J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年07月号

TOPIC 1 一流とのプロジェクトで入社間もない新人を鍛える ~丹青社「人づくりプロジェクトSHELF制作研修」レポート~

学生から社会人になったばかりの新入社員に、いきなり一流のプロと実際にモノをつくるプロジェクトを経験させる会社がある。商業施設や、博物館・美術館、イベントなどの「空間づくり」を行う丹青社だ。「人づくりプロジェクトSHELF制作研修」と名づけられたその取り組みで、新人たちは何をどう苦労し、学びを得るのか。

丹青社
設立1959年。「空間づくりのプロフェッショナル」として、商業空間や文化空間・イベント空間等々の企画、デザイン・設計、制作・施工、運営等を行う。
資本金:40億2,675万657円(2012年1月31日現在)、売上高:520億400万円(2012年1月期・連結)、従業員数:1,085名(連結)木工や金属加工職人ともしっかりと話し合い、形づくっていく。

[取材・文] = 編集部 [写真] = 編集部、丹青社提供(撮影:井原悠一、ピップス 御園生大地、尾鷲陽介、飯島見峰)

人をつくるモノづくりプロジェクト

2011年9月27日~ 10月5日、ある展覧会が東京某所で行われた。展示されているのは、写真のような特殊な形をしたシェルフ(棚)。どれも洗練された形をしており、身近なインテリアショップで購入できそうなものではない。

展覧会の主催者は、商業施設や博物館・美術館、イベントなどの「空間づくり」を行う丹青社だ。

どの棚も、芦沢啓治氏や長岡勉氏、寺田尚樹氏など、世界で活躍する一流のデザイナーと、一流の職人による作品だが、これらが新入社員研修の成果物というのだから驚きである。

展覧会の名は「人づくりプロジェクト SHELF展」。同社が2009 年から行っているプロジェクト型新入社員研修「人づくりプロジェクトSHELF 制作研修」(以下SHELF研修)の成果物をまとめて展示したものだという。

同社では2005 年頃から、新入社員が電話台などの什器をつくる研修を行ってきた。なぜ、モノをつくるプロジェクト型の研修を行うようになったのか。背景にある問題意識について、経営企画統括部 人材企画室室長の松村磨氏は語る。

「 7、8年ほど前、私が技術部門に所属していた頃、あるクレームの処理を担当しました。現場を見てみると、守らなくてはならない品質へのこだわりが薄れているなと感じました。当社のベテラン社員が現場をずっと見ていたにもかかわらずそれは、初歩的なミスの発生につながっていた。当社の経営者はこのことに強い危機感を抱き、改めて、品質・時間・コストといった、我々の仕事の基礎を、最初の段階からやり直さなければならない、と感じたのです」

この危機感は、松村氏が人材企画室に異動したのち、教育施策に結実する。その1つが「SHELF研修」だ。

品質・時間・コストといった「仕事の基礎」は、新入社員の頃から知っておくべきであり、しかも身をもって学ばなくては意味がない――そうした考えから、同社の普段の仕事に近い“プロジェクト型”の研修を行うようになったのである。

この研修での新人の役割は、連絡、調整、進行管理や軌道修正を行うプロジェクトマネジャーといったところ。デザイナーが考えたコンセプトを、協力会社の金物職人や木工職人に伝え、形づくっていけるよう、主体的に手伝う。同社の営業・デザイン・制作各部門の社員が担う役割そのものを、入社早々体験させるものだ。

一流の専門家と棚をつくる8週間

具体的には、デザイナー数名と、新入社員がチームとなり、GW明けから6月末の約8週間で、それぞれ別の形の棚を制作していく。デザイナー1名(または1デザイン事務所)に対し新入社員1~4名=1チーム。2011年は新入社員が総勢9名で5チームが制作し、2012年は17名で9チームである。チーム分けは人材企画室が決める。

成果物である棚には、

・ 基本的には金属と木材、両方を組み合わせる

・ 大きさは幅2500㎜、高さ2000㎜まで

などの与件(条件)が決められている。

SHELF研修の流れは以下の通り。ビジネスマナーを含めた人事部主催の導入研修が終わる4月末からスタートする。

● デザインプレゼン(4月末)

まず、デザイナーたちがどんな思いからどんな棚を作りたいのか、デザインコンセプトのプレゼンが行われ、新入社員たちはそれを集中して聞く。その後、人材企画室によるチーム分け発表。チームとなった新入社員とデザイナーは顔を合わせ、最初の打合せ日を決める。

