J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年12月号

Opinion 理念的インセンティブと管理者の実践が 自己啓発活性の鍵

組織構成員一人ひとりが自ら学ぶ制度が自己啓発支援制度である。しかし、その活性化には、システム化(=組織的アプローチ)が不可欠である。自ら学ぶ個人の多い組織にするには、何か必要なのだろうか。日本企業における自己啓発制度の歴史的経緯と課題について、データをもとに考察する。

金 惠成(きむ へそん)
大阪観光大学 観光学部 専任講師
1970年生まれ。2001年、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。2001年より現職。博士(経営学)。専門は人的資源管理論、人材育成論。現在の研究課題は、日本企業の経営グローバル化と人的資源戦略、地域における雇用政策と人材政策。

Ⅰ.自己啓発支援の展開と動向

近年、技術革新やグローバル化の進展等、競争の激化の中で、企業競争力の維持と強化を図る長期的人材育成施策の1つとして、自己啓発支援制度への期待が高まっている。自己啓発によって人的能力を養成することは、企業組織全体を活性化する。また、企業が、従業員の幅広く高度な専門知識の修得を支援することは、企業のイメージを高め人材確保につながる。さらに自己啓発支援という幅広い多様な能力を身につけられる機会を設けることは、従業員の企業への帰属意識を高め、業績や成果を高めることにもつながる。しかしながら、自己啓発への企業支援は経営戦略やそれに基づく人事戦略との連動というより、場当たり的に展開されており、システム化されていないのが現状だ。企業は従業員を通じて人的資源を得ているのであり、長期的な視点に立つ展開によって、従業員の能力を発揮させれば、企業が期待する業績を確保することができる。その状態をめざすために、以下では、自己啓発制度の導入から展開までの史的考察および現状分析を行うことにより、自己啓発のシステム化における課題を考える。鍵は、従業員の意欲。自己啓発は従業員自身が主体なので、意欲がなくては効果がない。従業員を動機づける企業支援が求められるのである。

●自己啓発の史的考察

日本企業の自己啓発支援は1960年代の能力主義を重視する風潮の高まりと関係している。この高度経済成長期に企業はさらなる飛躍をめざし、量から質へと経営姿勢を転換し、従業員個人の能力を向上させるため積極的に教育訓練に取り組む。また、貿易や資本の自由化、技術革新が進む中、1968年日経連が報告書「能力主義管理」で能力主義管理の必要性を主張すると、従業員個人の能力開発として自己啓発が注目されるようになる。能力主義管理が従業員個人の管理に重点を置いていることから、その推進において従業員の自発的学習が最も効果的であるという認識が次第に深まり、自己啓発の重要性が強調されるのである。石油危機に見舞われ低成長期であった1970年代には、国際化の進展に対応するための人材開発ニーズが高まり、従業員個人の潜在的能力をいかに発見して引き出し企業成長に資していくかが経営課題となるが、短期で開発することが困難であることから、長期的な視点に基づく人材開発体系を検討・実施していくようになる。アメリカからCDP(キャリア開発プログラム)が導入され、通信教育等自己啓発を行う人への支援が積極的に行われるなど、自己管理の動きが見られる。そして技術革新や情報化等、企業内外の経営環境が大きく変容する1980年代には、日本的雇用慣行の変化の可能性が見られる中、生涯学習の観点から中高年者の職業能力開発に関心が強まる(図表1)。企業の自己啓発支援も人事考課と連動し、主に中高年者に対して行われる。1990年代にはバブル経済の崩壊による低成長の中で、個々の企業においても雇用慣行が変化し、人事制度においても成果主義が導入される。また、CDPを用いた変化に柔軟に対応できる人的資源開発や、経営戦略と関連させた従業員の能力開発が展開されるようになる。1995年5月、日経連は、報告書「新時代の『日本的経営』」において、企業のニーズに合った能力開発の方法を構築する必要性を訴え、それを具体化すべきものの1つとして自己啓発の導入を提言する。また、旧労働省は1996年度「労働経済の分析」報告において、国際競争の激化や技術革新による構造転換が進む中で成長を確保し雇用の安定につなげるには、新しい分野の開拓を担う人材育成が重要であること、その対応のあり方として自己啓発支援の必要性を強調する。さらに、1990年代後半から今日に至るまで、能力・成果重視の傾向等、日本的雇用慣行の変化を踏まえ、労働の流動化に対応するための、企業と労働者双方による専門能力の育成・伸張や創造力の育成が強く求められる。企業にとっては、優秀な人材の確保や従業員の市場価値の向上は競争力強化につながる。従業員にとっては、職業生涯設計に基づく能力の向上や学習は自己実現につながるということである。この時期の企業の自己啓発支援実施率は、1997年の産業能率大学総合研究所調査によると90.0%。これが厚生労働省調査によると、2004年には80.5%、2008年と2010年ではそれぞれ79.7%、62.2%と減っている(図表2)。また、労働者個人の自己啓発活動においても実施率は1998年旧労働省「民間教育訓練実態調査」では59.8%であったが、2008年には58.1%、さらに2010年には41.7%まで減少。いったん上がった自己啓発への波が、2008年のリーマンショック等による景気低迷でまた落ちてしまっている。経営環境の変化に対応するための能力開発として実施されてきている自己啓発が、長年の経済低迷により、システムとして定着されないままなのである。

