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OPINION
立教大学 田中 聡氏|
How型思考からWhy型思考へ
経営リーダーに必要な3つの素養

激変する経営環境を背景に、経営人材育成の重要性が高まっている。候補者をいかに選抜し、どうすれば社内で育成できるのか。また、そのために人材開発部門にはどのような役割が求められるのか。昨年『経営人材育成論』を上梓した、立教大学経営学部の田中聡氏に聞いた。

田中 聡(たなか さとし)氏
立教大学 経営学部 助教

東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。慶應義塾大学商学部卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。大手総合商社とのジョイントベンチャーに出向して事業部門を経験した後、人と組織に関する調査研究・コンサルティング事業を専門とする株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)の立ち上げに参画。同社リサーチ室長・主任研究員・フェローなどを務め、2018年より現職。専門は、経営学習論・人的資源開発論。働く人とチームの学習・成長について研究している。

経営人材育成の緊急度が高まっている

経営人材の育成は、この20年、企業の組織人事における課題として必ず上位に上がってくるテーマだ。とはいえ、今日明日にも手をつけないと組織が大きく変わってしまう類いのものではないため、次の世代に先送りにされ続けてきた課題でもある。しかし、ここにきて、いよいよその緊急度が高まってきたと話すのは、立教大学経営学部助教の田中聡氏だ。

背景には、ビジネスそのものの変化がある。たとえば、これまでのように良質なモノ・サービスをつくっていれば売れていた時代から、顧客自身も気づいていない潜在的なニーズを顧客と一緒に考え、価値を生み出す時代へと大きく変化している。既存の産業や業界といった市場競争の枠組みが再編され、競争のルールそのものが大きく変わるなか、企業にも、これまでの会社組織を支えてきた事業形態や組織構造、組織カルチャーや人事制度といった会社全体のシステムをまるごと変革する『コーポレートトランスフォーメーション』が求められるようになってきている。

「会社組織というものは、何か1つのことを変えようと思ったら、関連するあらゆることを変えていく必要があります。たとえばダイバーシティ経営を推進しようとすれば、多様な人材を採用するために新卒一括採用・総合職採用の慣習を見直し、メンバーシップ型からジョブ型・プロジェクト型雇用に改め、これまで一律だった人事評価を刷新しなければなりません。男性・大卒・正社員に偏った管理職の登用基準を見直す必要もあるでしょう。また、フレキシブルな働き方を実現するには、業務インフラとしてのデジタルツール活用が不可欠となるため、DX(デジタルトランスフォーメーション)も進める必要があります」(田中氏、以下同)

こうした一連の改革を進められるのは、経営者にほかならないと田中氏は話す。

「人事部門内での縦割り仕事を見直す必要があるのはもちろん、関連する多くの事業部門・間接部門の理解も得なければ改革を前に進めることはできません。改革に軋轢や衝突はつきものですが、全社的な視点に立ってそれを断行できるのは、経営者をおいて他にいません。つまり、経営者如何でコーポレートトランスフォーメーションの成否が大きく変わってくるわけです。今、多くの企業において、現状の組織では5年、10年先のさらなる変化に対応できないのではないかという強い危機感から、変革をリードできる経営人材の育成が急務の課題になっているのだと思います」

企業のフェーズに適した経営リーダーを選ぶべき

経営人材の育成において検討すべき要素としては、候補者を選抜するためのアセスメント基準、選抜するタイミング、育成方法などが挙げられる。しかし、これらはいずれも手段(How)に関することであり、より重要なのは、なぜ今、経営人材を育てていく必要があるのか(Why)、このWhyに対して会社なりの明確な解を持つことだと田中氏は指摘する。

「経営人材の育成にあたっては、まず会社がどういうビジョンに向かって進んでいるのか、次に、そのビジョンを実現するために経営リーダーに求められる役割は何か。そのうえで、その役割を担える経営人材をどう育てていくのか、という3点を議論すべきです」

