連載 誌上コンサルティング [第36回] 多様化する課長への 効果的な教育のあり方とは
Q.
当社では、小集団による組織形態で仕事を進めるやり方をとっています。これは、1人の人間(グループの長)が心からわかり合える関係を築ける人数は、6人程度であるという考え方からきています。これまで、グループの長がメンバーとの対話を通してそのグループの課題を達成し、会社全体の業績アップを目指してきました。その小集団の長を当社では「課長」と位置づけ、小集団を活性化し業績を上げるための教育を実施してきました。
右肩上がりの成長を遂げていた時代は、このやり方が成功していたのですが、ここ数年、世の中の変化が激しく、小集団での仕事の進め方は、調整に時間がかかり、意思決定の遅さが生じています。また、課長の位置づけも小集団の長としての仕事をする人、部下を持たず、プロジェクトリーダー的な仕事をする人に分かれてきました。そのため次のような状況が生じています。
①グループの長がプレイングマネジャーとなり、気持ち的にも時間的にも余裕がなく、部下の悩みを聴いたり、育てることに手が回らない。
②プロジェクトリーダーが、どのように仕事を進めて良いかわからない。
以上の状況のなかで課長教育を実施するに当たり、今後の効果的な課長教育のあり方をアドバイスいただければと思います。
(機械・教育担当)
A.
人材開発担当者にとって最も重要なことは、社内に存在するさまざまな事象(問題現象など) を、事が大きくなる前に察知し、それらの事象の背景や根底に潜む「基本的で本質的」な事柄を全社的課題として形成することである。この課題は論理的に形成されるものではなく、また正解があるわけでもない。この課題はいわゆる仮説であって、この仮説が妥当なものであれば担当者として仕事の大半が終了したと言えるだろう。
どのような仮説化も間違いではないが、逆にいえば完全なものもない。組織が官僚的な硬直状態になると、完全性の追求が過剰になりやすい。完全性を過剰に追求するということは、論理的である七同時に、定量的に説明することを求められることが多い。仮説は直観的であり、洞察的であるから、このような風潮はさまざまな事柄に対して仮説化を認めない。仮説ではなく「実証データ」を示さないと、大方の同意を得ることはできないのである。
しかし、仮説化かできない経営は必然的に他社の追随、物まねをするか、成り行きに任せて漂流せざるを得ない(業界全体で横並びの教育内容を実施しているようなこともあった)。
仮説がリスクを伴うのではなく、仮説を立てないことが最大のリスクである。いわゆる「正解」がない問題ほど考えることが要求されるのが普通であるから、仮説化をしないということは人々の思考力の減退を招くことになる。
そこで今回は、仮説を立て、そこからご質問に対する解答を導くというアプローチから、ご質問にお答えしていきたい。

