J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年03月号

Column イノベーションを生む才能 「日本人のアイデンティティ」が生んだ レディー・ガガの靴


舘鼻 則孝氏( たてはな のりたか)
1985年生まれ。15歳から靴や服の制作を独学で始める。東京芸術大学で染織を専攻。卒業制
作として作った靴がレディー・ガガの目に止まりデザイナーとしてデビュー。Museum at FIT NYに
も作品が永久収蔵されている。『NORITAKA TATEHANA』デザイナー。








[取材・文]=熊谷 満 [写真提供]=NORITAKA TATEHANA

「僕が日本人だから成功したんです、あの靴は」

レディー・ガガに認められ、無名のデザイナーが一夜にして成功を収めるという、まさに“シンデレラボーイ”ストーリー。ただし、浮ついたところは感じさせない。なぜ成功できたのかーーー半歩引いて、自らを客観的に見つめる眼が印象的だ。

鎌倉で生まれ育った。幼稚園時代は「一日中、一人で草むらを眺めているような子ども」だったという。もともと人と話すのは得意ではない。園児の自主性を重んじる幼稚園だったので、それも個性と周囲も見守ってくれたが、公立の小学校に上がるとそこはまるで別世界。集団行動が求められ、その環境に萎縮した。しかし、先生に絵をほめられたことをきっかけに友だちも増え、自分の居場所も見つかっていったという。

「僕の場合、ものをつくることが他者とのコミュニケーションの原点。つくって、誰かに認められ、それを通じて世界が広がる。これは今の仕事と同じなんです」

ファッションデザイナーをめざしたのは高校生の時。最初は表面的な華やかさに惹かれたが、アートの中でも人が身にまとうファッションとは、他者とより密接にかかわれるコミュニケーションツールであると気づいた。ただ、その前に立ちふさがったのが、自分が日本人であるという壁だった。「ファッションの本場は欧米です。日本人である僕が活躍するには、やっぱり人種的にも文化的にもハードルが高い。じゃあ、世界で活躍するためにどうすればいいか。その答えが“日本を学ぶこと”だと考えました」

高校卒業後、舘鼻さんは東京芸術大学に進み、染織を専攻する。選んだのは友禅染。江戸時代から伝わる日本古来の染め物技法だ。自身のブランドをつくることを心に秘めながら、大学で現代の歌姫レディー・ガガが愛用する“ヒールレスシューズ”。そのデザインをしたのが若き日本人デザイナー、舘鼻則孝さんだ。かかとがないという、これまでの靴の概念を超えた靴。世界を驚かせたその発想はどのように生まれたのか。独創的な創造が生まれるストーリーを聞いた。は4年間地道に染め物を学ぶ。また、同時に浮世絵などさまざまな伝統文化への造詣も深めた。

最先端のために、伝統に目を向ける。グローバルであるために、日本人としてのアイデンティティを確立させるーーーこの高校時代の発想が後の成功を招くこととなる。

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