J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2009年08月号

論壇 メンタルヘルス対策で求められる 人事部と産業医の連携とは

効果的なメンタルヘルス対策には、人事部と、専門スタッフである産業医や外部機関などが、それぞれの受け持つ領域を明確にしたうえで協力・連携することが欠かせない。
そのためには人事部もメンタルヘルスの知識を身につけて、専門スタッフの有益な働き方を判断すること、優秀な外部の専門スタッフを選抜する目を養うことが必要となる。
本稿では産業保健の基礎から振り返り、人事部と産業保健スタッフの連携に必要なことを考察する。

森 晃爾(もり・こうじ)氏
産業医科大学副学長
1960年、名古屋市生まれ。1986年、産業医科大学医学部卒業、1990年、同大学大学院博士課程修了(医学博士)。エッソ石油医務部長、エクソンモービル医務産業衛生部統括部長を経て、2003年に産業医科大学産業医実務研修センター所長就任。2005 年、同大学副学長に就任し、現在に至る。福岡労働局労働衛生指導医も務める。著書には『企業医務部の挑戦産業医奮戦す!』(日本経済新聞社)、『産業保健専門職・衛生管理者のためのマネジメントシステムによる産業保健活動』(労働調査会)など。

働く人の健康を考える産業保健とは何か

企業は人・物・金・情報によって成り立っているが、競争と変化の時代においては、特に組織に属する人(材)の要素が企業の発展に与える影響は大きい。そのような人材が能力を発揮するためには、心身の健康が基盤となっているはずである。すなわち、従業員の健康状態は企業の基盤として最も重要な要素であるといっても過言ではない。こうした働く人の健康に関連した

企業の取り組みを産業保健と呼ぶ。企業が産業保健に取り組む意義には、リスクマネジメントの視点と生産性の向上の視点がある。さらにリスクマネジメントとしては、法令違反や安全配慮義務違反といったコンプライアンスの側面と、従業員の健康が起因する事故の防止という側面がある。生産性の向上としては、教育などの投資をした人材が疾病によって休職したり、能率が低下するなど従業員の健康状態の側面と、働きやすい職場環境の形成の側面がある。当然のことながら、時代と共に労働環境や生活環境が変化するため、産業保健活動の主要テーマも同時に変化してきた。そして、現在の最大のテーマがメンタルヘルス対策であり、今後さらに進む生産年齢人口の減少に対応して高齢労働者対策が次のテーマになると考えられている。

産業医および産業保健スタッフとは

産業保健は、企業経営の一環として実施すべきものであり、労働安全衛生上も民法上も事業者にその実施責任がある。しかし、働く人の健康に関するリスクやニーズが複雑化した昨今、それぞれの企業に合った産業保健活動を企画するためには、産業保健の専門家である産業医の活用は欠かせない。労働安全衛生法では、常時労働者が50名以上勤務する事業場において産業医を選任することが求められ、1000名以上が働く事業場では専属産業医を選任することが必要となる。最近では、1000名以上の事業場がなくても、この規定にかかわらず企業として専属産業医を雇用して、小さな職場や関連会社を含めて企業全体の産業保健を推進したり、大規模企業では本社に総括産業医と呼ばれる産業保健全体の企画・運営を行う産業医を配置したりする場合が増加している。

産業医として選任されるには、労働安全衛生規則に基づき厚生労働大臣が指定した、日本医師会認定産業医制度基礎研修会や産業医科大学が行う産業医学基本講座など、50時間以上の研修を受けて選任資格を得る必要がある。しかし、それぞれの企業に合わせて必要な産業保健を展開するためには、それだけでは不十分である。そのため産業医と呼ばれる医師の中にも、「役割としての産業医を果たす医師」と「産業医を専門的な職業とする医師」とがいる。後者は前者に比べて圧倒的に少数であり、そのタイプの産業医を養成する産業医科大学への大手企業からの求人が増加している。

また、産業医以外にも保健師などの産業保健に携わる専門スタッフがいる。特に専属産業医を雇用できない企業のうち、一定数の従業員(たとえば500名以上)の場合には、保健師を常勤で雇用し、産業保健を担当させることが多い。当然、産業医は非常勤で勤務することになり、保健師が産業医の出務時間をうまく活用して、その企業の産業保健全体を進めていくことになる。

