J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2016年09月号

巻頭インタビュー 私の人材教育論 目的意識と哲学から真の課題を 捉え解決する技術経営者を育成

富士通研究所は、富士通グループ16 万人と共働し、最先端テクノロジーの研究開発と、それを活用するビジネスモデルを創出し、社会に大きな変革を起こすことをミッションとしている。
人を中心とした新たな価値創造「ヒューマンセントリック・イノベーション」の実践がゴールだが、そのために必要となる研究者とは、どういった能力や資質、教養を持つ人なのか。
そうした人を育てる仕組みと共に、佐相秀幸会長に聞いた。


佐相秀幸(Hideyuki Salou)氏
富士通研究所 代表取締役会長

生年月日 1952年12月18日
出身校 東京工業大学 工学部
主な経歴
1976年4月 富士通 入社
2003年12月 モバイルフォン事業本部
先行開発統括部長
2006年4月 モバイルフォン事業本部長代理
2007年6月 経営執行役( 兼)
モバイルフォン事業本部長
2009年6月 執行役員常務( 兼)
ユビキタスプロダクト
ビジネスグループ長
2010年4月 執行役員副社長
主としてプロダクトビジネス担当
2012年4月 執行役員副社長( 兼)
マーケティング部門長
2012年6月 代表取締役副社長(兼)
マーケティング部門長(兼)
富士通研究所 取締役
2014年4月 富士通研究所
代表取締役社長 就任
2016年4月 富士通研究所
代表取締役会長 就任
現在に至る

企業プロフィール
富士通研究所
1962年富士通内に設立、1968 年に独立。
ICTに関わる先端材料、次世代素子、ネットワーク、クラウドシステムの研究開発から次世代のソリューションやサービスの創出まで、幅広い分野に取り組む。
資本金:50 億円、従業員数:約1400名

インタビュー・文/村上 敬
写真/小林 淳

“B to B、from C”へ

―最初に、経営戦略の方向性について教えてください。

佐相

私たちがめざしているのは、人を中心とした新たな価値創造「ヒューマンセントリック・イノベーション」の実現です。それをベースに、トップダウン、ボトムアップを繰り返しながら、技術戦略と経営戦略を一体化して実行していきます。

通常、富士通を含めICTの会社はB to Bがメインです。しかし、ICTの最終的な受益者は一般消費者・個人(コンシューマー :C)ですから、B toB to Cではなく、B to B from Cという発想で、常にエンドユーザーの視点を意識しなくてはなりません。

例えばユビキタスのような技術なら、フロントのコンシューマーが見えやすいですが、サーバーや通信機器になると、その先にいるエンドユーザーを忘れがちです。そうなると、SEがお客様に提案をする際、どうしても機能や性能本位の提案になりがちです。そうではなく、お客様の先の、個人の視点で捉えるのが、ヒューマンセントリックの考え方です。

―ヒューマンセントリック・イノベーションを実現するために求められる人材とは、どのような人でしょうか。

佐相

常に高い目的意識や哲学を持ち、大局的な視点で取り組むべき真の課題を理解し、それを自分のフィールドに落とし込んで目標を設定できることが大事です。そしてその課題を解決するために関係者を巻き込む「場」をつくり、目標を実現するために政治力も含めたあらゆる手段を駆使していく人材です。突き詰めていくと、経営学者の野中郁次郎先生が提唱する「知識経営論」の実践知リーダーに近い。そして、研究者一人ひとりが経営者になり、自律的に動くことができれば理想的です。

未来の姿から考える

―現場で働く人たちは、目の前の仕事に追われ、他のことに目が行きにくい面があるのでは。現場の研究者に目的意識や哲学を持たせるには何が大切ですか。

佐相

目的意識や哲学を持つには、将来に到達すべきゴールや理想が必要です。ところが日本の研究者は、目の前のことから積み上げていくことは得意なものの、将来から今を考えるということが苦手です。

ルネサンス期の有名な画家であるラファエロの「アテナイの学堂」には、中央にプラトンとアリストテレスという2人の偉大な哲学者が描かれています。この2人は対照的で、プラトンは指で天を指して、アリストテレスは手を地面に向けています。これは2つの哲学、つまり観念的なプラトンと現実主義のアリストテレスを象徴していますが、日本の研究者はアリストテレス的であり、現在から帰納的に将来を考える人が多い。それも大切ですが、同時にプラトンのように理想の姿から演繹的に現在を考えていく思考も重要です。

