J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2009年08月号

重重無尽 自分の感覚を信じて 柔軟で広い視野を得る

甲野 善紀氏
武術研究者
1949 年生まれ。1978 年武術研究を専門とする道に入り、松聲館を設立。独自の身体技法、稽古法に基づく剣術、体術、抜刀術、杖術などの武術の技と術理を探求する。近年はスポーツから楽器演奏、介護、工学に至るまで幅広い分野から注目が集まっている。神戸女学院大学客員教授。主な著書に『増補改訂剣の精神誌』(筑摩書房)、『自分の頭と身体で考える』(養老孟司共著/ PHP 研究所)など。

私は全国あちこちから招かれて講演会や講習会を行っています。ですから、人に私のやっている武術や、この武術の「体を、より無駄なく無理なく使うこと」を、スポーツや楽器の演奏、介護といった分野に応用する方法を解説したり、教えるという機会は少なからずあります。そうした時、言葉というものの大切さと同時に、その限界について、いつも考えさせられています。

私の武術の定義は、「人間にとって、切実な問題を、最も端的に取り扱うもの」ですが、それは、武術が本来、命のやり取りという人間にとっての極限状況を扱うものであり、それだけに心身を最も有効に使わざるを得ない世界だと思ったからです。

そして、20代の初めから、いくつかの流儀を学び、29 歳の時、松聲館道場を建てて本格的に歩み始めました。

以後、さまざまな流儀や分野の方々と交流し、私なりの方法で手探りをしながら歩んできました。そして今、私がつくづく思うのは、現代人が想像も及ばないほどのレベルの高い技を使えた古(いにしえ)の武術の名人と我々とでは、なぜこれほどの差ができてしまったかということです。その原因の1つとして思い浮かぶのは、近代以後、我々が何かといえば、物事を「科学的」に見ることが良いと教えられ、どうしてもその枠から出られないでいることです。

科学的にものを見る、考えるということ、つまり言葉による説明の最大の問題点は、同時並列で身体を使っている技を説明できないということです。自動車の運転を考えてもらえばわかると思いますが、目で見、耳で聞きながら、手はハンドルやギヤを操作し、足はアクセル、クラッチ、ブレーキを踏み分けるという、この状況を明快に言葉で上手く言えるでしょうか?

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