人事部門など、産業保健を担当する部門が産業保健に対して十分な認識を持っていないと、せっかく保健師を雇っても、保健指導や健康教育などの専門性を活かすことができる仕事を十分に与えられず、主な仕事として健康診断や健康保険組合の事務などをさせることになる。このような宝の持ち腐れになっていることも少なくないのが現状だ。

人事部に求められるメンタルヘルスの知識

メンタルヘルスの問題は、職場にとっても大きな負担になっており、職場から相談される人事部門も「困っている」状況にある。そして、困った人事部門は、シンポジウムなどに出かけて他社の事例を聞き、「いい話が聞けた」と手っ取り早い施策を自社でも導入しようとする。その典型が、E A P(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)と呼ばれるメンタルヘルスサービスを提供する機関との契約である。また、このような機関から勧められて、職場のストレス診断を導入することもある。しかし、それだけでは、部署ごとのストレスレベルが評価できるだけで、職場を挙げて改善の取り組みが行われなければ、本質的な成果はまったく上がらない。

その状況を改善するためには、人事と産業医や産業保健スタッフが適切に連携し、それぞれの企業に合ったメンタルヘルス対策を企画実行することが必要である。そのための条件として、人事部門にはメンタルヘルス対策についての十分な理解が必要であるし、職場のメンタルヘルス対策においては専門的な役割を果たせる産業医の存在が不可欠である。

このうち人事担当者として必要な知識を得るための機会は多くの組織が提供しており、大阪商工会議所が行うメンタルヘルスマネジメント検定試験(http://www.mental-health.ne.jp/)などがある。産業医科大学においても、eラーニングによる企業人事・労務担当者向けメンタルヘルス対策支援プログラムを提供している(http://www.uoehu.ac.jp/JP/company/30th/comme/el.html)

メンタルヘルス対策の基本と課題

ここでは、メンタルヘルス対策の基本事項と課題について簡単に触れておきたい。

メンタルヘルス対策には、2つの軸がある。1つは予防段階の軸である。一般に疾病予防の段階は、一次予防(疾病の原因を取り除く)、二次予防(早期発見早期対応により疾病の影響を最小限にする)、三次予防(疾病の再発や社会復帰の支援により疾病の影響の拡大を防ぐ)に分けられる。具体的な対策としては、職場のストレス診断に基づくストレス状況の改善や個人のストレス耐性の向上が一次予防、調査票によるメンタルヘルス不調者のスクリーニング(選別)や管理職の気づきの向上、相談窓口の設置によるメンタルヘルス不調者の早期対応が二次予防、職場復帰支援や再発防止が三次予防である。

もう1つは対策の主体者の軸である。厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、心の健康づくり計画を立て、4つのケア、すなわち「セルフケア」「ラインによるケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」「事業場外資源によるケア」を継続的かつ計画的に実施することが推奨されている。すなわち、予防の軸と主体者の軸の組み合わせから、職場の状況に合ったメンタルヘルス対策を行えば良いことになる。

メンタルヘルス対策では、一般的に三次予防対策から整備することが多いので、三次予防から順に以下に検討してみたい。

三次予防の基本は職場復帰支援であり、職場復帰における手順を整え、主治医からの情報をもとに産業医が本人と面接をする。そして、その結果をもとに人事部門と上司も加えて復職計画を立て、実行することになる。当然、メンタルヘルス不調の病態や状態と職場の状況を合わせてスムーズな復職に向けての計画を立てるのであるが、病態によっては、以前と同じストレスレベルに戻れば再発するものや、職場での受け入れが非常に困難な場合がある。一方、スリム化により職場の受け入れ余力は低下しており、就業配慮の期間が長引けば同僚の間での不公平感が高まる。ケースごとに、治療の見直し、就業配慮、そして労務的な対応を組み合わせる必要がある。そのコーディネートは産業医やメンタルヘルスサービスを行うEAPと呼ばれる機関に期待される。しかし、これらの専門職に対する体系的な養成制度や評価制度が十分に整っていない我が国の状況では、それができる産業医もEAPも、非常に限られているのが現状である。

二次予防は、早期発見早期対応である。早期発見のためには、健康診断のように年1回のチェックではうまくいかない。そのため、最も近くにいる管理職に対して、部下の異常にいかに気づき、どう対応すればいいのかについて研修を行ったり、相談窓口を設けて部下本人の自発的な相談を促すなどの対応を行うことが必要である。

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