●変化に対応していない施策

さらに、企業内における自己啓発の近年の特性を見ると、まず、OJTとの関係において変化が見られる。これまで自己啓発は、Off-JTと同様、企業内教育の中心であるOJTを補完するものと扱われてきた。しかしながら、計画的OJTの実施率が増えると、自己啓発支援の実施率が減るという代替関係を見せる(図表2)。自己啓発支援の実施率の増減は景気の影響を受けて大きく振れ、不安定だ。また、能力開発に関する企業方針にも変化が出てきている。能力開発を行う責任は企業と労働者本人のどちらにあると考えるかについては、「労働者責任」と答える企業が2003、4年頃を境に緩やかに増え、「企業責任」とする数値は落ちている。能力開発の対象者に対する考え方も、従業員全体重視から選抜重視へと2006、7年を境に移行(図表3)。長期雇用の前提のもとで行われてきた集団的教育訓練から、従業員個人、もしくは選抜のうえでの集中的能力開発へと変化しているのだ。こうした変化があるにもかかわらず、企業の導入例を見ると、企業の自己啓発支援制度は対象やねらいにおいて強い年功性が見られる。図表4で挙げた全20社の中で年齢や勤続年数、学歴といった年功的要素を支援対象の基準としている企業は12社と最も多く、次いで全社員6社、特定の職種4社、特定の職階2社となっている(年功的要素と職階または職種両方を基準としている企業4社は2回カウントしている)。そして、年功的要素を対象としている企業の場合、若手ではなく主に中高年齢者を対象に、金銭面での支援により、中高年の能力開発や能力のある人材確保をねらっている。これに対し職階を対象とする企業では、役員養成や創造性・チャレンジ精神の醸成を目的とするなど、専門性や創造性の高い人材育成を行っている。若い世代や、会社の将来を考えたうえでの、長期的ビジョンに基づく育成が行われていることが推測される。以上より、自己啓発制度は、生涯学習の一環や長期人材育成策として導入された経緯を持つが、企業の人材育成を集団管理から個人管理へ移行させることに拍車をかけた。また、自己啓発本来の性質である従業員の自主性を強化するものとなっているといえる。しかしながらその展開においては、対象者や支援内容において年功性が強く、OJTの代替的なものとして用いられる傾向があり、長期的ビジョンに基づいているとはいいがたい。ここに自己啓発が企業内でシステムとしてあまり定着していない理由があるのだろう。今後自己啓発が、生涯学習社会実現への貢献や長期的人材育成としてシステム化されるには、経営戦略や人事戦略と連動した支援策が求められる。

Ⅱ.組織文化の形成による自己啓発システム化

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