J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年12月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 仕事の現場が「教育の現場」 OJT、研修、自己研鑚で自分を磨く

日本初の民間シンクタンクとして設立された野村総合研究所に、野村コンピュータシステムが合併し、1988年に新たに誕生した野村総合研究所。世界の金融ITサービス企業の売上上位100社ランキング「FinTech100」では、今年も前年に続き第9位と、日本企業として唯一のトップ10入りを果たした。同社で入社以来長年SEとしてのキャリアを積み、現在、全社の人材育成を担っているのが人材開発センター長も兼務する広瀬一徳氏だ。技術改革が激しいITの現場で、自らを鍛えてきた広瀬氏に人材育成に対する思いを伺った。

人材開発センター長 兼 人材育成戦略部長
広瀬 一徳(Kazunori Hirose)
1985年野村コンピュータシステムにSEとして入社。1998年認定プロジェクトマネジャー任命。2002年韓国に出向。日本との仕事のやり方、考え方の違いに衝撃を受ける。2004年に帰国。2006年流通・情報通信ソリューション事業本部人材育成担当着任。2007年より人材育成委員会委員。2011年から現職、現在に至る。

野村総合研究所
野村證券の調査部から分離独立し、1965年4月1日創業。野村総合研究所(NRI)と野村コンピュータシステムが合併したことにより、コンサルティング、金融ITソリューション、産業ITソリューション、IT基盤サービス等の事業を幅広く展開。国内外に多数の拠点を構える。
資本金:186億円、連結売上高:3263億円(2011年3月期)、従業員数:5560名、NRIグループ従業員数:6594人(2011年3月31日現在)

取材・文/浅久野 映子、写真/髙橋 美香

チームを強くするための人材を育成する

社会や企業の今後の方向性を洞察し、あるべき姿の実現に向けて提言を行う「ナビゲーション」と、的確な解決策を講じる「ソリューション」の2つを相乗的に機能させ、サービスを提供する野村総合研究所(以下、NRI)。その人材開発センター長兼人材育成戦略部長として、NRIの“未来創発”の実現に向けた「人財」の育成を牽引しているのが、広瀬一徳氏である。広瀬氏が入社したのは、1985年。企業のIT化が進む中でソフトウェア技術者の不足が心配された時代でもある。また、日本IBMが1500人もの新入社員を採用するなど、IT業界の躍進が注目された時期だった。「当時は、企業の基幹業務システムなどに用いられる大型コンピュータ、いわゆるメインフレームが中心でした。この先、ITはどのように発展していくのだろうという素朴な興味から、この業界への就職を決めました」広瀬氏には、未知の分野に挑戦したいという思いがあった。システムエンジニアとしてITの発展の最前線で活躍できる仕事に携わりたい、技術が急激に変化するその様を当事者として経験したい……。そうした“劇的な変化”を実感するために、あえて大企業への入社を望まず、当時社員数700名だった野村コンピュータシステムに入社することになった。入社後、広瀬氏は一貫して流通・小売業界の情報システムの設計から構築、維持管理業務に携わる。そして、IT技術の進化の担い手として活躍した。転機が訪れたのは、2001年。“認定PM(プロジェクトマネジャー)”に任命された時のことだ。NRIは、2000年にプロフェッショナル人材を社内認定する「NRI認定資格制度」をスタートさせた。同制度は、システム系の社員が将来のキャリア形成の指針とするためのものである。1990年代、バブル景気がはじけ、日本経済は低迷していたが、コンサルティングとITは、いわゆる「リストラ」の推進役としてのニーズから、仕事は潤沢だった。NRIは拡大を続け、広瀬氏が入社した15年後の2000年には、社員数3000人を超えるまでに成長していた。「毎年1割ずつ社員が増えていくという感じでした。そうした若い会社でしたから、認定制度ができた背景には模範となる人材を示す必要があったのだと思います」「認定PM」とは、システムソリューション業務に実績があり、高度な実務処理能力を持つ社員に対し、資格認定をするもの。資格要件には、業務上の実績のみならず知識も求められ、その審査は厳しい。広瀬氏が認定された2001年当時、「認定PM」は社内でわずか30名程度。そのため、「認定PM」の資格者は社内でも高い評価を得ることができた。「認定PMになったことで、プロジェクトマネジャーを育成しなければ、と強く意識するようになりました。しかしそれ以上に、チームを強くするための人材を育成する必要性と、自分がその担い手としての役割を果たさなければならないことを自覚するようになったのです。そのせいか、1996年に管理職になった際にも、部下育成に関しては強い責任を感じていました」NRIは、社内でシステム開発会議というプロジェクト審査会議が実施される。認定PMは、委員として出席し、プロジェクトの審査や審議を行うことになる。そうした社内の重要な場でアドバイスもしなければならない立場ということだ。自分が持っている知識やスキルを、いかに後輩たちに伝えていくべきか。広瀬氏は、まず自分が持っている暗黙知を把握すべきだと考えた。だが暗黙知のままでは人に伝えることはできない。そこで、経験したシステム構築のプロセスやスキームを明らかにし、仕様書にまとめることで、後輩たちが閲覧できる仕組みを構築した。

驚異的なスピードで仕事をこなす韓国

広瀬氏のさらなる転機は、2002年の韓国・ソウルへの出向だった。2年間経験した韓国の現場は、仕事に対する考え方、いや生き方そのものを変えるほどの衝撃を与えた。韓国企業への出向の目的のひとつとして、品質向上のための技術指導があった。しかし広瀬氏は、「自分が教える以上に教わったことのほうがはるかに多かった」と話す。それは、自分がそれまで積み上げてきた経験は、ここでは一切役に立たないと愕然としたほどだった。「驚いたのは、韓国企業の仕事のスピードです。システム構築の仕事を日本人の3分の1の期間で完成させてしまったのです。なぜ、このスピードでできてしまうのか、最初は理解できませんでした。それにエンジニアたちの強い技術志向にも驚かされました。高い技術力を獲得し、より良い条件を求めて転職するというのが、韓国人技術者のスタイル。PMではなく、あくまでもSEとして職業人生を全うすることを選ぶ人が多いのです」そうした志向が強いこともあり、日本と韓国ではPMの責任範囲がかなり異なる。韓国では元請けから受注した開発ベンダー側にプロジェクト全体のPMとしての役割を求める。品質についても、エンドユーザーに了承してもらえるギリギリの品質で納品し、使ってもらいながらシステムの精度を高めていくのだ。「日本では完璧な状態で納品しなければクレームや今後の取引にも影響が出てしまうところですが、多少品質を落としてもスピーディに納品するという方法が許される風土が韓国にはあります。3分の1のスピードでシステム構築が可能なのは、そうした背景があるからです。とにかく、彼らはスピードが第一。SEとして自らの価値を高めようとする意欲も高く、その熱気にとにかく圧倒されました」

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