特集 HRトレンドキーワード2026 エンゲージメント|静かな定着 35%の若手が“静かな定着”状態目を向けるべきは「辞めない理由」 古屋星斗氏 リクルートワークス研究所 主任研究員
古屋星斗氏
「あなたは、なぜ会社を辞めないのか―」辞める選択が当たり前になった現代、大切なのは「なぜ辞めるのか」ではな
く「なぜ辞めないのか」であるとリクルートワークス研究所の古屋星斗氏は話す。独自の研究で明らかになった「静かな定着」状態にある若手層の実態とは。質的にも量的にも中核人材に育ちうるというこの層の若手に、どのような働きかけが必要なのか、話を聞いた。
[取材・文]=平林謙治 [写真]=リクルートワークス研究所提供
2人に1人が転職する時代に「辞めない理由」を問う
びっくり退職、静かな退職、リベンジ退職―― 。2025年は今までにない退職のカタチが注目を集めた。なぜ若者は組織に定着しないのか。その原因や背景が様々な議論をよび、「辞めたい人」の声ばかりが大きくなるなか、リクルートワークス研究所の古屋星斗氏は、あえてこう問いかける。
「なぜあなたは、今の会社を辞めないのですか?」
辞める理由ではなく、「辞めない理由」が古屋氏の研究テーマだ。
「質問すると、多くの人はギョッとしますね。無理もありません。聞かれたこともなければ、考えたこともないのですから。かつて日本では、転職すると賃金が下がる、損をする時代が長く続きました。だから辞めないのが当たり前、その理由を問う意味などなかったのです。それが、ここ10年ほどで外部労働市場の構造が激変し、転職によってむしろ賃金が上がりやすくなった。転職が経済合理性を持ち、キャリアの選択肢として一般化してきたわけです」
実際、25~29歳の若手社会人の転職経験率は47%で、ほぼ半数が1回以上転職しているという。
「SNSを開けば、転職でキャリアアップした同年代のキラキラぶりが嫌でも目に入るでしょう。では、なぜ自分は今の会社で働いているのか。そこに確信を持てないことが、若手の抱く焦りやモヤモヤの根源ではないかと、私は考えています」
転職した方が得をする可能性が高い状況にありながら、なぜ会社にとどまるのか。転職が特殊な選択肢ではなくなったからこそ、辞めない理由を問い直すことに、逆に大きな意味が出てきた。企業にとっても、それが今後の人材戦略の鍵になると、古屋氏は指摘する。
「自らの『辞めない理由』を会社や上司と共有している若手はまだまだ少ないのが現状です。私が行った調査では、20~30代の就業者の18.9%、2割もいません(図1)。8割以上が『なぜ辞めないのか』を組織に語っていない。その理由は簡単で、もっとも多い答えは『聞かれないから』。次いで『話す場や機会がないから』です。調査の結果、そうした“語られない定着”のなかに、ある注目すべきグループの存在が見えてきました」
辞めない理由を共有してはいないものの、高いコミットメントを持ち、離職傾向も低い。古屋氏が「Quiet Committing=静かな定着」とよぶ状態にある若手層のことだ。
語らないが、納得している35%の「静かな定着」
古屋氏は、在職中の若手社会人を対象として、辞めない理由を会社や上司に伝えたかという質問への回答と、自社へのコミットメントの度合いを示すeNPSスコアを分析。その結果を4つのグループに整理、分類したのが図2である。
「図右上の『辞めない理由を伝えていない×eNPSが高い』グループが『静かな定着』にあたります。ことさらアピールしたりしないので注目されにくいけれど、自社や仕事への強い愛着を内に秘め、きちんと納得してパフォーマンスを上げている人たちです。そんな若手が35%もいる。割合としては結構大きいですよね。『静かな定着』にある層が、自社の何に魅力を感じ、納得して辞めずにいるのか。何が彼ら彼女らの内なる動機を支えているのか。それを丁寧に聞いて、組織づくりに活かさない手はないでしょう」
研究によると、若手の「辞めない理由」は単一でなく、かなり多様であることがわかっている。興味深いのは、「その理由の内容とコミットメントの度合いとの間に相関関係がある」ことだと、古屋氏は言う(図3)。
