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特集
HR TREND KEYWORD 2021│
人│セルフアウェアネス
鍵はフィードバックにあり。
他者を通じて自己を知る

近年、「セルフアウェアネス」という概念が注目を集めている。
自己認識、自己理解の大切さは、古くから言われてきたことであるが、なぜいま、あらためて重要視されているのだろうか。
ニューノーマル時代のセルフアウェアネスについて立教大学経営学部教授の中原淳氏に聞いた。

中原 淳(なかはら じゅん)氏
立教大学 経営学部 教授

立教大学経営学部教授。立教大学経営学部ビジネス・リーダーシップ・プログラム(BLP)主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。
東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授などを経て、2018年より現職。
著書に『職場学習論』、『経営学習論』(共に東京大学出版会)、『研修開発入門』(ダイヤモンド社)、『マンガでやさしくわかる部下の育て方』(JMAM)など多数。

[取材・文]=井上 佐保子 [写真]=宇佐見 利明

リーダーに必要な自分を認識する力

「セルフアウェアネスとは、『自己を認識する』ということなので、概念としては難しい話ではありません。ただ実際にそれを達成するのは、ものすごく難しいことです。なぜなら、自分のことはよくわかっているようで、一番わかっていないものだからです。私たちは自分の顔ですら、鏡がなければ自分で見ることができません。同様に、自分が認識している自分とは別に、他者という鏡を通じてしか認識できない自分があり、そこにはどうしても、ズレが生じます。そのズレを補正しながら、自分を正しくとらえていくことの重要性が高まってきている、ということなのだと思います」(中原氏、以下同)

いま、「セルフアウェアネス」を意識すべき理由について、中原氏はまずこう語る。

そして、セルフアウェアネスの重要性は、リーダーシップの文脈で語られることが多い。スタンフォード大学経営大学院の顧問委員会75人に対して「リーダーが伸ばすべきもっとも重要な能力は何か」と尋ねたところ、もっとも多く挙がったのがセルフアウェアネスだったという調査結果もある。リーダーにとってなぜセルフアウェアネスが重要なのだろうか。

「リーダーシップとは、目標に向かってチームを動かすこと、つまり、他者に影響力を行使して動かしていくことです。これを実行するときに、日ごろの言動と矛盾したことをしたり、自分の持ち味、キャラと違うことをしたりする人には誰もついていきません。リーダーは、自分の強みや弱みを見極めつつ、自分らしいリーダーシップを発揮しなければならない。だから、自己認識、セルフアウェアネスが重要だ、というわけです」

これまでリーダーシップの言説では、リーダーシップをP(目標達成)機能とM(集団維持)機能の二軸でとらえるPM理論や、「仕事志向」と「人間志向」でとらえるSL理論など、リーダーの「行動」に着目したものが多かった。リーダーはどんな行動を取るべきかが重視されてきたのだ。しかし、表面的にリーダー行動をまねたところで、その人自身と一致していなければ、リーダーシップは発揮されない。重要なのは「Doing(行動:いかに行動するか)」ではなく、「Being(自らがいかなる存在か)」であろう。

「いま、多くの組織で360度評価や多面評価が行われているのも、それが理由です。他者から見たリーダーの振る舞いやそのあり様を定期的にフィードバックしていき、リーダーにセルフアウェアネスを促そうというわけです」

また、近年注目されている「シェアードリーダーシップ」においてもセルフアウェアネスの重要性が指摘されている。シェアードリーダーシップとは、1人のリーダーがチーム全体を率いるのではなく、正解がないような課題に対して、様々な専門分野をもった人たちが集まり、それぞれの専門性を発揮してチームを前に動かしていくようなリーダーシップの在り方である。

「シェアードリーダーシップにおいても、自分の専門性や自分の行動特性についての自己認識ができていないと、他者への影響力を発揮することができず、チームに貢献することはできないのです」

