J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2017年10月号

寺田佳子のまなまな 第22 回 センジュ出版 代表取締役 吉満明子さんに聞く 小さくても確かな歩み方

今回の「まなまな」のお相手は、“ひとり出版社”を立ち上げた吉満明子さん。
六畳二間のブックカフェを訪れた人との会話を楽しみながら、
隣接する事務所で書籍の編集やイベント企画を手掛けています。
かつては出版社でバリキャリ編集者として働いていた吉満さんが、
地元の町で出版社をつくった背景には、たくさんの奇跡がありました。

吉満明子(よしみつあきこ)氏
センジュ出版代表取締役。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、出版社にて書籍やネット小説などの編集を手掛ける。長男出産を機に退職、2015 年に地元・東京都足立区千住でセンジュ出版を設立。取次を通さず、書店の注文に応じて1冊から本を出荷する。木造アパートの事務所にブックカフェを併設、運営。

寺田佳子(てらだよしこ)氏
インストラクショナルデザイナー、ジェイ・キャスト常務執行役員、IDコンサルティング代表取締役、日本イーラーニングコンソーシアム理事、IT人材育成事業者協議会理事、熊本大学大学院教授システム学専攻講師、日本大学生産工学部非常勤講師。著書に『学ぶ気・やる気を育てる技術』(JMAM)など。https://www.facebook.com/InstructionalDesignConsulting/

奇跡のようにやってきた1冊

(まっ、まずいっ!)

そう思った時には不覚にも涙が頬をつたっていた。

混み合う通勤電車の中で、不審そうな周りの視線を痛いほど感じながら、それでも読むのをやめられない。それが今回の“まなまな”のお相手、センジュ出版代表取締役の吉満明子さんが発行した本、『ゆめのはいたつにん』だった。

著者の教来石小織(きょうらいせきさおり)さんは、大学卒業後、脚本家をめざしたが、彼にフラれ、がん検診にひっかかり、貯金もない、30 歳バツイチの“不運てんこ盛り”な派遣事務員だった。夢をあきらめた彼女が、再び「人生は美しい」ことに気づき、「誰かのために生きたい」いう想いに揺さぶられ、カンボジアの子どもたちに夢を贈るために「映画を届ける」NPOを立ち上げる。その3年半の軌跡を綴ったノンフィクションが、この1冊である。

主人公は歯がゆいほどに自信がないし、要領も悪い。ただ、「あせらない、あてにしない、あきらめない」の3Aを胸に、モジモジしたり、オロオロしたりしながらも、ぶれずに夢に向かって進む。そのひたむきな姿に、心の奥の「うれし泣きボタン」をキュンと押されたような気分になったのだ。

こんな素敵な本をつくったのは、いったいどんな人なのだろう?

それが知りたくて降り立った北千住。にぎやかな駅前商店街を抜けた静かな路地の一角に、センジュ出版社のブックカフェ「book cafe SENJUPLACE」があった。六畳間に置かれたちゃぶ台の前に私がぎこちなく久しぶりの正座をすると、向かいに座った吉満さんは愛おしそうに本を手に取り、こう呟いた。

「これはセンジュ出版の最初の1冊。ずっと探し求めていた本が、奇跡のように私のところにやって来たんです」

奇跡のように、1冊の本がやって来る?

そう語るのには、わけがあった。

吉満さんは、22 才で出版社に就職してからずっと編集ひと筋。「ふぅ、やっと校了。あ、すぐ次の校了か……」と、息が上がりそうになりながらも、次々と本をつくってきた。やがて管理職になり、初版は何千部、毎月の売上目標はいくら、と数字を追いかける毎日。

「今日死んでも何の後悔もない、というほど燃焼しきって仕事をしていました。今考えると若気の至りなんですけど(笑)」

本は何ができるんだろう?

全力疾走していたその吉満さんに、思いがけず急ブレーキがかかる出来事が起こる。2011 年の東日本大震災である。

震災当日は気が動転し、4時間半歩いてやっとのことで帰宅した。しかし、2〜3日もするとオフィスは平常勤務に戻った。何事もなかったようにPCに向かってはいたが、津波の映像が頭に浮かび、キーボードをたたく手が何度も止まる。被災地には食べ物や毛布が次々送られていた。でも、「あそこには本は届かない……」とぼんやり考えた。

もちろん、食糧は生きるために欠かせない。

「では、本は何ができるんだろう」

「いったい何がしたくて、私は編集者になったのだろう」

編集者になって14 年、初めて心が立ち止まった。

その翌年、子どもを授かって1年半の産休を取った。平日の昼下がりに千住の街を歩くのもまた、編集者になって初めての経験だった。大きなお腹を抱えて商店街を行くと、八百屋のおじちゃんや、洋品屋のおばちゃんの笑顔が目に染みた。

「身近なこの街のささやかな光景を、今まで全然見てなかったんだなぁ」と気づいた。

大震災と出産。2つの出来事を契機に、超多忙な編集者は、“それまでの自分”と“それからの自分”が、大きく変わるのを感じた。

いったい、何がどう変わったのですか?

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