているのだ。実際に社員が変われるまで、面談後も確認やフォローアップを続けるゆえんである。

とはいえ、前出の海外研修制度に応募した女性のような飛躍的なチャレンジが、誰でもすぐにできるわけではない。浅井氏も「目標は小さなことからでいい」という。

「極端な例ですが、『毎朝、職場で相手の名前を呼んで挨拶します』といって、行動を始めた人もいます。上司の報告では、暗かったチームのムードがそれで俄然良くなったと。どんな些細なことでも、周囲が変わったとポジティブに評価するなら、行動変容としてちゃんと認めるべきでしょう。それも1つの立派な組織貢献ですから」

この10年で、面談を受けた50代社員は2000人を超え、実にその75%が行動変容を起こした。もともとの課題だったパフォーマンスも改善。成果を上げて課長などに昇格した50代は、面談を導入する前の3倍に増えたという。

コツは“愚痴”を言わせること

大企業に長く在籍する50代に、キャリア自律を促し、本人の口から新たな目標へのコミットを引き出す―― それには労働組合幹部の経験も豊富な浅井氏独自の面談ノウハウが欠かせない(図2)。

「いわゆる『かまをかける』ことも必要です。『7年も異動していないんですね』とか、『係長になるのは早かったけれど、18年もそのままですか』といった具合に。そこで、『頑張っているのに、上司が認めてくれなくて』なんて愚痴が出たら、しめたものでしょう。やっぱり昇格したいんだと、本心が透けて見えるじゃないですか。『愚痴はなりたい姿の裏返し』なんです。ます相手に愚痴を言わせること。それが面談のコツだと思います」

浅井氏は自らキャリア面談を担当するだけでなく、その手法を社内の管理職にも伝授し、上司のキャリア支援力・面談力向上に努めてきた。浅井氏から面談の手法を受け継いだ管理職の数は600人を超える。

「上司は私たちより部下に近い分、厳しいことが言いにくい。50代で昇格したいと言われたら、大抵『頑張れ』と言っちゃいますよね。でも、現実は甘くない。昇格できる確率は若い人に比べるとやはり低いんですよ。専門性を極める選択肢もあるので、そこはシビアに指摘していかないと。『甘い態度は真のキャリア自律につながらない』と、上司には口を酸っぱくして伝えています」

最近では、「50歳になったら浅井さんの面談を受ける」という認識が下の世代にも広がり、いわゆる健康診断のようなイベントとして組織に定着しつつある。

「すると、40代の社員にも『いまのうちからキャリアのことを考えておかなくては』という意識が徐々に醸成されてきた。続けるだけでも、意味がある施策だと思います」と、浅井氏は副次的な効果にも手応えを感じている。

他社の事例はダイエット法と同じ

奇しくも、浅井氏が初めて人事に配属され、この施策を人事部長からミッションとして与えられたのも、50歳のときだった。当時はまったくの素人で、すべてが手探り。しかし、本プロジェクトの成果とそこで築き上げたキャリア開発手法が高く評価され、現在ではミドル・シニア人材の活性化を社外でも指導するなど、活躍の場を広げている。

自分がキャリアコンサルタントを務めるとは、夢にも思わなかった。「10年で一番行動変容したのは、私かもしれない」と語る浅井氏には、そこまで変われるきっかけとなった、忘れられない出来事がある。

「1年目の取り組みが終わったとき、当時の社長から面談する範囲を能力の高い人材だけに絞れと言われて、口論になったんですよ。私は全員を支援しなければ意味がないと思っていたので。同席していた人事部長は黙って聞いていたのですが、社長に『おまえはどう思う』と聞かれて、こう言い切ったんです。『この仕事を一番わかっているのは浅井です。私が彼を信じてやらなくてどうするんですか』と。そのとき私は、この上司のためにプロジェクトを絶対に成功させようと決意しました。いま思えば、その部長こそが行動変容を促すスキルに、誰よりも長けていたのかもしれませんね」

浅井氏は、50代のキャリア支援を担う人事へのアドバイスとして、「ダイエットと同じで、他社で成功したやり方が自社にも合うとは限りません」と釘をさす。

自社に合った施策を探すためにも、目の前の社員一人ひとりと真摯に向き合い、現状を理解するところから始めたい。浅井氏に上司がそうしたように、どこまでも相手を支え、伴走しようとする意志の強さそのものが、人の心に火をつけるのだから。

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