J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2017年11月号

OPINION2 知覚こそ知性の根源 データ×AI時代には 知覚の深さが人間力の中心になる

脳神経科学者であり、経営コンサルティングやデータサイエンス・AIなど、
多分野に精通する安宅和人氏は、AIによる自動化が進めば進むほど
人間とは何かが明確になってくると強調する。
特に脳神経科学的な視点で、人と機械はどう異なるために、どう共存することになるのか。
また、どのように、何を学ぶ人が今後生き残るのかなどを聞いた。


安宅和人(あたか かずと)氏
ヤフー チーフストラテジーオフィサー

1968 年富山県生まれ。東京大学大学院生物化学専攻にて修士号修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社後、2001年、イェール大学にてPh.D取得(脳神経科学)。2008 年ヤフーへ移り、COO室長、事業戦略統括本部長を経て、2012 年より現職。データサイエンティスト協会理事。応用統計学会理事。慶應義塾大学SFC特任教授。経済産業省産業構造審議会新産業構造部会委員、人工知能技術戦略会議産業化ロードマップ副主査など公職多数。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)。

[取材・文]=佐藤鼓子 [写真]=編集部

知性とは何か

人間がAI時代に何をどう学ぶべきかを考える前に、まずは「知性」の本質を理解し、その上で、人間とAIの違いに着目することが大切だ。AIで行われている情報処理は高等生物、特に人間で行われている知性のほんの一部にすぎない上に、複数の点で本質的に異なるからだ。

データ×AIは恐れるのではなく使い倒すべきものである。また、仕事はこれまでの技術革新同様、質的に変容するが、その結果「仕事」が消えるとか、人をまるごと置き換えることはない。では、まず知性とは何か。

■入力→処理→出力

情報処理的な機能の視点から見ると、神経細胞(neuron)は3つに分かれる。外部からの刺激を受け取るニューロン(input fiber)、神経と神経をつなぐニューロン(inter neuron)、刺激を外部に出力するニューロン(principal neuron)だ。

情報処理の基本構造「入力→処理→出力」の流れは、コンピュータでも中枢神経系でも変わらない。この情報処理の全体観から言えることは、「思考」とはこの「インプットとアウトプットをつなぐこと」であり、入力を出力につなぐ能力こそが「知性」であるということだ(図1)。

この情報処理には3段階ある。入ってきた外部情報を統合してイミを理解する「川上」的な段階。これをベースにモノを書いたり、作画、設計したりというアウトプットを行う「川下」的な段階。そして、川上、川下情報が入り組んでいるときには川上的なイミを更に統合して状況判断、美の評価などメタ的な情報を得る「川中」的な段階が発生する。

知性の核心は「知覚」

この俯瞰から分かることは、知性の核心は、多くの人が知性だと思っている川下段階ではなく、川上、川中過程、すなわち「知覚」にあるということだ。実際、脳神経系の大半は知覚のために使われている。

「知覚」とは、端的に言えば、対象のイミを理解することである。人間に限らず、中枢神経系を持つ生物は外部からの情報を統合し、イミを理解する。

例えば視覚情報から「自分の犬が近くにいる」こと一つを理解するためにも、我々の脳は形や奥行き、色や動きや状況といった情報を総合し並行して処理を行い、これを瞬時に統合する。

実はあまり理解されていないが、川上的な情報処理の最初の段階である「感覚」自体が、イミ翻訳を行う「知覚」の一部である。

例えば「色」は物理的には存在せず、心の中にしか存在しない。異なる電磁波スペクトルを吸収する神経細胞からの入力が統合され、脳で認識されたものが「色」だ。その他の感覚である肌触りや味覚なども同様に、心にしか存在しない。これらが食であれ衣であれ、どれほどの価値を持つかは言うまでもない。

知覚から感覚を剥ぎ取った言葉に「認知」という言葉があるが、以上から分かる通り「感覚」自体が知覚過程であり、ここでは区別しない。

■知覚は翻訳を伴うプロセス

知覚は、単に情報を写し取るというようなものではない。

それを象徴する、あるカメラメーカーの実験がある。複数の写真家に同じ1人の男性をそれぞれ異なる背景知識を与えて撮影させるというものだ。ある写真家には「男性は億万長者である」と伝え、また別の写真家にはライフセーバー、あるいは漁師、はたまた刑務所出所者などと伝える。すると同じ人物を撮影しても生み出される写真は全く異なるものになる。これが知覚の力だ。

