J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年04月号

PDCAのプロセスに 巻き込み、体験させてこそ 人の能力は培われる

知る人ぞ知る、「世界の優良企業」がある。産業用電機メーカー、エマソンだ。
家電部品から大型の製造機械まで5事業を手掛ける同社は、
なんと1950年代半ばから約半世紀にわたり、ほぼ連続して増収を続けている。
米国に本社を持つ企業ながら、その人づくりは極めて日本的な一面を持つ。
高業績の裏には、「PDCAサイクルを回す」ことの徹底と、その中での人材育成があった。


土屋 純氏
生年月日 1950年10月9日
出身校 一橋大学経済学部
主な経歴
1974年4月 三菱商事入社
2000年12月 人事部長として日本エマソ
ンに入社
2006年11月 代表取締役就任
現在に至る

日本エマソン
エマソン・エレクトリック社の100%子
会社。1961年に日本に進出し、プロセス
制御、インダストリアル・オートメーシ
ョンなどを中心に、現在、16の事業を日
本で展開している。日本での製造拠点は
4カ所あり、制御弁、超音波溶着機など
では日本市場でもトップシェアを持つ。
資本金:3億円、従業員数:約600名(子
会社を含む)(2010年3月現在)

インタビュアー/西川敦子
Interview by Atsuko Nishikawa

写真/柚木裕司
Photo by Yuji Yuki

「日本的人づくり」が高業績を生み出す

――エマソンは、社員数約13万人という巨大企業でありながら、半世紀近くにわたって連続増収を維持していらっしゃいます。大企業病に陥ることなく、増収増益を続けられるのはなぜでしょうか。まずは貴社の企業風土からお聞かせください。

土屋

よく皆さんに驚かれるのですが、エマソンはある意味で非常に日本的な会社なんです。本社は米国ミズーリ州セントルイスにあります。同じ米国企業でも、西海岸にある自由な雰囲気のIT系企業と、エリートが集まる東海岸の金融系とでは全く文化が違うんですよね。エマソンのある中西部はどうかというと、業績の高い機械メーカーや素材メーカーが本社を置いている。そしてこれらの企業には、1980年代に脚光を浴びた「日本的経営」を導入しているところが多い。当社はまさにそうした会社の典型例かもしれません。正確にいえば、日本的というより「かつての日本企業的」な文化と米国的価値観がミックスされている感じでしょうか。そういう文化を守ってきたからこそ、高業績を維持できたのだと思います。――具体的にはどんなところが「かつての日本企業的」なのですか。

土屋

まず、社員の定着率がいい。人材を長期にわたって育成する。そのために、ジョブローテーションをしっかりと組んだりしています。

それから、トップと社員の距離も近いです。たとえば当社のCEOはデイビッド・ファー(David Farr)といいますが、社員は誰も彼を「Mr.ファー」とは呼びません。日本人の我々も普通にデイブとかデイビッドなどと呼びかける。そういう心やすさ、親しみやすさを持つことを、経営幹部全員が心がけています。

日本企業にもかつてはそんな面があったのでは。社長が社員食堂で社員とランチしたり、工場に行って技能工と話したり、などですね。今はむしろ米国企業の社長のほうが、社員と近い関係かもしれない。――巨大組織になればなるほど、階層が細分化され、トップと社員の距離が開きがちです。

土屋

ですからエマソンではトップが社員に対し、直接、かつ可能な限り率直に、会社の状況を伝えるようにしています。全員に会社の現状を認識してもらい、目標にコミットしてもらうためです。

当社には5つの事業セグメントがあり、国をまたぐ形でそれぞれ数万人の社員を擁しています。しかし、事業部トップたちは直接みんなにメッセージを伝えるべく、常に世界中を駆け巡っていますよ。

この姿勢は日本エマソンにおいても同じです。本社トップ、事業部トップのメッセージを忠実に、そして、できるだけface to faceで社員に届けるよう心がけています。――多くの日本企業が失った「コミュニケーション重視の文化」が生きているということですね。

土屋

そうです。上司と部下の関係についても同様です。最近の日本企業では、隣にいる上司にメールで業務報告をするといったことがよくあるそうですが、かつてはそんなことはなく、もっと一体感があった。当社ではその一体感がいまだに続いているといえます。

