J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2012年11月号

新連載 ワンワード論語 第3 回 「過」

前回紹介したように、「信」をめざして、「言」「行」を自分なりに頑張ったつもりでも、思い通りに運ばず、「過(あやまち)」に至ってしまうことがあります。この「過」にどう取り組み、ビジネスや人生にどう活かしていけばいいのか、どうすれば「過」を減らせるのかを学んでいきましょう。

青柳 浩明(あおやぎ・ひろあき)氏
安岡活学塾常任講師、(財)岩崎育英文化財団勤務。幼少から40年論語を学びSE、PM、経営企画他、多くのビジネス現場で実践を積む。ビジネス論語の伝播活動として企業等で講演研修を実施中。ビジネス論語スクール主宰。日本経営品質賞審査員他。

[文] = 青柳浩明 [イラスト] = 秋葉あきこ

誰もが、“やってしまった……”という経験をするもの。わざとでもなく、手を抜いたわけでもないのに、「過」は起きます。良かれと思った言動が周りに不快感を与えていたということもあるでしょう。私たちは、聖人君子ではありませんから、「過」を避けられません。

● 過ちはなぜ起こる?

これは昔も今も変わりません。ですから2500年前、孔子も弟子たちに「過」について多くのことを教えています。

「過」はなぜ起こるのか。それは、どう弁明しようとも、あなたの何かがおかしかったから。手抜かりなく問題なく進めていたつもりであっても、やはり何かがよろしくなかったのです。まずは、このことをしっかりと認識しましょう。これを認識できないと、「過」が起きても“なんであれ私のせいではない”と受け止める人になり、誰からも信用されなくなるのですから。

● “すぎる”と“あやまち”になる

さて、「過」という字は、本来“すぎる”と読みますが、なぜ“あやまち”とも読むのでしょうか。

私たちは、調子のいい時や喜怒哀楽好悪の感情が高ぶると、言動が限度を超えることがありますよね。言い過ぎ、やり過ぎ、責め過ぎ、怒り過ぎ、働き過ぎに遊び過ぎ、そして食べ過ぎ、飲み過ぎ……。

ある限度を“すぎる”と、必ず思わしくない、良からぬ状況に至ることから、「過」を“あやまち”とも読むようになりました。

● 過ちを認めないと繰り返す

では「過」が起きたらどう対応すればいいのでしょうか。真っ先に心に浮かぶのは、“バレないようにしたい、なんとか誤魔化したい”などではないでしょうか? もちろん私も同じであり、誰にとっても「過」は受け入れがたいものです。

とはいえ“、覆水盆に返らず”という教え※もあるように、一度起きたことは取り返しがつきませんし、何よりも隠しきれるものではありません。今月の論語1の通りです。「過」は日食や月食のように必ず周りに明らかになります。うまく言い訳して誤魔化したつもりでも、周りや部下は心の中でしっかりとあなたの「過」として認識しているものです。ニュースやオフィスなどで誰かの発言を聞いていて“言い訳がましいな”と感じることがあると思います。同様に、みんなお見通しであり、残念ながら、あなたの「過」も明らかなのです。

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