J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年11月号

TOPIC ① ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス氏来日シンポジウムレポート ビジネスと社会性の融合が生み出す可能性

世界の貧困や人権侵害などの解決に、ボランティアではなくビジネスを通じて貢献する「ソーシャル・ビジネス」が今、注目を集めている。その火つけ役ともいえるのが、貧困層への融資を行うグラミン銀行の創設者であり、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏。そのユヌス氏を招いて、2012年7月24日に日本財団にて開かれたシンポジウム「ビジネスと社会性の融合が生み出す可能性」を紹介する。

ダイアローグ登壇者
●小林 陽太郎 氏 経済同友会終身幹事(元代表幹事)富士ゼロックス 元取締役会長 現国際大学理事長
●白木 夏子 氏 HASUNA Co.,Ltd. 代表取締役・チーフデザイナー
●久米 信行 氏 久米繊維工業株式会社 代表取締役社長
●高橋 正樹 氏 蒲鉾本舗高政 四代目社長 現企画部長
●本村 拓人 氏 株式会社グランマ 代表取締役

[取材・文] = 小玉 久仁子 [写真] = 本誌編集部

ユヌス氏を「触媒」に対話を

ソーシャル・ビジネスとは、環境や貧困などの社会的な問題解決に貢献しながらも利益を上げビジネスとして成立させることで、持続的なかかわりを可能にするものだ。近年、日本でも徐々に注目が高まり、3.11を機にさらに高まった感がある。

本シンポジウムでは、ソーシャル・ビジネスの生みの親ともいえる、ムハマド・ユヌス氏を招き、これから社会がどのように変わるのか、その中で個人はどう生きるのか、さまざまな角度から話し合われた。

冒頭、主催者の由佐美加子氏からは、「今日は、ムハマド・ユヌス氏を“触媒”に、今後私たちがどのような働き方、また生き方をしていくかを考える機会としてほしい。これからの世の中では、組織よりも、まず個人が変わることに焦点を置く必要があると考えています。そして、考えるためには、他者と対話することが大切です」との挨拶があった。

会場には90名ほどが集まり、4~5名ごとに丸テーブルに着席、対話がしやすいレイアウトになっている。ユヌス氏との対話は、今、日本のソーシャル・ビジネスの分野で注目されている5名が代表して行った。

ユヌス氏の登場前に小林氏を除く4名がそれぞれ、「私のソーシャル×ビジネス」と題し、自己紹介を兼ねたプレゼンテーションを行った。本稿では、自らソーシャル・ビジネスを立ち上げた本村氏と白木氏を中心にプレゼンテーションの内容を紹介する。

【第一部】プレゼンテーション

貧困問題に関与するために稼ぐ

株式会社グランマは、2009 年に当時25歳の本村氏が友人2名とともに創業。

翌2010 年5月に東京で開催した「世界を変えるデザイン展」には5万人が来場し、話題となった。

この展覧会は、発展途上国の人々が直面する問題を解決するために生み出されたプロダクトを紹介するもの。たとえば、水汲み用のドーナツ型ドラム缶。これはドラム缶を横に倒し、真ん中の空洞に紐を通して転がしながら引っ張れば、子どもや女性の力でも簡単に移動できるようになっている。このようなプロダクトデザインが考えられるのは、発展途上国ならではといえるだろう。「貧困は想像力の欠如によって起こる」と定義するグランマでは、先進国の人々の想像力を喚起し、解決へとつなげることを目標にしている。

といっても何ができるのか、まだまだ手探りの部分も大きい。「世界を変えるデザイン展」を開いた時も、利益が最初から見込めたわけではない。「仕事を通じて、貧困の解決に関与したい。その目的のため、まず会社を軌道に乗せようと奮闘しているところです」と本村氏は語る。世界の課題解決への貢献と、利益を維持するビジネスを両立させることの難しさとやりがいが感じられた。

“倫理的な”ジュエリーをつくる

白木夏子氏は、投資ファンド事業会社勤務などを経て、2009 年4月にHASUNA Co.,Ltd.を設立。現在は、代表取締役とチーフデザイナーを兼任している。

HASUNAは、「エシカル・ジュエリー」と呼ばれるジュエリーを製造販売するビジネスを展開。「エシカル」は、「倫理的」という意味があり、児童労働や環境破壊といった倫理に反するプロセスを一切経ずにジュエリーをつくっている。

白木氏が“エシカル”に着目をしたのは、発展途上国について学んでいたロンドン大学キングスカレッジ時代に、発展途上国の研究のため、インドへと渡ったことがきっかけだった。

