J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年11月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 自分と向き合うことの第一歩は 何を感じているかを問うこと

2005年に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併して誕生したアステラス製薬。同社では、中長期ビジョンで「他社を凌駕するスピード」「環境変化に対応する変革力」「競争力を生み出す専門力」「更なる力を生み出すネットワーク力」を期待する人材像として掲げている。それらの力を有する人材を育成する人材育成体系が「アステラスビジネススクール」だ。その企画から具体的研修の実施運営までを担っているのがアステラス総合教育研究所である。中でも、新入社員から中堅社員向けの研修の企画・運営を取りまとめる朝妻綾子氏に、教育に対する想いをうかがった。

企画部 課長 コンサルタント
朝妻 綾子(Ayako Asazuma)
1980年3月山之内製薬入社。本社総務部総務室(受付)に配属。1982年総務部秘書室配属となり、約12年間にわたり秘書業務に従事。社長担当秘書も務める。1994年8月研修センター配属。2005年山之内製薬、藤沢薬品工業合併に伴い、アステラス総合教育研究所へ転籍。産業カウンセラー、キャリアコンサルタント、EQプロファイラー等の資格を持つ。

アステラス総合教育研究所
2005年4月アステラス人材開発サポートとして設立。山之内製薬、藤沢薬品工業の合併によって設立したアステラス製薬の人材を育成する組織として、アステラス製薬はもとより、アステラスグループ各社の人づくりを担う。2008年アステラス総合教育研究所に名称変更。

取材・文/浅久野 映子、写真/髙橋 美香

大切なのは“めざす”より内面に向き合うこと

アステラスビジネススクールには、大きく分けて「教養課程」と「専門課程」の2つの領域がある。第1段階となる教養課程が、入社して5年間、徹底して育成支援を行うAstellas Growth Program(AGP)。専門課程では「成果が期待できる人材へ傾注した投資」として、全社員に向けたAstellas ProfessionalProgram(APP)が用意されている。これはやる気があり自身の成長のために努力する人を対象にしたものだ。こうした2つの領域の教育プログラムの企画・運営の牽引役となっているのが、アステラス総合教育研究所 企画部 課長 コンサルタントの朝妻綾子氏である。とりわけAGPには、「キャリア形成には何よりも自分自身の内面を知ることが大切である」という朝妻氏の人材育成に対する想いが反映されている。AGPについて朝妻氏は次のように話す。「AGPでは、『アステラスで働くことに自信と誇りを持っている人』、『自ら考え、決めて、周りを巻き込み行動できる人』、『自己責任でキャリア形成し、成長を実感できる人』の3つを兼ね備えた人材の育成をめざしています」自律的キャリア形成を行ううえで不可欠となる“自分自身を知る”ための工夫が、AGPの中には豊富に取り入れられている。それこそが、朝妻氏の人材育成への“想い”の部分だ。「自分らしさ、自分の強み、自分は何を大事と考えているか――。そういったものを確立できれば、仕事の現場で対峙する諸問題に前向きに取り組めるはずです。経験がないからこそ、若い人は他人と自分を比較しがち。『こうなりたい』とめざすことも決して悪くはありません。しかし、めざす目標を決めた瞬間に、めざすものしか見なくなる。それよりももっと柔軟に捉えて自分らしさや自分の強み、自分が大事にしているものを理解したうえで、可能性を信じ仕事に向き合えば、チャンスの機会はずっと広がるはずです」めざしているものに向かっていくと、それ以外のことに興味が薄れてしまいがちだ。しかし、いろいろなことに挑戦してみるという経験は、自分が知らなかった可能性を見出すきっかけになる。また、それによってキャリアの選択肢が広がることになる。その意味でも、キャリア形成にはまず、“自分を知ること”が大切なのだという。なぜ、こうした想いが醸成されたのか――。理由は、朝妻氏のキャリアと時代的背景にあった。「私自身、入社して数年は、自分のことがわかっていなかった、いや、知ろうともしていなかったのかもしれません。自分を知ることは、痛みも伴いますから避けていたのでしょう。でも自分を知らなければ自分と相対する人たちを理解することはできません。キャリア形成には、周りの人たちから教えてもらうことが必要なのです」

ロールモデル不在をバネに新天地に挑戦

朝妻氏が人材開発担当になったのは1994年。入社14年目のことだった。山之内製薬に入社した朝妻氏が最初に配属されたのは、本社総務部受付。2年後に秘書室へ異動し社長秘書を12年担当した。当該業務に邁進する一方で、さらに幅を広げたいとの思いから、当時の自己申告制度で人材開発部門への希望を表明した。「秘書の仕事は充実していました。ですが、自分自身の“武器”となるスキルは果たして確立できているのだろうかという漠然とした不安が募っていたのです」朝妻氏が感じていた漠とした不安は、キャリア形成のロールモデルがいなかったことにも一因があった。ロールモデルがいない中で秘書業務を続けていくことへの不安から、朝妻氏は広く他部署での仕事を経験したいと思った。その中でも人材開発の仕事に就きたいと望んだのは、20代後半で参加したセミナーの衝撃が大きかったからだという。折から男女雇用機会均等法が施行された頃で、女性社員の活躍が期待されると同時に、キャリア形成の必要性も問われ始めた時代であった。とはいえ、現実にはまだまだ女性社員は社会的にもサポート業務が中心。山之内製薬でも管理職に昇進する女性はわずかだった。新入社員研修以降、女性社員が研修に参加する機会は皆無に等しかったため、朝妻氏にとってこのセミナーへの参加は、久しぶりの学びの場。まさに“非日常”だったのである。女性社員を対象としたこのセミナーは、岩波ホール総支配人の高野悦子氏など、各界で活躍する4名の女性が、自分のキャリアや、仕事にどのように向き合っているかを語るというもの。加えて、ワークショップも実施された。「仕事に対して、こういった取り組み方があるのかと目が覚める思いがしました。良好な人間関係を構築するうえでのコミュニケーション分析モデルである“ジョハリの窓”について学んだのもこの時です。セミナーに参加したことで、今まで気づくことができなかった自分を見つけるヒントを得て、非常に感激したのを覚えています」これが、教育の仕事に携わりたいと考えた直接のきっかけだった、と朝妻氏は振り返る。そして希望が叶い、晴れて教育の仕事に携わるようになった朝妻氏だったが、異動して初めて、職場での男女の仕事観を意識することになる。「当時の秘書室は、ある意味女性の職場だったこともあり、男女の仕事観を意識したことはありませんでした。人材開発部門に異動して男性社員とともに働くことになってから改めて、男女間の仕事に取り組む際の立ち位置に“開き”があることに気づきました」それは、“女性はサポート的な働き方でいい”といった意識だ。さらにその意識は、男女ともに、当たり前のように存在しているように感じた。それまで女性が中心の職場にいた朝妻氏だからこそ、そうした空気に「どうしてだろう」と素直に戸惑うことができた。そしてこの戸惑いが、その後の朝妻氏のキャリアを構築していくことになる。

自分は今、何を感じているか

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