長期化する仕事人生を全うするために

セルフアウェアネスは、個人のキャリア開発という側面でも重視されている。特に転職など人生の節目を迎えるにあたって、セルフアウェアネスは不可欠だ。

中原氏がパーソル総合研究所とともに行った転職に関する調査研究によると、セルフアウェアネスは、内定決定率、転職後満足率の双方と高い相関関係にあるという。

トヨタ自動車の豊田章男社長が「終身雇用を守っていくのは難しいと発言するなど、日本型雇用の柱の1つであった終身雇用が揺らぎつつあるいま、働く個人にとって、転職はこれまで以上に身近なものとなってきている。

「誰もが転職カードを片手に持ちながら働くことが求められている時代です。転職で一番重要なことは、自分を知ること。自分のやってきたこと、自分の強みや弱み、これから自分がやりたいことなどを、自分で正しく認識していなければ“転職漂流”してしまいます」

仕事人生が長期化していくにつれ転職の機会がこれまで以上に増えていくことは間違いない。組織に寄りかかることなく、いつでも転職できる状態を保つためには、日ごろからセルフアウェアネスを高めておく必要がある。

「就活のときは自己分析が必須といわれ、誰もが取り組みますが、働き始めると、この半年何をやってきたのか、いま何ができるようになっているのか、などと振り返ることすらしなくなります。50年にもなるかもしれない長い仕事人生を全うするためにも、自分と向きあうこと、セルフアウェアネスを大事にしていったほうがいいでしょう」

組織にとっても必要な社員のセルフアウェアネス

組織がキャリアを丸抱えする時代が終わりつつあるなか、社員のセルフアウェアネスを高め、キャリア自立を促していくことは、組織にとっても必要なことになるのではないかと中原氏は指摘する。

「組織が最後まで面倒みますから、何も考えずに仕事し異動して転勤してください、という組織ならセルフアウェアネスは必要ありません。ですが、これからはそうはいきません。最後まで面倒をみることができなくなり、40代、50代で第2のキャリアを考えてほしいと早期退職を迫るケースが多発しています。このことはもうだいぶ前から薄々わかっていたにもかかわらず、多くの企業はいまだにこうした壮大な梯子外しをしています。本当の意味で従業員のエンゲージメントを高めたいと考えるならば、20代、30代から常に自分のキャリアを自分で考えられるよう、セルフアウェアネスを高める施策を講じることを選択するべきではないかと思います」

セルフアウェアネスを高める他者からのフィードバック

どうすれば、セルフアウェアネスを高めることができるのだろうか。鍵となるのは「フィードバック」だ。

「冒頭にお伝えしたように、自分が知っている自己というものは、自分が認識している『内面的自己』だけです。他者から見た『外面的自己』はわかりません。有名な『ジョハリの窓』()でも示されているように、自分は気づいていないけれど他者からは知られている自分もいるし、自分も他者も知らない自分がいるかもしれないのです。いずれにしても、人というのは他者を通じて自己の姿をとらえようとしない限り、本当の自分を知ることはできません。だから、他者からのフィードバックが欠かせないのです。特に職位や年齢が上がると、誰からも指摘されなくなってきますので、自分からフィードバックを求める『フィードバックシーキング』の姿勢をもつことが重要になってきます」

ただし、他者なら誰でもいいというわけではない。

「自分のことをよく見てくれる人信頼できる人、気の置けない人を探すこと。何をどう言われるかよりも誰から言われるのか、のほうがより重要です。温かいフィードバックをくれる“安心屋さん”と、スパイシーなフィードバックをくれる“緊張屋さん”の両者が複数人いると、バランスがいいですね」

また、フィードバックを受け止める側の姿勢も大切だ。ポイントは「それも一理あるな、といったんは受け止める」ということ。

「厳しいフィードバックに心が折れそうなときも、まずは『言いにくいことを言ってくれてありがとう』と受け止めるようにします。そのうえで、頭の中で言われたことを並べて、自ら考え、どうするか決めるのです。すべてのフィードバックをそのまま反映させる必要はありません。最後に決めるのは自分。そういうスタンスで受け止めてほしいと思います」

