J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2017年10月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 高い専門性と学びを通じて鍛える人間力 T字型人材の育成で“個の力”を強化する

日本を代表する商社のひとつ、三井物産。常務執行役員で人事総務部長の小野元生氏は、自身も鉄鋼営業部門で、海外に赴任し貿易実務、事業投資に携わってきた生粋の商社マンである。
現場をマネジメントしていた頃から、人の育成に対する関心は高く、「商社は“人”が全てである。だからこそ、人事は重要な存在なのだ」と語る小野氏。育成に対する思い、そして近年取り組むさまざまな改革について話を聞いた。


三井物産
常務執行役員
人事総務部長

小野元生 (Motoo Ono)氏
1982年入社。以来、鉄鋼製品関連のビジネスに従事。90年北京事務所、98年台湾三井物産駐在を経験。2007年ペンシルベニア大学Wharton School AMPに留学。09年経営企画部業務室長、11年鉄鋼製品本部エネルギー鋼材事業部長、13 年執行役員上海三井物産社長などを経て15年より現職。

会社紹介
三井物産
1947年設立。マーケティング、ファイナンス、ロジスティクスなど5つの機能を強みに、金属、エネルギー、生活産業など6つの事業分野を世界各国で展開する。コーポレートスローガンは、“360° business innovation”。
資本金:3414億8164万8946円(2017年3月31日現在)、連結収益:4兆3000 億円(2017年3月期)、連結従業員数:4万2316名(2017年3月31日現在)

取材・文/田邉泰子 写真/編集部

実感した“人”の大切さ

常務執行役員で人事総務部長の小野元生氏は、今年で入社35 年目になる。そのキャリアの多くを鉄の営業部門で過ごしてきた。主な商材は石油、ガスの掘削、生産用の油井管や、その輸送用のラインパイプ、厚板、薄板等の鉄鋼製品である。北京、上海、台湾など、中国関連地域の駐在期間も長いが、2 年半前に、何の前触れもなく人事総務部門責任者の辞令を受けた。

「正直、大変驚きましたが、困ったなという感覚はなかったですね。“人の三井”と言っていただくことがありますが、おそらく100 人の社員に聞いたら、100 人全員が『人が唯一最大の財産』と答えるでしょう。総合商社は生産設備を持ってモノづくりはしていません。貿易にしろ、事業投資にしろ、ビジネスは、最終的には取引先との信頼関係の積み重ねを通じて全て“人”が創る価値です。一人ひとりの“個の強化”や“適材適所”は、営業現場にいても当然のことでしたから、この人事もしっかりと受け止めることができました」(小野氏、以下同)

これまでも、室長や営業部長、そして現地法人の社長を務める中で、社員育成は重要なミッションだった。

「社内にはどのような人材が揃っているのか、またビジネスを成功に導くには、誰にどのような力を身につけてもらうべきなのかは常に考えていました。それが全社規模になったのが今の立場だと認識しています」

小野氏が、初めて“人の三井”を実感した経験を振り返ると、入社時期までさかのぼる。

「世界の富の不均衡を、ビジネスを通じて解決したい」。そうした思いから、商社の道を選んだ。勉学に励み、いろいろな活動を精力的にこなしていた学生時代は、自信に満ち溢れていた。だが、入社後、現場で何もできない自分を目の当たりにし、自信は粉々に打ち砕かれたという。

「貿易実務も鉄鋼業界のことも、商社を取り巻く社会のシステムも全く理解できていないわけですから当然なのですが、『これまで何を勉強してきたのか』と自分が見てきた世界の狭さを思い知らされました」

入社から1年近く経ち、ゼロから学ぼうと気持ちを切り替えられた時に支えとなったのは、素晴らしい人々との出会いだった。

「周りを見渡せば、自分の役割に誇りを持ち、高い専門性を発揮している先輩ばかりでした。ひとつの案件が動けば、与信審査に為替、財務、運輸と、それぞれの部門の力を借りることになります。各部署に相談に行けば即座に問題点を指摘してくれるし、何よりすぐ身近にいる営業の先輩方の課題解決力や調整力は素晴らしかった。会社は、“多様なプロ人材”の集合体だと気づいた瞬間でした。それなら、自分はそうした会社に蓄積しているさまざまなノウハウを駆使できる、鉄鋼製品営業のプロ人材になろうと決心したのです」

