J.H.倶楽部

無断転載ならびに複製を禁じます。なお内容は取材・掲載当時の情報です。

月刊 人材教育 2012年08月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 世界でいちばん人材が成長する会社へ

東洋哲学をビジネスという観点から捉える時、西洋哲学とは明確に異なる点があると私は考えています。前回、西洋の哲学は現在の社会やビジネスの制度の最上流にある「原子や分子」のようなもの、と説明しました。西洋の哲学は、産業技術や資本主義社会と確実につながっている、というのがその意味です。しかし、東洋思想・哲学は、現在我々が受け入れ、親しんでいる産業技術や資本主義社会を直接産んだわけではありません。この点が大きく異なります。ウイスキー、ビール、ワイン、ソフトドリンク……。おいしさとブランド力が際立つ消費財やサービスを提供し続けているサントリーホールディングスは、創業者の言葉に由来する「やってみなはれ」の精神で、常に新しい価値づくりを行ってきた企業だ。この長年にわたり培われてきた挑戦者精神を地で行くのが、人事本部でキャリア開発部課長を務める田端昌史氏。入社以来、複数の課題に挑戦してきた田端氏は、難問に直面した時には“本質”を徹底的に考え抜くことで、打破することを信条としてきた。そんな田端氏に自身の仕事観・人材育成観を熱く語っていただいた。

田端 昌史(Masashi Tabata)氏
人事本部 キャリア開発部 課長
1993年入社。営業推進本部配属。1994年広域営業本部へ組織変更。1995年東京支社営業企画部(当時)。1999年人事部東京支社。担当は、採用・研修・労働組合・昇格候補者試験など。2004年宣伝事業部企画部に異動となる。2006年サントリーパブリシティサービス出向。企画開発部課長、管理本部部長歴任。2010年より現職。

サントリーホールディングス
1899年創業。洋酒、ビール、清涼飲料水等の製造・販売等を行う。2009 年4月1日持株会社制に移行。サントリーホールディングス株式会社を設立した。
資本金:700 億円、連結売上高:1兆8028億円(2011年度)、グループ従業員数:2万8532名(2011年12月31日現在)

取材・文・写真/髙橋美香

信頼関係の大切さを学んだ営業時代

「 大学生の頃、サントリーの監査役の方が短期集中講座としてマーケティングの講義を行っていたのですが、その講義がとても面白くて。講義で話されているようなことを仕事にしているサントリーは、きっと仕事も楽しいのではないか。そんなイメージを持ったことがきっかけで、就職でサントリーを意識するようになりましたね。もちろんお酒が大好きだったのが本当の動機ですが(笑)」

自身が入社前に抱いた思いをそう振り返るのは、サントリーホールディングスの田端昌史氏だ。田端氏は、2010 年から人事本部 キャリア開発部 課長として同社の人材育成に注力。自身の成長や学びにも意欲的で、2006 年には社会保険労務士の資格を取得している。

田端氏がサントリーに入社したのは1993 年。入社当時から好奇心が旺盛だった田端氏は、履歴書に「営業も人事も宣伝も商品企画も全部やってみたい」、そう書いたという。

田端氏の入社当時、酒類は定価販売の時代。新入社員で田端氏が最初に配属されたのは、全国系のコンビニエンスストアやスーパーマーケットにアプローチして販売拡大をめざす部署だった。会社としても新しいビジネスに試行錯誤している真っ只中。そこへ新入社員を投入するのは、異例の人事でもあった。「 お店に営業に行くのですが、必ずしも店長がいるとは限らない。むしろ店長よりもパートの方がキーパーソンということも多々あります。あるお店の女性の方から、『私は関西弁の男は嫌いだよ』と唐突に拒絶されたこともありましたね(笑)。それでも毎日のように顔を合わせるうちに、仲良くなって、営業もスムーズに行くようになりました。最後には一緒にカラオケに行くほど打ち解けていましたよ」

試験的な取り組みで苦労も多かったというが、そこは“積極的な失敗”なら許される社風。店舗の方々と一緒に、消費者に商品を手に取ってもらう方法を日々考えるというやりがいのほうが大きかったという。

