J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年11月号

内省型リーダーシップ 最終回 特別対談 しなやかに生きるための内省のススメ

「自分を見つめること」=「内省」がリーダーシップを育てる上で効果的であるという研究結果をもとに、新しい“内省型リーダー”のあり方を、これまで全6回にわたる連載で解説してきた。連載終了にあたって、著者2名による対談をお送りする。連載を踏まえて見えてきたのは、内省がリーダーにとってだけではなく、全ての人にとって持つ意義だ。なぜ今内省なのか。内省は私たちにどのような変化をもたらすのだろうか。

永井 恒男(ながい つねお)
野村総合研究所IDELEA(イデリア) 事業推進責任者
2005年、野村総合研究所の社内ベンチャー制度を活用して、エグゼクティブコーチングと戦略コンサルティングを融合した新規事業「IDELEA(イデリア)」を起案し、立ち上げる。facebookとtwitter(ID:neo_nagai)で連載の感想募集中!http://www.id.nri.co.jp/
八木 陽一郎(やぎ よういちろう)
香川大学大学院 地域マネジメント研究科准教授
組織行動学を専門とし、「内省と対話」によるリーダーの成長、組織変革などの研究を行う。2007年より、現職および慶応義塾大学SFC研究所上席所員に就任。2010年、NPO法人ソーシャルベンチャーズ四国を設立。地域のイノベーションにも取り組む。

取材・文・写真/石原 野恵

今、改めて内省とは何か

―連載を改めて振り返って、内省とはどのようなものなのでしょうか。

八木

連載第1回で、内省とは「自分が自分を認識する」ことだとお伝えしました。そこで今改めて思うのは、内省とは、自分の立ち位置を自分で選ぶためのものではないかということです。ビジネスでは、利益や顧客満足など、何らかの目標を日々追究していきます。その中では、自分自身も周囲の状況も刻々と変わります。そこで1つのことに固執し続けると、自分のバランスが崩れてしまうことがあります。そうした時に再度自分のスタンスを取り戻し、狙いを定め直すために内省が必要だと思うのですが、我々はその方法をあまり学習してこなかったのではないでしょうか。

永井

確かに、そもそも目標自体周囲の環境や自分の変化に応じて可変的なものですよね。ビジネスにおいては、目標は一旦設定したら貫徹すべきものとされています。ビジネススクールで習うのはいかに目標を達成するかということだけで、変化する環境の中で、可変的な目標に対して自分がどうあるかということについては習いません。

八木

周囲の変化に振り回されて安定を欠いた状態になってしまうと、我々は、理不尽だとか、ままならないという気持ちになることが多々あります。そういった時に、自分をフラットな状態に戻すのが内省です。たとえば禅には「動中の工夫」という言葉がありますが、内省はこれに近い。「静中の工夫」は座禅ですが、「動中の工夫」は畑仕事や掃除など、日常生活の中での修行のことです。

永井

「内省」は確かに仏教的なところがありますね。リーダーシップに関する研究領域でも、東洋的な思想に対する関心が高まっている。内省という言い方はしなくとも、自らを省みることの重要性が今ビジネスで求められていることの表れだといえるかもしれません。

変化をしなやかに受け容れるための内省

―現代の激しい変化に対応するために内省するということでしょうか。

八木

確かに今は変化のスピードが速いかもしれませんが、変化しない時代はありえません。ただその変化に直接的に反応して自分がぐらぐら揺れてしまうのが、連載第2回でお話した「反応型リーダーシップ」。反対に、変化が起きた時に揺らいだとしても、自分でありたい姿を選択できるのが「内省型リーダーシップ」。状況変化に感情的に巻き込まれるのでなく、一歩引いて立ち位置を認識し、自分で選択できることです。

永井

“強い”リーダーシップとは、変化に対して強靭に立ち向かうことではなく、むしろしなやかに受容することではないでしょうか。私は、ブレることもよいと思っています。自分や環境が変われば、メンタルモデル(個人や組織の中で支配的な意識・無意識の前提)や自己定義はどんどん変わっていくものですから。

八木

全く同感です。自己定義には、自分で選びとった定義と、与えられた定義があります。後者は、本人にとっても無自覚なものが多く、自己定義によって自分が苦しめられている場合がある。そういう時に、前者――自らの選択によって自己定義を選択することこそが内省です。それから、本当はこうしたいのに思うようにできないということがありますよね。部下の話を聞く上司になりたいのに怒ってしまう、妻に優しい夫でありたいのにそうできない……こうした“ままならなさ”をもたらすきっかけは、多くの場合外からの刺激です。それに単純に反応を返してしまうと、いつも同じパターンに陥ってしまう。内省的であるということは、刺激に反発するでもこだわるでもなく、違う捉え方ができるようになることです。

永井

いい換えれば、レジリアンス(弾力性・回復力)があるということだともいえますね。レジリアンスというのは、柳の木のように、何かあった時に揺れるけど戻ってくる力のことです。一般的には、効率を追求するとレジリアンスは下がるといわれています。たとえば電車のダイヤは、ある一路線でトラブルが発生すると、他の路線にも影響をきたし、すぐには復旧できない。効率を追求し、最小限の設備で時間のロスがないようにダイヤが設計されており、いわゆる“あそび”がないからです。一方レジリアンスが高いと、変化に対してしなやかに応じることが可能になる。その結果、周囲の人からは、「ブレない」「強靭」といわれることがあるかもしれません。

変化に対する潜在的な拒否感にどう対峙するか

―とはいえ、周囲の変化を受け容れ、自分を変えることは容易ではないように思います。

八木

私たちの中には潜在的に、変化への拒否感が根づいています。しかしいつでも変化は起きているのであれば、その事実を受け容れると拒否感はやわらぎ、平静になれるのではないでしょうか。変化が常であるという認識は、内省とともに高まってくるものだと思います。反応型のままでいると、変化に抵抗するために自分が強く力んでいるので、何か刺激が来た時にぐっと押し返す力が出てくる。それではむしろバランスを崩してしまいます。変化は常にあるものだと認識して力を抜けるようになると、すごく安定すると思うんです。

永井

連載第4回で紹介した、部下の遅刻に怒る上司の話はまさにその例ですね。ある重要会議に遅刻した部下を叱責した上司は、部下が遅刻しないものだと思って予定を立てていた。でも実際には遅刻してしまった時に、部下が悪いから部下を変えるという考えが「強靭」なあり方。なぜそうなってしまったのか、と自分を改めるほうが「しなやか」です。たとえその部下が次回は遅刻しなかったとしても、他の部下がまた遅刻するかもしれない。その時に、自分に問題はなかったかと考える方が、また別の刺激に対して備えておける。

八木

問題が発生してから解決までのプロセスは、最初は自分のエゴが強く、原因は他人にあるのではないかと他責の状態から始まりがちです。しかし次第に、実は自分のエゴによって自分が苦しんでいるのではと気づくことがある。たとえば恋愛でも、こだわればこだわるほど苦しくなることがありますよね。このこだわる気持ちがエゴなんです。

永井

自分のこだわり、すなわち古い自分を手放すということは、もしそれが必要ならば素晴らしいことですね。先日、複数の企業の幹部が集まった内省のセッションがありました。そこでは、仕事は嫌なことを我慢してやるものだとか、人生は重い荷物を持った山登りだという世界観を持っている人が圧倒的に多かった。しかし客観的に考えれば、仕事も人生も楽しいという価値観の方がずっといいと思いませんか?

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