J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2010年10月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 衆知を結集し、成果を喜び合う組織をつくる

ビジネスを取り巻く経営環境の変化は加速するばかりだ。1989年当時13行を数えた都市銀行は、現在3つのメガバンクへと収斂された。財閥の枠を超えての合併と話題になった三井住友銀行も、来年4月には合併から10周年を迎える。この間、金融自由化を背景に、個人、法人、企業金融、市場営業、国際、投資銀行と銀行の部門は細分化された。専門化した金融商品の提案や多様化する顧客ニーズへの対応ができる人材をいかにして育てるか。今年4月に三井住友銀行人事部研修所所長に就任した金子良平氏に、人材育成への想いと今後の展望について伺った。

人事部研修所 所長
金子 良平(Ryohei Kaneko)氏
1983年入行、心斎橋支店勤務を経て、1986年より国内部門の収益集計・戦略立案に関する業務企画部に配属。1994年より業務統括部店舗グループ長としてATM24時間化等のネットワークの拡充に携わる他、2008年個人統括部部長を歴任。2010年4月より現職。
三井住友銀行
日本3大メガバンクの1つ。2001年には、さくら銀行と住友銀行が合併し、三井住友銀行として発足。翌2002年には、三井住友フィナンシャルグループが設立され、同社の完全子会社となった。現在国内に1549カ所、海外に34カ所の拠点を構える。
設立:1996年、資本金:1兆7710億円、従業員数:2万2460人(ともに2010年3月31日現在)
取材・文/浅久野 映子、写真/髙岡 隼人

衆知を結集しなければ好業績は実現できない

今年4月、三井住友銀行の人事部研修所所長に金子良平氏が就任した。金子氏は、1983年に入行して以来、店舗開発・統廃合の仕事に携わる他、個人顧客向けの業務に取り組むなど、常に現場の第一線で活躍してきた人物だ。それが一転して研修所所長就任である。研修所への異動を命じられた時の正直な気持ちを次のように振り返った。

「私もそうでしたが、50代を目前にすると、自分のキャリアパスをそれまでの延長線上で考えがちです。人事部や教育の仕事の経験がない私に、研修所を任せるのはリスクを伴うはずです。“すごい会社だな”と驚くと同時に、ありがたいとも思いました。そして会社からの申し出に“よし、乗っかってやろう”と決心しました」

もっとも、金子氏には現場の第一線で働いていた時から人材育成について強い思い入れがあった。入行以来、金融自由化に伴う新事業に携わってきた金子氏は、「それまでの経験だけではこなすことができないのが新事業。そこで組織として高いパフォーマンスを出すためには、チーム全員の衆知の結集が不可欠」ということを幾度となく痛感してきた。新しいことにチャレンジするには、経験の多寡にこだわらず、チームメンバーそれぞれが成長し、力を出さなければ良い仕事はできないのだ。もちろん金子氏もリーダーとして部下の成長に心血を注いできた。

研修所の役割は、銀行全体のパフォーマンスを向上させるために教育体制を整備することでもある。突然の異動に驚いたものの、やりがいを感じたと金子氏は話した。

わからないことは虚心坦懐に聞く

入行から3年後の1986年。日本が好況に沸く頃、金子氏は東京の業務企画部へ異動。個人預金の動向予測などをまとめる仕事に忙殺されながらも、充実した毎日を送る。さらに翌年には、首都圏の店舗網を整備するために創設されたばかりの店舗開発部に異動した。

「1987年から1990年頃までは、景気の拡大とともに出店が加速した時期でした。ところがバブルが崩壊してからは一変して閉店が相次ぎ、自分が出店を手がけた店舗を、自らの手で閉店しなければならないという辛い思いもしました」

そして、金融改革がついに着手される。銀行業務における「国境」「業態」「業種」の障壁を取り除くいわゆる“金融ビッグバン”だ。故・橋本龍太郎元首相の号令で始まった金融改革は、1993年頃から広がり、銀行、証券、保険、信託などの金融機関が他業態の分野に参入した。

「自由化によって銀行が取り扱う商品が多様化されていくと、マーケティングが必要になってきました。店舗出店やATMネットワークの整備などの工夫が求められたのです。さらに自由化が進むと、銀行間の競争は激化。銀行に対する顧客の目も厳しくなり、金融サービスの質が問われ始めた時期でもありました」

金融業界全体を揺るがすほどの大きな外部環境の変化を乗り越え、金子氏が12年振りの現場復帰を果たしたのは1997年のこと。目黒区にある店舗に取引先課長として配属されたのである。

「伝票1つとっても12年前とは違う……。わからないことばかりでしたが、虚心坦懐に聞くというのが私のモットー。部下に助けられながらも、久しぶりの現場を楽しみました」

営業の仕事は、結果もわかりやすいからこそ躍動感がある。苦しさ、嬉しさを仲間と共有できることも、仕事の喜びとなった。そうした中で、忘れられない部下からの一言がある。

「この店には非常に難しいお客様がいらっしゃいましてね。担当者は必死。私は取引課長として担当者に同行したり、彼が休みの際には代わりに担当を引き受けたりしたのですが、本当に怖い方(笑)。ただ、後から聞いた話では、担当者に同行してくれる人がいなかったようで、彼が“課長が来てくれて、この人についていこうと思いました”といってくれたんですよ」

衆知を集めるためには、金子氏から部下に寄り添う。その結果、金子氏もまた、部下からの言葉に励まされ、組織として力が高まるのだろう。

人材育成なくして新規業務の成功はなし

1年後の1998年4月、金子氏は個人部門の個人業務本部ファミリーバンキング営業部に異動。これは、営業体制が個人と法人別に分離されたことに伴って創設された部門だ。

同年2月には24時間ATMが稼働開始した他、12月には投資信託の窓口販売もスタート。数々の新たなビジネスにもかかわらず、手応えを感じられたのは、心強い仲間がいたからこそだという。

「それまでの都市銀行は、法人と個人で営業体制を分けていませんでした。ですから、個人部門の構築を一から考えなければならなかったんです。ですが、前年に山一證券が破綻し、約140名の新しい仲間が当行に移って来てくれたのです。高い専門性を持ったベテランの力で、投信の窓販の仕組みを整備できました。

一方で、新時代を拓くためには若い人たちの感性も必要です。その感性と高い専門性とを融合できたからこそ、新規事業を前に進めていくことができたのだと思います」

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