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OPINION2 鍵は「ジョブ・クラフティング」にあり「石の上にも三年」に共感しない若手社員をどう育成するか池田 めぐみ氏 東京大学 社会科学研究所附属 社会調査・データアーカイブ研究センター 助教

池田 めぐみ氏

「石の上にも三年」といわれるように、仕事でも「今はつらくても3年は我慢しよう」という考え方が広く浸透している。
しかし、東京大学社会科学研究所助教で、若手の職場での学びについて研究する池田めぐみ氏は、「『石の上にも三年』という考え方は若者の共感を得ていない」と指摘する。
それはなぜか。
また、若手世代の3年以内の離職を防ぐには、どう育成すればよいのか、池田氏に聞いた。

[取材・文]=増田忠英 [写真]=池田 めぐみ氏提供

ホワイトカラーが成長する4つの段階

つらくても我慢して努力すれば、やがて成し遂げられるという意味のことわざ、「石の上にも三年」。若手社員に対しても、「3年で一人前」「とりあえず3年は頑張ろう」といった言葉をかけがちだ。この3年という期間に根拠はあるのだろうか。

この疑問に対して、東京大学社会科学研究所助教の池田めぐみ氏は、「ホワイトカラーの熟達化」についての研究を取り上げて解説する。

「学術界では、ホワイトカラーの職場で高いパフォーマンスを発揮できるようになるまでの熟達化の過程が研究されています。京都大学の楠見孝教授の論文※1では、ホワイトカラーの熟達化を4段階に分類しています」

第1段階は「初心者における入門的指導と見習い」。入社およそ1年目で、指導者のもとで見習いをしながら学ぶ段階だ。第2段階は「一人前における定型的熟達化」。およそ3~4年目で、指導者がいなくても定型的な仕事であれば1人でこなせる段階に当たる。第3段階は「中堅における適応的熟達化」。およそ6~10年目で、イレギュラーな仕事でも、過去の経験や獲得したスキルによって対応できる段階である。最後の第4段階は「熟達者における創造的熟達化」。高いパフォーマンスを効率よく発揮し、新規案件や難しい課題にも創造的な問題解決によって対処できるエキスパートの段階だ。

「このように、第2段階の3~4年目になると、定型的な仕事であれば1人でできるようになると考えられています。したがって『石の上にも三年』は、学術的な知見とも整合的であるといえます」

※1:楠見孝(2014)「ホワイトカラーの熟達化を支える実践知の獲得」(『組織科学』Vol.48 No.2 P6-15)

「石の上にも三年」に若手が共感しない理由

しかし、「石の上にも三年」という考え方は、若者の共感を得ていないと池田氏は指摘する。それはなぜか。まず理由の1つとして挙げるのが、転職活動の普及だ。リクルートの2022年の調査※2によれば、転職活動を経験している人は全体の6割に上り、実際に転職をした経験がある人も5割を超えている。

「かつては、新卒で就職したら上司に言われたとおりに行動し、上司から認められれば出世できたり、出世がうまくいかなかったとしても終身雇用でずっと面倒を見てもらえて、退職後は年金をたくさんもらえる時代がありました。しかし現在は、景気が悪ければリストラが実施され、終身雇用が担保されにくくなっています。また、雇用が継続したとしても、たとえば金融系の仕事から介護職への配置転換のように、職種がまったく変わってしまうようなケースもあります。それだけに、会社の言うことを聞いているだけで、果たして自分のキャリア形成はうまくいくだろうか、と疑問を持つ若者は多いと思います」

もう1つの理由として、大学でのキャリア教育の普及を挙げる。キャリア教育とは、自分が本当にやりたいことや、どんな人生を歩みたいかを考えさせる教育だが、必修でキャリア教育を設置している大学の割合は、2010年の36.3%から、2017年には62.2%※3に増えている。

「こうしたキャリア教育を大学で受けて就職した人が増えており、与えられた仕事を我慢してやり続けるよりも、その仕事は自分にとって価値があるか、やりがいがあるかを考える若者が増えています」

さらに、SNSが発達した影響も大きいという。

「SNSで、友人が楽しそうな仕事をしていたり、いい給与をもらっているのを知り、他人をうらやむ気持ちが起きやすくなったことを背景に、若いうちに苦労することが果たしていいことなのか、疑問を持ち始めている若者が増えているのではないでしょうか」

