J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2018年03月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 人を見て、信じて、任せきる 徹底した信頼が、人を育てる

川崎重工業は、モーターサイクルから航空機、さらには産業用プラントなど多彩な事業を展開する総合エンジニアリングメーカーである。
総合職としての女性採用が始まって4 年目に入社した稲井氏は、情報システム部門を皮切りに、異動先で次々と未経験の業務を任されながらも、着実に成果を出してきた。
今、自らのキャリアを振り返って成長につながったと感謝するのは、可能性を信じて任せてくれた上司の存在だという。


川崎重工業
人事本部
人財開発部 部長

稲井三枝(Mie Inai) 氏
1988 年入社。情報システム部門、労働部福祉グループ、人事労政人事・教育グループ、人事部ワークネット室を経て2015年に人事部副部長、人事企画課長、ワークネット室副室長を兼任。2017年より現職。

会社紹介
川崎重工業
1878年、創業者川崎正蔵が東京に造船所を開設。1896年、株式会社川崎造船所を神戸で創立。以来120年以上、造船、鉄道車両、航空宇宙、エネルギー関連、二輪車、産業用ロボットなど幅広い事業を展開する。
資本金:1044億8400万円(2017年3月末現在)、連結売上高:1兆5188億3000万円(2017年3月期)、連結従業員数:3万5127名(2017年3月末現在)

取材・文/竹林篤実 写真/編集部

いきなり任されたシステム構築

「総合職として入社した女性同期は4 人でした。当時、文系女子は情報システム部門(電算室企画・開発班)に配属されることが多かったようです」

そう入社当時を振り返るのは、人事本部人財開発部部長の稲井三枝氏。同氏が最初に任されたのはCOBOL※でのプログラミングだった。プログラミングの知識など全くなかったが、既に稼動しているシステムにエラーが発生する都度プログラムを直していくような作業を担当した。

「先輩指導員について、見よう見まねで仕事を覚えるといった感じでしょうか」

ところが、入社2年目に回ってきた仕事は、経理関連の新規システム構築だった。扱う金額のケタは億単位。万が一にもミスは許されない。神経をすり減らすような仕事を、稲井氏は一人で担当するよう指示された。

「ビジネスユニット別連結財務諸表のシステム構築を、経理部の担当者と共同で作り上げるのですが、システム側は2 年目の私が一人でこなさなければなりませんでした。今のように何か不明点があれば、すぐにネットで検索して答えが見つかるような時代ではありませんから、疑問があれば、一つひとつ自分で調べて解消していくしかありません。終電で帰る日々が続き、弱音を吐いたこともありましたが、経理部担当者から励まされ、頑張ることができました」

苦労を重ねたプロジェクトもいよいよ最終テストの段階になった。組み上げたシステムに実際のデータを入力し、アウトプットに間違いがないか確かめるのだ。通常のシステム構築では、ここでいわゆる「手戻り」、つまりどこかに必ず修正が入る。最初から完璧なシステムが出来上がることなど、まずないからだ。ところがチェックを終えた経理部担当者から、「完璧です。まさか最初から、こんなにうまくいくとは。稲井さんにやってもらってよかった」と言ってもらえた。

「この間、仕事を命じた上司が口を出すことは、一切ありませんでしたね。きつい体験だったけれど、今振り返ると、社会人になって初めて面白いと思える仕事でした」

※ COBOL:1959 年に開発された事務処理用のプログラミング言語。

生命保険のパンフレットを全面改訂

その後、全社基幹システムの入れ替えプロジェクトなどを経験した稲井氏は、入社してちょうど10 年目に異動を命じられる。異動先は、労働部福祉グループである。全くの畑違いだが、実質的な業務の半分は新システム導入のための仕様書作成、残りの半分が従業員のモチベーションを高めるイベント企画や、福利厚生などの制度整備だった。

そこで生命保険の募集について、稲井氏にある疑問が芽生える。

「当時は昼休みになると生命保険会社の方がオフィスに来て、若手社員に保険の勧誘をしていました。同期の男性社員などは、一様に保険料月額1万円などの契約をしている。保険金額は、ライフスタイルやライフステージの違いに応じて設定されるべきものですから、これはおかしいと思ったのです」

福利厚生部門への異動が決まった時に、稲井氏は仕事に役立つかもしれないと、ファイナンシャル・プランナーの専門学校に通っていた。そこで学んだ内容と照らし合わせてみても、現状に問題があると判断した稲井氏は、従業員に配布していた生命保険加入案内パンフレットの見直しを上司に提案した。

「『君の言う通りだ』と了承してもらい、新しいパンフレットの原案作りに取り掛かりました」

早速、A3 用紙に手書きのイラストなども盛り込んだ構成案を作成。ライフスタイルやライフステージの違いに加え、遺族年金や会社の育英扶助年金制度も織り込み、必要保険金額を試算できる内容にした。保険会社からは、おそらくかなりの反発があっただろう。

「当時の私は、そこまで気が回りませんでしたが、今にして思えば上司にはいろいろプレッシャーがかかっていたでしょうね。けれども、それは全部受け止めて対応してくれたのだと思います。だから、私は何も気にせず、思うままに動けたのです。部下に任せるとは、部下を守りきる決意まで含めた意思決定なのだということを実感します」

教育部門への異動、そして失敗

経験がないことでも、任せられた仕事を着実にこなす。従来のやり方に迎合せず、おかしいと思ったことには異を唱え、改善案を提案する。穏やかな語り口だが、稲井氏には一本筋の通った仕事への姿勢が垣間見える。

きっと、彼女に任せれば大丈夫だろうという周囲からの信頼により、さらにチャレンジングな仕事がもたらされ、それを乗り越えることで成長につなげてきたのだろう。稲井氏のキャリアからは、そんなサイクルが見て取れる。

しかし、失敗もあった。福利厚生部門から、現在のベースともいえる人事労政部人事・教育グループに異動後のことである。ここでの担当は、未体験の教育業務だった。

教育部門では、自らが講師として人前で話をしなければならない。初めて任された研修の場で、強烈なプレッシャーに襲われた稲井氏は体調を崩してしまったという。

「社内の係長クラスを対象とした2日間の合宿研修で、会場に前日入りしたのですが、緊張のあまり体が悲鳴をあげたようです。点滴を受けながら、なんとか初日はこなしたものの、次の日はもう無理とギブアップ。外部の先生に急遽、代役を務めていただきました。私の人生で忘れることのできないアクシデントです」

自宅に戻ってからも、3 日間の安静を余儀なくされた。それまで順風満帆だったキャリアを襲った初めての挫折体験を、どうやって乗り越えたのか。

「とりあえず、任された仕事だからやらなければならない。自分にできない仕事があるなら、なんとかして克服しようというシンプルな気持ちでしたね。考えてみれば、前任者は普通にこなしてきた仕事なのだから、決して特別な業務ではないはず。だったら、私もできなければおかしいのではないかと思ったのです」

まず、レッスンプランの見直しから始めた。前任者から渡されたレッスンプランは、説明の途中で盛り込むジョークまでが記されたもの。しかし、そこまでの丁寧な作り込みは、自分らしさを盛り込む隙間がないことを意味する。

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