● 制作期間(GW明け~6月末)

GW明けから制作が始まる。デザイナーによっては、新入社員の意見も聞きながら、コンセプトの詰めや深掘りから行うことも。6月末までに、実施設計→施工図作成→金物工場での制作→木工工場での制作→調整(→検査)と進めていく。当然、スムーズに進むわけはなく、新入社員たちはさまざまな壁にぶち当たる。

● 役員プレゼン(7月3週目)

棚が出来上がったら終わり、ではない。プロジェクトの成果をまとめて発表する「役員プレゼン」が控えている。7月上旬より資料の準備をし、3週目に発表するが、良い振り返り、学びの機会となる。

何に苦労し、何を学ぶか

いきなりの大仕事で、新入社員たちは当然戸惑い、大変な苦労に見舞われる。しかし、もがき苦しみながら、大切なことを学ぶ。

「始まってしばらくは、どこからどう始めればいいのか全くわからず、自分の置かれた状況に何度も不安と焦りを覚えました」(2009 年受講者・片倉基也氏)――自分たちが何をわかっていないかがわからない、というのが正直な感想だろう。

棚が特殊な形状なのは、デザイナー・建築家が心から作りたい「作品」であるため。世界に発表しようとするものであり、“丹青社の新人の練習用”ではない。よって、協力会社の工場に、「こうしたものを作りたい」と制作図を持っていっても、「こんな形状、処理は技術的に無理」といわれてしまうこともしばしばだ。そんな事態になれば、彼・彼女らが別の方法やアイデアを、デザイナーや協力会社に提案しなくてはならない。専門書を読み漁ったりと、とにかく必死に情報収集をすることになる。

図面も引かされる。新入社員の中には、もちろん建築やデザインについて大学などで学んできている人もいるが、そんな人ばかりではない。「図面を描いたことなんてなかった」とは、2011年の受講者、文系出身の二見志穂氏の言葉だ。

「デザインを制作図面にして、正確な情報を(デザイナーの)芦沢氏や協力会社に説明する。これだけでも大仕事だったのです。打ち合わせをしながら何度も図面を書き直し、聞いたことのない専門用語と戦い……。日々緊張感を持って、多くの方々と接していたのを覚えています」

技術的にわからない、知らないことに加え、チームメンバー、デザイナー、職人など「多くの人と協働する」ことも、3月まで学生だった彼・彼女らにとっては新しいことだ。

「建築学科に属していた学生時代は、自らの興味・関心、自身の創作だけに集中し、向き合える時間でした。ただこの什器研修は、デザイナーの方と協力会社の方々、それぞれの思い・考えを把握し、自らの意見に消化していく社会人最初の期間。個人の思いを実現するだけでは済まなくなるということです」(2011年受講者・大塚知明氏)

焦りのあまり一番大切なものを見失う

そして、新入社員たちがSHELF 制作で最も陥りがちなのが、「細部にこだわり、本来のコンセプトを忘れること」である。2011年のSHELF研修で、小林幹也氏デザインの「Be」という作品を制作したチームは、特にそのことで苦心し、また成功体験を得た。

チームメンバーの1人、大塚知明氏(前出)は、こう振り返る。

「私のかかわったチームでは、チーム内での協力方法、工程・予算調整、技術的な問題など、問題が出るその都度、1つのことに苦心するあまり、納期も予算も全く合わないという状態が後半まで続きました。途中、コンセプトに立ち戻り、客観的な視点で何が重要で、そしてその重要なことは何によって維持できるのかを考え直すことで、それまで別々に考えていた事柄が連携し始め、完成に至りました」

具体的にはどういうことだったのか、制作過程を追っていく。

「 Be」は、引き出しが積み重なり、側面がステンレスの鏡面で覆われている(右上写真)。どんなところに置いても鏡面が周りの姿を映し込むので空間に溶け込み、引き出しが浮かび上がる。そのことで、「引き出しを開けるという何気ない行為の中に埋もれた、モノと人との距離感を気づかせる」(チームメンバー・杉山一樹氏)のが、このSHELFのメインコンセプトである。

デザイナー小林氏の原案では、引き出しが2列10段、20個もあるものだった。そこでチームメンバーは、何とか原案の引き出しの個数をコスト内で収めて作り上げようと、コスト計算に明け暮れた。

しかし、何度計算してもコストが合わず、計算を重ねることで日々が過ぎていく。「全体の大きさを縮めるか」「引き出しを10 段にするか、いや12 段か」――議論は平行線のまま、納期が迫ってくる。

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