池田氏の指摘を裏づけるのが、日本生産性本部が1969(昭和44)年度から2019(平成31)年度まで毎年実施してきた「新入社員『働くことの意識』調査」である(図1)。「若いうちは進んで苦労すべきか」という質問に対する回答の割合の推移を見ると、「好んで苦労することはない」という回答の割合が2011(平成23)年度以降年々上昇し、2019年度は過去最高の37.3%となった。逆に「苦労すべきだ」と回答した人の割合は2012(平成24)年度以降年々減少し、2019年度は43.2%。2012年度に最大54.3ポイントあった両者の差は過去最少の5.9ポイントまで縮まった。


しかし、若い世代がまったく苦労したくないのかというと、そうとも言い切れないという。

「たとえば、若者や若手社員の研究をしているリクルートワークス研究所の古屋星斗さんは、調査に基づいて10代と上司世代に当たる30代・40代の価値観を比較し、共通点として『仕事はある程度我慢が伴うもの』『努力すると報われる、能力のある人が報われる』、相違点として『他人からうらやましがられるのが大事(SNSの影響)』『将来はわからない→今を大切にしたい』をそれぞれ挙げています。これらの要素に、先に挙げた、転職市場での価値を高めたい、キャリア教育の影響でやりがいのある仕事をしたい、SNSで友達にうらやましがられるような仕事をしたいといった傾向を加味して考えると、苦労したくないということの意味は、単に頑張りたくないわけではなく、上司に一方的に与えられる会社都合の仕事、雑用のような仕事はしたくないという若手が増えているのではないかと考えられます」

※2:リクルート「就業者の転職や価値観等に関する実態調査2022」
※3:児美川孝一郎(2020)「大学におけるキャリア支援・教育の現在地:ビジネスによる侵蝕、あるいは大学教育の新しいかたち?」(特集産業としての就職活動)(『日本労働研究雑誌』No.716/2-3 P89-100)

若いときの苦労は買ってでもすべきか?

「若いときの苦労は買ってでもせよ」ということわざもあるが、そもそも成長するためには、苦労した方がよいのだろうか、それとも苦労しなくてもよいのだろうか。

「苦労をストレス要因(ストレッサー)と捉えると、職場のストレス要因には成長に寄与するものと、そうでないものがあると言われています。

締め切りなど時間のプレッシャーがある仕事、職務範囲が広くいろいろなことをやらなければならないような仕事、責任の重い仕事などは、充実感や生きがいにつながる『チャレンジ・ストレッサー』とよばれています。こうした苦労をある程度することは、成長につながると考えられています。

一方、組織内での駆け引き、役割の曖昧さ、雇用の不安定さなどは、目標を達成するのを妨げる『ヒンドランス・ストレッサー』とよばれ、ストレスが溜まるだけで成長に結びつかないと考えられています」

つまり、成長するためには、ヒンドランス・ストレッサーをなくし、チャレンジ・ストレッサーを与えることが必要ということだ。ただし、チャレンジ・ストレッサーも多ければ多いほど成長できるというわけではない点に注意が必要だという。

「チャレンジ・ストレッサーと成長の関係は、ある程度のところまで負荷をかけると成長しますが、それ以上かけると逆に成長が低下してしまう『逆U字』の関係にあることが最近の研究で明らかになっています(図2)。過度な負荷がかかると、消耗しすぎてモチベーションが保てなくなったり、学習に不可欠な振り返りの時間が取れなくなることで、成長にブレーキをかけてしまうことになります。したがって、あまり負荷をかけすぎず、適度なストレッチのある経験をすることがもっとも成長につながるということです」

大切なのは、上司が思う適度な負荷ではなく、あくまでも本人にとって適度な負荷であることだと池田氏は補足する。

石の上に三年座らせるための2つの方法

「石の上にも三年」に共感を示さない若手社員が、3年以内の離職や入社3年目の壁を乗り越えてさらに成長するために、上司や人事にはどのような支援ができるだろうか。池田氏は2つの方法を挙げる。

1つは、個人のキャリアプランに沿った“石”(=仕事)をアサインすることだ。

「転職市場での価値を意識したり、やりがいを感じたいという若者は、ただ上司に『やれ』と言われてやるようなつらい仕事を我慢したいとは思えないでしょう。そこで、本人が描くキャリアプランに役立ちそうな業務を提供できれば、やりがいを感じながら楽しく仕事ができるのではないかと思います」

とはいえ、すべての若手社員に本人が望むような仕事を与えるのは難しい面もあるだろう。その場合は、もう1つの方法として“石”の価値をしっかり伝えることが大切だという。

