J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年07月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 人財開発の仕事は医療と同じ 問題の分析から解決への処方

人財開発の仕事を医療と重ね、「人財開発部門は、人・事業・組織に関する医師という気概を持って仕事をしています」と語るのは、人事総務本部人財戦略部 主管の森邦夫氏だ。現場に踏み込み、人・事業・組織などのあらゆる視点を考察して解決の糸口を探る。「新入社員の頃の私は、定年まで気楽に働ければいいと思っていた」と笑顔で答えながらも、森氏の仕事ぶりは人財開発部門の枠を越えたものだった。長年の現場経験が形づくる、同氏にとっての“人財開発部門のあるべき姿”とは何か、話を聞いた。

森 邦夫(Kunio Mori)氏
1981年(旧)国際電気入社、電子通信事業部配属。生産管理システムの構築や営業、原価調査担当などを経て、2002年総務部人財開発課へ。2007年人事総務本部へ異動後、プロジェクトマネジャー・レジスタードやキャリアアドバイザーの資格を育成施策に活用。現在に至る。

日立国際電気
1949 年、国際電気として設立。2000年、国際電気・日立電子・八木アンテナの3 社が合併し、日立国際電気に。電機メーカーとして、無線通信システム、放送映像システム、半導体製造装置の製造・販売を主力とする。
資本金100 億5,800万円、連結売上高:1,471億8,400万円(2012年3月期)、連結従業員数:5,477名(2012年3月31日現在)

取材・文・写真/髙橋真弓

多様な視点で物事の本質を見抜く

「週休2日の会社で、成長企業。そんな理由で選びました」と入社動機を語るのは、人財戦略部 主管の森邦夫氏である。そして同時に、「国際電気(当時)には、未来への可能性が見えた」と話す。

森氏が入社したのは1981年。当時、一世を風靡したアメリカの未来学者アルビン・トフラーが、近い将来、飛躍する分野として予測した“通信・放送・映像・コンピュータ・半導体”にかかわる事業を国際電気は全て持っていたのだ。

新人研修後、森氏は電子通信事業部の企画部門に配属され、工程管理を担当したが、そこは営業職に進む新人が、製品の製造プロセスを学ぶために配属される部署だったという。その過程で、約4カ月に及ぶコンピュータ研修を受講した。「日立製作所と国際電気の新入社員が一緒に学ぶ研修でしたが、私は営業配属の予定だったので、この先、工場に入って大型コンピュータを操作することもないだろうと思い、大して勉強をしませんでした。ですから、成績は新人の中で最下位です」

ところが、研修後に発令された異動先は、情報システム部。資材・生産管理システムのソフト開発担当となった。しかし、この異動が、森氏の仕事に対する意識を転換させる大きな出来事を導くことになる。

研修で同社を訪れたアメリカ人コンサルタントが、森氏を「You’re a verygood programmer」と称賛した。「 成績最下位の私が、very goodと言われ驚きました。“君が書いたソフト(プログラム)はメンテナンスする時に修正しやすい”と言うのです。

システムは仕事や制度の変更に対応するためにメンテナンスをします。その際、開発当時のソフト担当者以外の人がメンテナンスすることもしばしばあります。ソフトはいわゆる“文章”ですから個人のクセがあり、他人が書いたものは読みづらい。しかし、私のソフトはレベルが高くなかったがゆえに平易で、他人でもメンテナンスしやすいものだったのです」

さらに、ユーザーにヒアリングし、実業務を理解したうえで、人が処理する部分と機械が処理する部分を分け、ソフトで対応する箇所を最小限に抑えたことも、森氏が評価された理由の1つだった。

「ソフトが好きな人、得意な人は高度な手法を活用しようとするので、複雑で難解なシステムになりがちです。テクニックに優れたプログラマーが作るソフトが、ユーザーにとって使いやすく、良いシステムになるとは限らないと気づきました」

視点を変えると、見えてくるものが変わる。この時、本質を見抜くには、多様な視点が必要だと実感したという。

消防隊で後輩指導人財開発の面白さと出会う

情報システム部配属から2年後、森氏は特機事業部営業部で5年半を、さらに経理部原価課で9年を過ごす。その間、営業事務の電子化から製品のアフターフォロー、プログラミング、原価計算システムの開発まで幅広く携わる中で、現場を知り、技術者との関係を深めていった。

この経理部時代に、森氏が人財開発の道へと進む機会が訪れた。20 代の頃からラグビーが好きで、俊足の持ち主だった森氏は、総務部門から、社員で組織する自衛消防隊に入隊するよう勧められたのだ。

「理由は、ラグビーボールを持っている姿が消防のホースを持っている姿に似ているから(笑)。とはいえ、机に向かう仕事より、訓練のほうが楽しかったですね」

そして、地域の消防署が主催する自衛消防訓練審査会で優勝したことをきっかけに、後輩を育てる指導役を任されるようになったという。

「20代の若い社員に指導する中で充実感を感じました。初めて、“人に教えるのは面白いな”と思いました」

森氏にとって自分がやるべきこと、進むべき道を見つけた瞬間だった。

それから3 年後、グループ会社(当時)の国際電気研修所への異動が叶った。しかし、仕事は経理を兼務し、多忙を極めた。結局、本格的に人財開発の業務に専念できたのは、それから4年後、総務部人財開発課へ異動してからだった。だが、森氏はこう振り返る。

「システム開発、営業・アフターフォロー、さらには原価計算、研修所での経理や研修の企画・事務まで、全ての経験が結果的に今に生きている。これらがなければ、私の人財開発部門への道は開かれなかったでしょう」

人財開発は医療と同じ原因を探り治療を施す

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