当時は研修制度も一部に限られており、育成の基本はOJT。小野氏も、自然と先輩たちの背中を見て育った。

「取引先との関係も濃厚でしたね。時に厳しいご指摘を頂くこともありました。職場に戻れば先輩から別の観点で注意を受けます。内に外に“教育の往復ビンタ”を食らっている状態でした(笑)」

時には理不尽に感じる指示に反発もした。だが、飲み会の席での先輩からのアドバイスで、その一つひとつに背景や意味があることも知った。小野氏にとって、先輩との関わりの全てが学びにつながっていた。

求められる“T 型人材”

現在は、OJT を基本としつつも、新人から経営者層まで体系化されたOff-JTプログラムを用意しており、若手に対してはCDP 制度(CareerDevelopment Program)を運用している。これは、入社後6年間で2つの事業領域と海外を経験させるという制度だ。最初に貿易実務の部門に配属されたら、次は事業投資部門を経験する、といった具合である。

「情報化社会の進化につれ、変化のスピードがずいぶんと速くなりました。VUCA※1ともいわれる世の中ですから、瞬時に、より合理的で高度な判断を行わなければならない場面が増えています。若い頃に多様な経験をさせる仕組みをつくることで、幅広い視野を持たせ、課題解決力を高めておきたいと考えています」

一方で、創立当時から100 年以上続く制度もある。それが「海外修業生制度」と呼ばれる、2年間の海外研修制度だ。対象は入社3~7年目の社員で、中国、ロシア、ドイツ、中南米などの非英語圏の各国に赴任させる。最初の1年は大学や語学学校で学び、後半の1年を現地店などで過ごす。小野氏も入社3 年目に海外修業生として台湾に渡った。

「台北の教育大学では歴史や文化、古典文学から時事問題を広く学び、現地の方との交流を含め、社会人学生として大変多くの学びを得ましたね」

また、次世代リーダー人材を対象に、ハーバード・ビジネス・スクールと提携し、オリジナルの研修制度を設けている。湯河原研修所での導入研修を経て、ボストンでは著名な講師陣が指導にあたり、朝から晩まで刺激的な2週間となる。

小野氏は専門性を磨く一方で、人としての魅力を高めることや、仕事以外の興味の幅を広げることを忘れてはならないと説く。仕事のスキルは「人間力」と掛け合わされ、初めて“個の力”として輝くと考えているからだ。

「専門性を柱とするならば、人間力は梁といえるでしょう。縦と横の骨格が丈夫で、かつ長く伸びることで、安定性と広さを確保できます。強いT型人材の集合体が、より強い組織を生むのではないでしょうか」

※1 VUCA……Volatility(変動)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を合わせた造語。

変化は総合商社の宿命

そして小野氏は、「T字をつくる縦の柱は、1本に限らず、2本、3本と増えることが望ましい」と話す。そう考える背景には、ビジネスモデルの変化がある。振り返れば、営業マンとして過ごしていたのは、まさにその変化に直面していた時期だ。

特に、在籍していた鉄鋼部門は1985 年のプラザ合意を契機に大きな転換を迫られた。急速に円高が進むと同時に中国やインドなど新興国メーカーの進出も始まり、日本の鉄鋼は、品質と並ぶ魅力だった“価格競争力”を失っていったのだ。右から買って左に売りつなぐような単純物流ではビジネスにならない。鋼材を切断・溶接したり、腐食防止のコーティングを施したり、ロジスティクス(輸送)を見直したり、ファイナンスをつけたりと、あらゆる視点からの価値を付加するビジネスモデルに大きく変わっていった。

「変化の激しい環境に身を置くことで、ひと処にとどまっていては、やがてそこには何もなくなるということを学びました。これが総合商社マンの宿命なのだと実感したのです。ダーウィンも言っていたように、ビジネスでも強さや賢さ以上に、環境適応力が求められます。それは、常に先を見据え、タイミングが来たら即座に次の行動に移せるように準備を怠らないということでもあります」

小野氏がまさに環境適応力を発揮した案件がある。営業部長を務めていた時だ。オーストラリアでの天然ガス開発に使われるパイプラインプロジェクトである。パートナーはドイツの鉄鋼メーカー。ルール工業地帯でつくられた鋼管は、陸路鉄道輸送され、ハンブルク港を出港、防触コーティングを施すため、いったんマレーシアで荷揚げされる。その後、再び船でオーストラリアのダーウィンまで運ぶ。複数の国を経由する複雑なロジスティクスや、長期の為替相場の変動にも目を配らなければならない。船や港、倉庫の手配やハンドリング等、トラブルが日常茶飯事である。そこで小野氏は、人材配置でも新たな試みを行った。

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