「たとえば『安定しているから』とか『給与や福利厚生が良い』といった受動的なメリットは、多くの若手が辞めない理由として選んでいます。しかし、そうした誰もが選びがちな、いわば“浅い理由”を挙げた人ほど、eNPSのスコアが低い傾向にあるんですね。就活生にもわかるような、一般的な魅力や価値だけでは、自社との強い関係性にはつながりにくいのかもしれません」
逆に、回答率が少ない理由を選ぶ若手はeNPSは高く、自社へのコミットメントが強い。『静かな定着』グループにもこの傾向が顕著に見られると、古屋氏は言う。
「組織に対して本当に納得している人材ほど、その会社のむしろ尖った部分に共感していることがわかってきました。『自分だけが経験した』とか『この職場でしか得られない』と感じるような、深く希少な経験の積み重ねが納得感を高め、自分ならではの強い『辞めない理由』を構築していくのでしょう」
ちなみに、図2の4分類の左下は、辞めない理由を言葉にして伝えてはいるが、その内容がポジティブではないためにeNPSが低く、高いコミットメントを持てないと推測されるグループだ。納得して定着している状態ではないので、「問いを抱えた定着」とよばれるが、割合は7%とそれほど多くない。
右下は、「辞めない理由を伝えていない×eNPSが低い」グループである。今の会社で働き続ける理由を見失い、漫然ととどまっているだけ。辞めたいとさえ思っているかもしれない。最近話題の「静かな退職」の潜在層と考えられる。組織側からは存在が見えにくいが、調査の結果、若手の46%と大きな割合を占めることがわかった。
“定着の質”を高めるためには揺さぶりが必要
最後に、図2の左上は「辞めない理由を伝えている×eNPSが高い」グループ。古屋氏はこれを、若手人材の1つの理想像と位置づけている。
「現在の会社で働き続けたいと思う理由や魅力に感じている点が明確になっており、それを会社や上司とも共有できているのが特徴です。組織から見ても、強く納得して定着していることがよくわかる状態(可視化された定着)にあるので、プロモーションしやすいし、大きな仕事にもアサインしやすい。もっとも安心でき、期待できる若手といえます。すでに各組織の中核として活躍していても、不思議ではありません」
しかし、「可視化された定着」の若手は全体の12%で、いかんせん数が少ない。この層だけに頼る組織づくりは非現実的だろう。「だからこそ、35%と、より大きなボリュームを占める『静かな定着』層に、企業はもっと目を向けるべきなのです」と、古屋氏は力を込める。
「先述のとおり、『静かな定着』層は在職企業へのコミットメントが高く、納得して定着しているものの、その理由を語ったり、共有したりはしていません。『静か』であるがゆえに組織側から定着の質が見えにくく、放置されがちな層ですが、質的にも量的にも中核人材に育ちうる若手の隠れた宝庫と見ていいでしょう」
古屋氏が、「静かな定着」層へのフォローを促す理由はそれだけではない。納得してはいながら、しかし同時に、会社が気づかぬうちに離職予備軍へと転じかねない、危うさも持つからだ。
「ただ静かにとどまっているだけでは、キャリア開発に資する経験が乏しくなりやすいです。新しい挑戦や自分の殻を破るようなアクションができていない可能性がある。なぜかというと、この層の人は自分のキャリアの現状にほとんど不安を感じていないことが、調査によって明らかになりました。だから、停滞や燃え尽きといった状態に陥って安住してしまうのかもしれない。そこが『可視化された定着』の人とのもっとも大きな違いといえます」
「可視化された定着」層は組織から評価・信頼され、自己効力感が高いにもかかわらず、現状には満足していないという。「今のままではいけないという不安を成長意欲に変えて、次のアクションにつなげている」と、古屋氏は分析する。