演繹と帰納は、他にもさまざまな言い方が可能です。例えばバックキャスト(将来を起点に現在を考える)とフォアキャスト、鳥の目と虫の目、トップダウンとボトムアップなどと言い換えてもいい。そして、こうした2つの概念を合わせた方法論として、私はべトナム戦争時のアメリカ・ベトナム両者の戦法から、「戦略的ゲリラ戦法」という言い方を使っています。

表現は違いますが、どれも示している内容は変わりません。研究者には未来から逆算して考えていく思考と、現在から積み上げていく思考の両輪が大切です。

―現在からの積み上げでやってきた研究者がいたら、どうやって将来を意識してもらいますか。

佐相

一人前の研究者なら、少なくても自分の研究分野の未来のトレンドは分かっていなければいけません。

大きな流れで言えば、2000年ごろにインターネット、ITの波があり、2010年にモバイルインターネットの波が来ました。そしてこれからIoTの波が起き、さらにその先にはAIとロボティクスの波が起きようとしています。こうした方向性や未来のビジョンは、「Fujitsu Technology and ServiceVision」という冊子にして全員に配っています。自分の研究分野における見識や将来への洞察から、より高いレベルの目標を設定し、そこから具体的な課題に落とし込んでいくことが肝要で、それは難しくないでしょう

―こうしたビジョンを浸透させるために行っている取り組みには、どんなものがありますか。

佐相

ビジョンはトップダウンで決めて終わりではありません。策定した後は、各階層で会議をしてビジョンを咀嚼したり、現場からフィードバックを行ったりする機会をつくっています。例えば経営層は常日頃からビジョンについて議論しています。また、10ある研究所の所長レベルでは、戦略検討会議の他、合宿もしています。合宿では、ビジョンを自分の研究所でどのように展開していくのか、現場から見るとビジョンは妥当かどうか、補足するとしたら何かということを徹底的に話し合います。

合宿は効果的ですよ。最初は多少の「やらされ感」があるようですが、2回、3回と参加していくうちに、コトの本質を理解して「せっかくの機会だから活用しよう」と意識が変化し、最後には課題を設定してアクションアイテム(具体的に誰が何をするかのToDo)まで一人称で提案してきます。自分の足元ばかりを見てきた社員に、積極的にビジョンに関わっていく意識が芽生えるのだから、合宿を行う意義は大きいと思います。

技術者からのイノベーション

―御社の人材の強みと課題について教えてください。

佐相

私はコンサルタントの大岩和男さんとよく議論をするのですが、大岩さんの「SHINKA経営」は非常に優れた概念だと思います。大岩さんによるとSHINKAには、事業を深掘りする「深化」、価値を向上させる「進化」、ビジネスフィールドを転換する「伸化」、破壊的イノベーションを行う「新化」という4つの方向性があります。

この中で、当社の研究者はICT各分野の第一人者ですから、専門分野を深掘りする「深化」や、従来の延長線上で技術開発していく「進化」は得意です。

ただ裏を返すと、技術を別の事業分野に応用する「伸化」や、全く新しいものを生み出す「新化」は必ずしも上手ではありませんでした。しかも以前は、事業部側がビジネスの方向性を示しており、研究者側は事業部側が意思決定するのを待っていればよく、「伸化」や「新化」を考える必要性が低かったのです。

しかし、私は日頃から「研究者自らがイノベーションを起こせ」「イノベーションは技術×ビジネスモデルだ」と伝えているので、ビジネスのことを自ら意識しなくてはならなくなっています。この実践が課題ではあります。

―4つの方向性の中でも、一般的にハードルが高いといわれているのは破壊的イノベーションである「新化」です。どうすれば新化が可能になりますか。

佐相

日本でアメリカ型の破壊的イノベーションが起きにくい理由は2つあります。1つは人の問題で、チャレンジする気概があるかどうか。失敗を恐れて、新しいことに挑戦しないのです。

もう1つは、労働力のモビリティ(流動性)の問題です。アメリカは雇用の流動性が高く、挑戦して失敗してもすぐ次のチャンスを得ることが可能です。また企業自体の新陳代謝が激しく、続々と新しい企業が誕生して、それが労働力のモビリティを支えています。

当社も例外ではありませんが、一般的な日本企業では労働力のモビリティが低く、それを促す仕組みも整っていないため、破壊的イノベーションへのチャレンジを阻害している面があります。そういう意味では、チャレンジする気概を持った人が少ないという最初の問題も、制度に起因するという一面があると言えます。ですから、雇用の安定性という日本的なよさを活かして、「新化」にチャレンジする仕組みが大事だと思っています。

―御社では、社員が挑戦できる環境をどのように整えていますか。

佐相

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