知覚と経験、学習の関係

■脳科学から見た経験と知覚

知覚は経験から生まれる。先天的白内障の子どもは10 歳までに手術しないと、色覚は正常なのに形の識別ができなくなる。生後3~4カ月まで真っ暗闇で育てられたサルは、成長しても丸や四角の簡単な形の区別ができない。先天的に視覚障害を持つ人に色を伝えることも不可能である。

我々はイミを理解していないことは知覚できない。例えば、大半の人はアインシュタイン方程式の美しさどころかイミすら分からない。一般相対性理論を理解できるだけの物理学、その基礎となる数学についての深い知見と訓練が欠けているのだ。

知覚を広げる経験には、日常生活や仕事、学習などで新しいものを見聞きする「知的経験」、人との付き合いや関係、文脈特有のアナロジーなどから学ぶ「人的経験」、それらの深い知的、人的な経験を重ねた上で、多面的、重層的にものを見て、関係性を整理する「思索」の3つがある。

ここで無視できないのが言葉の力だ。言葉は知覚体験を残し、抽象化したものであり、これを組み合わせることで、更に高度な知覚が実現される。

■知覚、理解、知識の関係

では、知覚と知識はどのように関係して、アウトプットにつながるのか。

神経系の構造から言えるのは、「理解」とは、2つ以上の既知の知覚情報の重なり合いであるということだ。情報のつながりを何度も想起することで起こるのが「学習」であり、これが「知識」のもととなる。

そもそも、人は感覚段階で一人ひとりが同じように感じていない。更に、人の神経はひとつとして同じ形をしていない上、同じようにはつながっていない。しかも、この異なる身体を通じて行われる経験の内容と質も異なる。同じ経験をしても、人によって異なる感じ方をするのは当然である。

大野耐一氏は米国の総合スーパーを見てトヨタ生産方式を着想したといわれている。氏の心の中で、大きな在庫を持たずに、10万点もの商品を次々と入荷し売りさばくことと、クルマの生産の共通性に深い気づきがあったのだ。これこそ思索と意識が知覚の質を変え、アウトプットそのものを変容させている典型例だ。

■感性と知性の関係

全く別物のように語られることが多い、感性と知性の関係についても触れておきたい。

1906 年にノーベル賞を受賞した近代神経科学の父ラモン・イ・カハールの脳神経系のデッサンは、未だに多くの神経科学者が参照する(図2)。100年前のものがなぜかといえば、そのデッサンはただ神経を見て描いただけではなく、彼の深い構造的なインサイト(洞察)を現しているからだ。

かたや、近代絵画の開祖の一人であるゴッホは、心理的なインサイトを見事に絵として描いている。

科学者と芸術家はどちらも、自身の受け止めたエッセンスを見極め、本質を見抜く力が卓越している。洞察の方向性が異なるだけなのだ。サイエンスもアートもいずれも、途方もなく複雑な知覚の総合力が求められる過程であり、まさに感性自体が知性の典型であるといえる。

AIは生命の持つ知性とは異質

■AIとは

上記を理解した上で、AI、機械知性(machine intelligence)とは何かを見てみよう。

先の情報処理のバリューチェーンの中で言えば、画像や音声の認識、パターン認識など、何か一つ、部分的にでも自動化したものが、現在AIと呼ばれているものだ。驚かれるかもしれないが、全てどころか複数を同時に行っているものすらあまり存在しない。

人間のプロの精度をはるかに超える読唇や皮膚がんの診断、瞬時の翻訳、また注文前の出荷など、人間にはほぼ不可能なことがどんどん実現されていっていることは事実だが、これらは全て情報の「識別」、「予測」、暗黙知の取り込みによる「実行」の自動化のいずれかにすぎない。

我々の持つ知性と、AIの最も本質的な違いの一つは、AI、機械知性はイミを何も理解していないということだ。単に情報処理を自動化しているだけであり、何を行っているのかすら理解していないのだ。つまり、AI は本質的に「知覚」していない。しかも、この課題が解決する見込みは立っていない。

かたや中枢神経系を持つ生命は、人間に限らず、たとえ魚であっても見ている対象についてのイミは理解している。

もう一つの本質的な違いは、AIには「意志」がないということだ。このために、何がどうあるべきか、どうでありたいという判断を自律的にすることができない。判断軸、価値観は人が与える必要がある。「意志」は生命の本質であり、いずれ大半の処理過程は自動化するだろうが、それらの一つひとつが自動化することと、統合した意志を持つ生命が生まれることとは全く別のことである。

例えば、世界最高の棋士たちを打ち破ったDeepMind社のアルファ碁が火事に遭っても、燃え尽きるまで碁を打ち続けるだけだ。

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