貧困層2000万人が働く小規模鉱山に足を踏み入れた白木氏は、いつ事故が起きてもおかしくない鉱山で、非常に安い賃金で、命をかけて働かざるを得ない人々を目の当たりにした。そうして採掘された鉱物が安く買い取られ、先進国の人々が身につけるジュエリーとなる……。それに疑問を持ったが、当時学生の白木氏は「お金もなく、ビジネスの人脈もない、無力な自分にショックを受けました」と振り返る。

その後、国連インターンや金融業界などを経験。実際に働く中で「貧困問題の原因は、企業の倫理観の欠如ではないか」と考え、HASUNAを設立したのである。

同社では、原石を採掘する鉱山労働者にもきちんと賃金を支払えるように契約を結んでいる。かといって他社より値段を高くジュエリーを販売してはビジネスとして成り立たない。そこで理念に共感してくれるプロボノの手を借りたり、宣伝広告費を抑えたりすることで、ビジネスとして成立させているという。

バックパッカーとして世界を旅した本村氏と、インドに滞在した白木氏。この二人の共通項は、発展途上国の貧困に喘ぐ人々の暮らしを実際に垣間見たこと。そして、実体験から彼・彼女らを助けたいと感じ事業を開始したということである。それは、貧困層のためにグラミン銀行を創設したユヌス氏が「貧困層を助けることで、実は自分自身が救われた」という生き方に通ずる。

他のダイアローグ参加者もそれぞれのやり方で社会に貢献するビジネスを展開している。

墨田区のTシャツメーカー久米繊維工業株式会社のトップである久米信行氏は、繊維工場のほとんどが中国に移管される中、国産メーカーとして、日本の高品質なものづくりにこだわっている。高知県砂浜美術館でのTシャツアート展に参加したり、墨田区の町工場や職人が日本各地の日本酒蔵元と協働するイベントを開いたりと、自社だけでなく地域全体の活性化に寄与している。

久米氏は、「人のため、地域のために行動すれば力が出る」という。

そして、世の中の問題に企業としてかかわっていくには「継続することが大切」と語った。

高橋正樹氏は、宮城県女川町で蒲鉾を製造販売する、「蒲鉾本舗高政」の次期四代目社長であり、現在は企画部長を務める。

女川町は、海に面した漁港の町で、東日本大震災では津波によって住宅の約7割が流された。人口1万弱の町において、およそ1000人の町民の命が奪われたという。「女川では、仕事をすることが必然的にソーシャル・ビジネスになる」と高橋氏はいう。壊滅的な被害を受けた女川で、蒲鉾本舗高政では事業を通じて地元の再起に懸命に取り組んでいる。

【第二部】ダイアローグ セッション

ユヌス氏講演目前の困窮する人を助けたい

第二部は、ムハマド・ユヌス氏の講演から始まった。

ユヌス氏は、バングラデシュのグラミン銀行の創設者である。グラミン銀行は、貧困層を対象にした低金利の少額無担保融資によるマイクロクレジットを実現させた銀行だ。1件の融資額はわずか数十ドル。融資先は主に貧困層の女性である。5人を1グループとし、連帯責任を負わせることで、現在まで9割という高い返済率を誇っている。

2006 年、ユヌス氏は「底辺からの経済的および社会的発展の創造に対する努力」によりノーベル平和賞を受賞している。

講演では、なぜ、ユヌス氏がこのような活動を始めたのかが中心に語られた。

ユヌス氏は米国に留学し経済学を学び、1972年に帰国。母校であるバングラデシュのチッタゴン大学の経済学部長に就任する。しかし、その2年後の1974 年、バングラデシュは、5万人を越える餓死者を出す、大飢饉に見舞われることになる。

「当時、私は、経済学を学び、何でも知っている気でいました。大学の教壇に立ち、経済学のマニュアル通りに教えていましたが、窓の外では人々が次々に死んでいく光景が見えました」(ユヌス氏、以下同)

ユヌス氏は徐々に「自分は、本当は何も知らないのではないか?」「経済学者としての自分に存在意義はないのではないか?」と考え、鬱々とするようになった。

人々が飢餓で死んでいく様をただ見ている――このままでは、自分の人間性が失われ、ダメになってしまうと感じたユヌス氏は、「ただ1日でも、一人のためだけにでもいいから、役に立ちたいと思った」と語る。

そこで、村に足を踏み入れ、「何が起こっているのか」「何に困っているのか」「自分に何ができるのか」を聞いて回った。

「経済学の教科書通りに世界を見ていた時は、自分は鳥の目で世界を見て世界を掌握していると勘違いをしていました。しかし、それはイメージだけで世界を見ていたに過ぎません。実際に村々を訪れ、貧困の実態を目の当たりにして、私の視点はミミズの視点に変わりました」

村で、ユヌス氏は、実感を伴った現実を感じることができた。貧困の状況は深刻だったが、「その人たちのために役に立てると、再び生きる勇気と自信が持てるようになりました」。

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