「若手のころは、大きな仕事に関わっていたとしても、やっていることは末端の仕事や雑務だったりすることが多く、その仕事の意味や価値が本人にはわかりにくいものです。そこで、ただ仕事を指示するのではなく、その仕事がどんな大きな価値のあるプロジェクトにつながっているのか、あるいは本人の理想のキャリアにどう結びつくのかなどをきちんと説明してあげると、その仕事に対する意欲が高まる可能性があります」

若手社員に仕事の価値を伝えるためには、本人がどんな仕事にやりがいを感じるのかを上司が一人ひとり把握しておくことが求められる。

「そのため人事は、採用時に本人から得た、やりたい仕事や描いているキャリアなどの情報を事前に上司に伝えておく必要があります。また、忙しい上司にすべてを負わせるのではなく、現場の育成担当者やメンターを決めて、その人に情報を伝えて若手社員に仕事の意義を説明させたり、あるいは職場全体で情報を共有して若手社員をサポートできるような工夫も必要でしょう」

仕事に前向きに臨むためのジョブ・クラフティング

さらに池田氏は、若手社員自身が仕事に前向きに臨めるようにするために「ジョブ・クラフティング」が有効だという。

「ジョブ・クラフティングとは、簡単に言えば仕事を自分好みにアレンジすることです。仕事にやりがいや楽しさを求める傾向が強い若手にとって、この考え方を持つことは大切です。ジョブ・クラフティングをすることで『この仕事は楽しいな』『自分に合っているな』といった適職実感を高めることができれば、3年以内の離職や3年目の壁を乗り越えるられる可能性があります」

池田氏によると、ジョブ・クラフティング(JC)には、タスク次元JC、人間関係次元JC、認知次元JCの3種類がある。

タスク次元JCは、仕事に好きな要素を加えるなど、仕事そのものをアレンジする方法だ。たとえば、憧れのディズニーリゾートに就職して清掃担当になったスタッフが、清掃の傍ら、地面にキャラクターの絵を描くことで来場客を喜ばせることができ、自分自身もやりがいを感じられるようになったケースが挙げられる。

人間関係次元JCは、仕事上の人との関わり方を変える方法だ。たとえば、仕事が多くて自分のやりたいことが認められる機会もあまりなく、意欲が低下していた社員が、「感謝カード」を作ってチームメンバーに「ありがとう」と積極的に伝えるようにしたところ、楽しく仕事ができるようになった、というケースがある。

認知次元JCは、自分の仕事の意義や価値を考え直すというもの。大変だったり、面白みを感じられなかったりする仕事に対して、その仕事が社会的な意義のあることにつながっていたり、自分のキャリアにプラスになるものだと捉え直すことで、仕事にやりがいを感じることができるようになる。

これらの例は仕事のプラスを増やすアプローチだが、逆に仕事のマイナスを減らすアプローチもあるという。たとえば、タスク次元JCであれば、普段なんとなく出ているミーティングを減らす。人間関係次元JCなら、苦手な人との関わりを減らす。認知次元JCの場合は、しんどい仕事とは心の距離を置く。このように、嫌な仕事や苦手な仕事から心理的な距離を取るといったことも考えられる。

「ジョブ・クラフティングは自律性の高い職場ほどやりやすいと言われています。ただ、失敗が許されない職場であっても、認知次元JCであれば取り組むことができるでしょう。

大学を卒業したばかりの若手社員の場合、仕事は言われたとおりにやらなければいけないと思いがちです。会社としては、若手にジョブ・クラフティングの有効性を伝えるとともに、それがしやすい環境を整備することが求められます」

「若手社員のジョブ・クラフティングを可能にすると、やるべきことをやらずに困った状況になってしまうのではないか」という不安を感じる職場もあるかもしれない。そのような場合には「協同的ジョブ・クラフティング」がおすすめだという。

「協同的ジョブ・クラフティングとは、若手社員に仕事を勝手に変えさせるのではなく、今の仕事をもう少し楽しくするためにどんなことができるのか、上司と、あるいはチームで本人と一緒に考えていくやり方です。あるいは、アレンジしていい領域とだめな領域をあらかじめ明確にしておくことも1つの方法です。そうすることで、マストな部分は守ってもらいつつ、本人も楽しく仕事をすることができるのではないでしょうか」

目の前の仕事を、いかに本人にとってやりがいのあるものにできるか。それが、若手社員に「石の上にも三年」続けてもらうための鍵といえそうだ。

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