J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2010年09月号

中原 淳の学びは現場にあり! 第2回 緊張感とモチベーションの維持で車内清掃の現場を“新幹線劇場”に

東京駅で、東北・上越方面の新幹線の清掃をすべて担当する鉄道整備(TESSEI)。
7分間ですべての清掃を終える技術力だけでなく、美しい所作は海外からも取材がくるほど。“魅せる清掃”が、どのように生まれたのか検証します。

中原 淳(Nakahara Jun)氏
東京大学 大学総合教育研究センター准教授。
「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。
Blog : http ://www.nakahara-lab.net/blog/
Twitter ID : nakaharajun

鉄道整備(TESSEI)

取材・文/井上 佐保子、写真/真嶋 和隆

“魅せる清掃”が変えた超特急清掃の現場

今回、お邪魔した鉄道整備株式会社(TESSEI:テッセイ)は、JR東日本のグループ会社で、東北、秋田、山形、上越、長野の5路線の新幹線の清掃と、東京、上野駅のホーム・コンコース等の清掃を手掛けています。

ところで、東京駅に停車中の新幹線の車内清掃にかけられる時間は何分だと思いますか?

ターミナル駅である東京駅では到着した列車は車内清掃して、すぐに折り返し発車するのですが、その間なんと12分。そのうち乗客が降りるのに2分、乗るのに3分……つまり、清掃の時間はわずか7分しかないのです。まさに超特急清掃。しかも、雪や事故の影響でダイヤが乱れることもある。混雑で乗客の乗降が遅れるなどの不測の事態は日常茶飯事。何があろうと7分以上はないのですから、緊張感の伴う仕事です。

とはいえ、清掃作業というのは、どちらかというと地味で単調な仕事。僕も、一応、家の掃除くらいはするのですが、「やらなくては」と思っても、どうもモチベーションが上がらないんですよね……。重い腰を上げるのは、「もうこれ以上汚くなるとさすがにマズイな」と思う時だったりします(笑)。その点、今回伺った現場では、働く人の緊張感とモチベーションを維持する仕組みがうまく機能していました。

TESSEIでは、車内清掃という仕事を、“魅せる清掃”に、その現場を“新幹線劇場”に、変えたといいます。果たして“魅せる清掃”とは?

そこで働く人にはどんな“学び”があったのでしょうか。

「礼」を大切にする“魅せる”清掃

東京駅でTESSEIが清掃する新幹線は1日約120本。毎日約220名が作業に携わっています。清掃作業はチーム単位で行います。通常、1チーム22名で1編成(10両または12両)を担当します。各車両につき清掃担当が1人、トイレにも1人。その他に現場を監督する主任が2人、チームリーダーである主事が1人、といった構成です。主事は、無線で新幹線の運行状況や作業の進捗について指令室や主任と連絡を取り合いながら全体を監督する役割です。

早速、車両清掃の現場となる新幹線のプラットホームに伺うと、黒いストライプのシャツに身をつつんだ清掃チームの方々がすでにそれぞれの持ち場について、新幹線の入線を待っています。

新幹線が入ってくると、なんと全員が揃って新幹線に向かって深々と頭を下げました(P46写真)。非常に礼儀正しい印象です。ドアが開き、乗客が次々と降りてくると、今度はお客様にも一礼。スタッフはごみ袋を持ってドア横に立ち、「お疲れ様でした。ありがとうございます」と乗客からごみを受け取ります。全員が降りたことを確認し、スタッフは掃除用具を手に一斉に車内に乗り込みます。「車内清掃に入ります」とのアナウンスがあり、ドアが閉まると、いよいよ7分間の清掃作業の始まりです。てきぱきと椅子を元に戻し、散らかったお弁当の残骸やビールの空き缶を片づけ、カーペットに掃除機をかけ、窓のサッシを拭いて……といった清掃作業が手際よく行われていきます。流れるようにスムーズな動きは、さすがプロ。

作業が終わったスタッフは次々とホームに降りてきます。お客様が乗り込んだ新幹線に対して、整列し心を込めて一礼後、一列になって線路下にある待機所へ。ごみを捨てたり、雑巾を洗ったりして次の現場へ出動するための準備を終えると、チームごとすぐに次の現場へ移動します。時々休憩が入るとはいえ、1チーム1日平均18から20本をこなすハードな仕事です。見学をさせていただいた時間帯は4分間隔で次々と新幹線が入線し、大忙しでした。しかし、その作業の様子はバタバタしておらず、テキパキとした動きの中に「一礼する」、「整列する」といった止まる動作が入っていることで、むしろとても丁寧な印象。なるほど“魅せる清掃”です。

新幹線に向かって一礼する姿は、目にする側も気持ちがいいものだが、実は安全上の意味がある。時速70kmのスピードで入線する新幹線に向かって一礼して車両を意識することで、接触事故を防いでいるのだそうだ。

「No」といわずに自ら考える社員を育成

TESSEIは、どうしてこの“魅せる清掃”にたどりついたのでしょうか。常務取締役経営企画部長の矢部輝夫さんに話を伺いました。

2005年の4月に鉄道整備に着任した矢部常務。当時の社員の平均年齢は58歳。男女比は半々、6割がパート社員でした。さまざまな人生経験、バックグラウンドを持った人が集まっており、価値観も仕事に対する意識もバラバラ。仕事の厳しさもあって、決してモチベーションの高い職場とはいえませんでした。矢部常務は、新幹線の車両清掃を7分で行う、その技術力とプロ意識の高い社員の力をさらに引き出すことで、もっとやりがいを感じて欲しいと考えました。

矢部常務がまず取り組んだのは、社員からの提案に「Noといわない組織づくり」。現場から提案を上げることを推奨し、上がってきた提案はどんなものでも取り上げ、真摯に応えました。

実際に社員からの提案によって誕生したのが、2005年11月に結成されたコメットスーパーバイザー(CSV)です。CSVは駅構内を巡回し、困っているお客様のサポートを主に行うチームです。これは「清掃作業中にお客様から尋ねられても、きちんと対応できずに困る」という意見から生まれました。

こうして、提案すれば実現するということがわかると、「お子様に配るグッズをつくろう」「クリスマスにはサンタの格好をしよう」といった提案が自発的に上げられるようになり、次々と社員自らの手で実行に移されました。

このように、現場発の企画や提案を会社が後押しすることが、社員の自信となり、「自ら考え、自ら実行する」社員の育成につながっていきました。

仕事に対する意識変革が「人」の力を引き出した

次に矢部常務は、いかにも清掃員といった制服を変更することを提案しました。しかし、この提案に社員は猛反対。それでも矢部常務はあきらめず、現場に何度も足を運んで説得を重ねました。「社員を前に『あなたがたは世界に冠たる新幹線を、清掃という面から支える技術者であるということを誇りに思うべきだ』と語りかけたら、目をキラキラ輝かせたんです」“新幹線劇場”のキャストにふさわしい、存在感のある新しい制服は、徐々に受け入れられていきました。

制服を一新したことで、乗客から気軽に声をかけられるようになり、仕事の意識にも変化が生まれました。自然と乗客からの視線を意識するようにもなり、「プラットホームでの一礼を全員揃って行う」、「出場、退場はきちんと整列する」といったことが、自発的に行われるようになったのです。

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