「翻って、『静かな定着』層をもう一歩進化させるには、停滞しがちな彼らをどう揺さぶっていくかがポイントになるでしょう。研究結果からいうと、異なる環境への越境体験や、師匠とよべるようなロールモデルの存在、そしてときには厳しい指導も必要だと考えられます。厳しい指導とは、求める基準の高い入念なフィードバックのこと。これを徹底して受けることで、『静かな定着』層の“定着の質”が高まるのです」
「辞めない」を前提にコミュニケーションしていないか
すでに指摘したとおり、「静かな定着」に分類される人の「辞めない理由」は、前向きで“尖った”ものが多い。いわば自分だけの、自分ならではの深い“推しポイント”を持つので、それを問い、共有することも有効な揺さぶりになる。
上司との1on1や人事によるキャリア面談など、語り合う場や機会は少なくない。しかし、実際に「辞めない理由」を伝えている人が、2割にも満たないのはなぜなのか。
「『辞めない』のが当たり前だった従来の感覚を引きずって、組織側が『辞めない』を前提にコミュニケーションしているからではないか」と、古屋氏は課題を指摘する。
「たとえば人事との面談だと、どんなキャリアを歩みたいか、どんなポストを目指すのかといったテーマになりがちですが、それはあくまで未来の話。この先何年も今の会社を辞めないことが前提になっていますよね。その前提自体崩れているし、そもそも『辞めない理由』は未来を語る文脈からは出てきません。その社員が今、組織に強く納得してコミットしているとしたら、その理由はやはり過去の経験にあるんですよ。あの先輩に出会えたからとか、あの仕事で成長できたからといったポジティブな経験が、地層のように積み重なって内なる動機を支えている。不確かな将来よりも、『今辞めずに働いている』という事実にもっと目を向けるべきではないでしょうか。組織も、働く人も」
自社の何に魅力を感じ、どういう経験がその裏付けになっているのか。率直に、具体的に問いかけることが、「静かな定着」の若手に、今ここにいる意味の自覚と言語化を促すのだ。さらに古屋氏は「上司や先輩も聞くだけでなく、自らの辞めない理由を開示し、語り合うことが大切」と、アドバイスを送る。
辞める理由を失くすと「辞めない理由」まで失われる
「辞めない理由」の多くが語られていない現状は、組織側から見ると、自社の強みを理解するための宝の山をみすみす放置しているに等しい。再三指摘したように、辞めることはもはや特殊な選択ではなくなった。にもかかわらず、企業は在職者よりむしろ退職者、退職希望者に神経を尖らせ、彼らの「辞める理由」にばかり耳を傾けていないか。
「私も経験がありますが、転職する際に上司や人事から必ず聞かれますよね。『なぜ辞めるの? 』と。その理由を分析することで、人が『辞めにくい組織』にしたいという気持ちはわかりますが、そこばかりを追求しても組織は強くなりません」と、古屋氏は警鐘を鳴らす。
「たとえば、転勤がイヤで辞めていく若手は非常に多いですよね。異動やジョブローテーションなども『配属ガチャ』や『上司ガチャ』といって嫌われます。そうした辞める理由に配慮して、異動の頻度を抑えたり、転勤をキャリアの後半に回すようにしたりする企業も増えていますが、かえってその配慮が、本気で頑張りたいと思っている若手の成長機会を奪うことにもつながりかねません。皆が皆、変化を嫌うわけではなく、海外転勤のようなチャレンジングな経験に期待し、納得して働いている人もいる。彼ら彼女らこそ、組織の中核を担うべき存在でしょう」
「辞める理由」ばかりに忖度して、辞めにくい組織をつくっても、いわば無色透明で、企業としての魅力には乏しいのかもしれない。
「『辞める理由』をなくした結果、納得して定着している人々の『辞めない理由』までなくなっていないか」と、古屋氏は問いかける。
「働き手の価値観が多様化するなか、誰にとっても魅力のある会社は存在しません。目指すべきは“誰か”にグサッと刺さる組織。それをつくるには、自社の強みを尖らせて『辞めない理由』を開発し、どんどん増やしていかなければなりません」
語らないが納得している35%の「静かな定着」層に問いかけることが、その第一歩となるだろう。
「なぜ、あなたは会社を辞めないのですか」