というのもエマソンには、「この会社で働く人間は、誰しも十分に訓練を受けた上司のもとで働く権利がある」という経営哲学があるんです。十分に訓練を受けた上司――私は「正しい上司」と呼んでいますが、これはどういう上司かというと、まず、人として当たり前の倫理観を持っている人。それから、部下ときちんとコミュニケーションできる人を指します。

ほったらかしにしていたら部下は絶対近寄ってきません。「オープンドアポリシー」という言葉がありますが、ドアを開けておいたって自分から入ってきたりしない。もっとも緊急事態になれば飛び込んでくるでしょうけど(笑)。その前に上司から出て行って歩み寄らなくては。

上司は「わからないことがあれば聞きに来い」という態度ではなく、自分から「君のレポートを読んだけど、わからないところがあるから質問してもいい?」などとアプローチすべきです。――ミドルと若手のコミュニケーション不全により、今多くの職場で、意思や技能伝承の分断が起きています。エマソンでは、「上から下へのコミュニケーション」を全社で徹底し、こうした分断を防いでいるのですね。

土屋

ただし、上司と部下は近づき過ぎると癒着してしまう。ほどよい距離感を保つことが重要です。

特に当社の場合は中途採用が多いので、ほとんどの部下がすでにあるレベルまで育っているわけです。ですから上司にしてみれば、育成は我慢との戦いになる。近づきたいところをぐっとこらえなければいけないこともある。

我慢、というのはほうっておくことじゃないんです。そうすると無視することになる。かといって介入し過ぎれば、部下は自分の頭で考えなくなります。

大事なのは、会社の方向性や役割、目的意識をしっかり共有させたうえで、あとは本人の自由にさせること。「あっちの道から行っても、こっちの道から行ってもいいけど、ゴールを見失っちゃダメだよ」と呼びかける。そして部下が方向を間違えそうになったら、すばやく軌道修正する。つまりガイド役ですね。――そうしたリーダーシップを醸成するために、どんなトレーニングを行っていますか。

土屋

部下とのコミュニケーションについては、研修にも組み込み、しっかり指導するようにしています。「ポテンシャルのある部下の力を引き出すには」とか、「問題を抱えた部下をうまく育てるには」といったケースごとのアプローチを学んでもらう。

それでもうまくマネジメントできない場合は、「能力開発ニーズ・アイデンティフィケーション」というプログラムを利用します。受講の際は独自のツールを活用します。これは各自が簡単に自分の弱点を発見し、それに応じた講座を探せる仕組みになっています。上司からその人に役立ちそうな講座を勧めることもありますね。

とはいっても、もともとコミュニケーションが上手な人もいれば下手な人もいる。資質の問題はやはりありますよね。別に口のうまい人間がコミュニケーション上手というわけじゃない。「言葉を弄することはないけれど、あの人の話には耳を傾けてしまう」なんてこともあるわけです。そう考えるとコミュニケーション力とは、「人間性」といい換えることもできるかもしれません。

なお、事業ユニット責任者の業績考課は、それぞれが管轄するユニットの業績次第となっています。個人業績は一切反映させません。よく「アレオレ詐欺」――「あれ、オレの手柄」と部下の功績を横取りする上司の常習犯がいるじゃないですか。当社ではそんなやり方は通用しないんですよ。

行動志向、スピード志向の人材づくりがカギ

――これまで、エマソンの「かつての日本企業的」な面をうかがいましたが、米国的な面はどんなところですか。

土屋

「行動志向であること」「スピードを重視すること」。この2つだと思います。いずれもエマソンが持つ元々の文化ですが、前者については私自身の体験と重なるところもありますね。

実は前職の三菱商事時代、人材会社に出向していたことがあるんです。自分がいい出した企画だったので、私も責任を担うことになった。当然ですが、親会社の「看板」も使えないし、本社にいた頃と違い、なんでもかんでも自分でやらないといけないわけですね。おかげで「自ら動かない限り、結論は出ない」ということを、身をもって学びました。あの時、自分の背骨ができた気がします。――スピードを重視している理由は。

土屋

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