では、従業員のセルフアウェアネスを高めるために、組織ができることとは。中原氏は「組織にフィードバック文化をつくること」だという。

「新人研修のときから相互にフィードバックしあう機会を多くつくり、フィードバックに慣れてもらえるようにする。OJT指導などの際は、OJTのトレーナーにフィードバック技術を身につけてもらうようにする。上司と部下との1on1によりフィードバック機会を多くもつようにする。そうして様々な形でフィードバックの数を増やし、質を高めるための施策を縦横無尽に張り巡らせ、習慣化させていくことで、フィードバックする組織をつくることができます」

離れて働くなかで求められるフィードバックシーキング

セルフアウェアネスを高めるためには他者からのフィードバックが欠かせない。しかし、新型コロナ感染症の流行によって、テレワークが普及。互いの仕事の状況が見えにくくなり、人と人とがかかわる機会そのものが少なくなっている。

ニューノーマルの世界において、我々はどのようにして組織内でのフィードバック機会を維持すればいいのだろうか。

「テレワークで難しいのは、仕事のプロセスをどう評価するかです。ただ黙って仕事をしているだけでは上司から何も見えません。メンバーは自らプロセスを見える化し、能動的に自分の仕事の状況をセルフレポートし続けなければならないのです。

一方、上司にもこれまで以上にプロセスを細かく見て、細かくフィードバックをかけていく、という意識が求められます。テレワークでこうしたやり取りを行うためには、言葉できちんと伝えあう、ということが重要です。ニューノーマル時代においては、言語のもつ意味がより大きくなっていくように思います」

対面でのコミュニケーション機会が減っているコロナ禍の今だからこそ、これまで以上に能動的にフィードバックを求める、フィードバックシーキングの力が求められている。

「ただ、そもそも私たちは以前から、プロセスを細かく見てフィードバックをかけるということをきちんとやっていたのか、というところは疑問に思います。同じ職場にいたのに、以前は半期に一度面談をするだけで、ほとんど行っていなかった。今はテレワークになって朝夕、進捗確認をするようになり、むしろ細かくできるようになった、という話も聞きます。いずれにしても、見えなくなっているものを見える化し、コミュニケーションをとりあう、といったことを今まで以上にやっていく他ないでしょう」

レールの先が見えない時代に自分を見失わないために

一方、組織から物理的、心理的な距離ができたことで、あらためて自分と向きあい、「自分が本当にやりたいことは何か」といったことを考えるなど、「内面的自己」を深め、自身のキャリアを振り返るいい機会になっている、という人も少なくない。落ち着いて今の自分を見つめるのは悪いことではないが、セルフアウェアネスを高めるうえでは、注意が必要だと中原氏は指摘する。

「内面的自己認識というのは、過剰または過小になりやすい傾向があるからです。能力の低い人ほど自分を過大評価してしまう傾向にある(ダニング=クルーガー効果)とされていますし、女性や経験の浅い人は実績や能力があっても自分を過小評価する心理傾向になりやすい(インポスター症候群)、といったことも知られています。内面的自己認識ばかりにとらわれず、常に外面的自己認識と照らしあわせながらセルフアウェアネスを高めていくことが重要です」

先の見えないニューノーマル時代。これまでの当たり前は当たり前でなくなり、生き方も働き方も見直しが迫られることとなった。そんな不確実な時代に、我々はどうやって自分を見失うことなく生きていけばいいのだろうか。

「今のような不確実で見通しが立たない時代では、環境の変化を常に察知しながら、フィードバックを求め続け、自分を探し続け、立て直し続けるしかありません。といっても、それは本当に大変なことですし、うまくできる人は多くないように思います。

実際、現代社会に生きるということは大変なことです。これまで、日本企業は終身雇用制度により、入社から定年までのレールを敷くことで、一定程度のキャリアを保証してくれていました。ですが今は、入社したときはレールがあるように見えるけど、先は見えない。だから若者は不安なのです。そういう意味では我々は、サルトルが言うように『自由という刑に処せられている』のかもしれません。逃げずに自分と向きあい、フィードバックしあいながら、共に頑張っていきましょう」

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