顧客からの信頼を一つひとつ積み上げていき、個店営業に充実感を持って取り組んでいた矢先、さらに異例の人事が行われることになる。

今度はチェーン本部の担当を任されたのだ。「社内からも得意先からも驚かれた人事だった」と振り返る田端氏。チェーン本部の担当は、1つ取引が決まれば、あらゆる店舗に自社商品が陳列される。食料品を扱うメーカーにとって、チェーン本部担当は、いわばビジネスの醍醐味が感じられる仕事。同時に、とても責任のある業務でもある。それ故に1年目の社員が担当に就くことは珍しかったのだ。「最初は前任者の時よりも売り上げが下がってしまい、苦労しました。本部担当は、通常その会社の中堅エースが担当するものです。若い私が担当になったことで、先方には不安に思われることも多々ありました。ある時は提出した資料を目の前で破られ、『もう出入り禁止だ!』といわれてしまったこともありましたよ」

一見すると理不尽な扱いを受けたように思えるエピソードだが、田端氏はあることに気づいたという。「私はお得意先様に誠意をもって接しているつもりだったのですが、サントリーの看板を背負っているという雰囲気がにじみ出てしまっていたのかもしれません。相手は仕事熱心で情熱的な方。きっと、サントリーの人間ではなく、一人の人間として信頼できる人物かどうかを見たい。そうお考えになっていたからこその対応だったのだと思います」「もう来るな」と一喝されたにもかかわらず、次の日から「新商品のサンプルをお持ちしました」と毎日めげずに訪問し続けたという田端氏。「必ず心を開かせてみせる」という信念の行動が、ついに相手に届き、取引のみならず、プライベートな交流にも広がっていった。

営業企画時代に磨いた本質を見極める力

営業の仕事で、人から信頼を得ることの難しさとやりがいを身をもって知った田端氏に、1995年、新たに辞令が出る。売上の予算実績管理や損益管理を実施する東京支社営業企画部への異動だ。

これまでの人と人とのコミュニケーションが求められる仕事から一転し、今度は戦略や数字と向き合う日々に突入することになる。初めての仕事だったが、ここでも持ち前のチャレンジ精神は健在。営業時代の知識もフルに使い、これまで誰も考えなかった独自の方法で予算を策定する方法を編み出したのだった。「予算は誰もが低ければ低いほどよいと思うもの(笑)。ただ全体としてはそうはいかない。みんなが納得できる考え方はないか。その点を徹底的に考えました。お酒の流通は複雑で、たとえば埼玉の店頭で買われる商品の一部は東京から運ばれたりする。その流れをデータ抽出し、予算編成に全社で初めて活かしました。

ある時は資料をつくり過ぎてエクセルの端まで到達してしまったり、夢の中でも、エクセルが出てきて、計算式の間違いに気づき、翌朝、修正したこともあったぐらいです(笑)。

私は、事象の本質を深く考えることが好きなんだと思います。本質はとてもシンプル。そこまで考えると解決の糸口が自ずと出てくることが多いような気がしますね」

田端氏の取り組みは上司も認めるところとなり、支社・支店への説明に同行して後押ししてくれた。「課長や部長は、私がやってみたいということを『面白いことを考えたようだからやらせてみよう』という寛大な気持ちで見届けてくださった。私が作成した資料に、部長が『よっしゃ。ようやった』と自分のハンコをポンと押してくださったことは今でも覚えています。あの時は本当に嬉しかったですね」

田端氏のやる気を尊重してくれたという当時の上司は、さらに田端氏にマネジメントや人材育成の大切さも気づかせてくれた。「面談の時には、『今年の田端の目標は、この計算方法を確立させることだから、絶対やり遂げよう』と励ましてくれました。出来上がった時には、『おめでとう!』と一緒に喜んでくれましたしね。

それに、仕事の面だけでなく、リーダーシップ、マネジメント、チームワークについてレポートを書くという課題を出してくださったこともあります。当時のレポートを読むと、的外れなことが書いてありますが、考えるきっかけを与えてくださったことや、部下に向き合う姿勢は、その方が教えてくださったといっても過言ではありません」

こちらはJ.H.倶楽部会員限定記事です。
ご入会後、続きをお読みいただけます。

残り:2,146文字

/

全文:4,291文字

【入会・年会費無料】

J.H.倶楽部は人事の仕事に役立つ特典が満載です!

  1. 総数2000本以上の人事の実務に役立つ記事(※)が閲覧可能
    ※専門誌『Learning Design』(旧『人材教育』)の記事
  2. 新サービス・お役立ち情報(調査報告書・ホワイトペーパーなど)の先行案内
  3. 会員限定セミナーへのご招待/講演動画・配布資料の閲覧
  4. 興味関心に沿った必読記事を、メールマガジンでお知らせ!