しかし現実には、会社としてのビジョンがぼやけた状態のまま、誰を登用するか、その評価基準をどうするか、といった手段の議論ばかりが先行しているケースが多いのではないかと田中氏は危惧する。

「パーパス経営が叫ばれているなか、ビジョンを再構築しなければならないフェーズであれば、それができる構想力を持ったリーダーを選ぶべきですし、分散した既存事業を集約してビジョンに近づけていくことが求められているのであれば、そういう推進力を持ったリーダーを選ぶべきです。自社が今、そして近い将来において何を大事にすべきかという経営のミッションと、それができるリーダーなのかどうかという観点でマッチングさせるべきでしょう」

経営の状況によって、求められる経営人材の特性は異なる。ビジョン構想力、戦略的意思決定力、推進力など、様々な特性があるが、いずれにしても、それらのベースとして必要となるのは、「経営的な視座」を持つことだという。

「長く特定の部門に所属してきた人は、全体最適ではなく部門最適的な思考で意思決定をしがちです。同様に、長らく管理職として短期的な成果を上げることを求められてきた人は、四半期や単年の部門業績にしか目が向かず、5年や10年という長いスパンで会社の未来を考えることがなかなかできません。キャリアを重ねるほど思考様式や行動様式をアンラーニングするのが難しくなるため、できる限りキャリアの早い段階から経営的な視座を持てるように、意図的に多様な経験を積んでおく必要があります」

経営人材を育成するには、候補者を早期に選抜して視座を高める経験をさせ、経営者を決める段階では、その時々の会社の状況に適した特性を持った人材を抜擢することがポイントといえる。

なお、日本企業の人材マネジメントは“早い選抜、遅い昇進”が特徴だと指摘されてきた。経営人材候補としての選抜は30歳前後から行われるが、そのことは本人にも上長や周囲にも明示されず、実際の昇進は40歳前後で行われることが多い。そのため、その間に優秀な人材が辞めてしまう可能性が高い。人材の流出を防ぐには、選抜者を本人にも周囲にも明示すべきだと田中氏は話す。

「これまでは、選抜されなかった人のことを考慮して水面下で選抜が行われてきましたが、選抜をオープンにし、適正な評価に基づいた“健全なえこひいき”をしないと、優秀な人材の確保は今後ますます厳しくなるでしょう。もちろん選考をオープンにすれば、説明責任も問われるようになるため、人事側の負担は必然的に高まります。でも、それこそが一人ひとりに寄り添うタレントマネジメントの本来の姿であり、“必要な負担”ではないでしょうか」

ミドルマネジャーを経営人材にどう育成するか

多くの日本企業では、経営人材を育成することはミドルマネジャーを育成することでもある。一方、ミドルマネジャーの育成には、ミドルマネジャーの役割に適応させるための育成と、経営リーダーになるための育成という2つの方向性があるが、この2つが混同して語られることが多く、分けて考える必要があると田中氏は話す(図1)。




「日本企業では一般に、マネジャーとして成果を上げた人が経営人材に抜擢される状況があります。しかし、現場のマネジメントができない人材のなかにも経営人材に適した人材はいるはずです。なぜなら、両者に求められる役割は明確に異なるからです。リーダーシップ論で知られるハーバードビジネススクールのジョン・コッター名誉教授は、経営リーダーとマネジャーの違いについて、『リーダーは“不確実性”に対処し、マネジャーは“複雑性”に対処する』と説明しています。つまり、曖昧で先行きの見通しが立たないような状況のなかでも、会社が進むべき方向を決めるのが経営リーダーの役割であり、それを実現するために必要な様々な手続きを行うのがマネジャーの役割ということです。これはどちらが優れているということではなく、そもそも求められている役割が異なるので、それぞれ得意な人が担うべきだということです。したがって、ミドルマネジャーと経営人材は本来、分けて育成するべきだと思います」

現状では、「管理職研修」などのマネジャーを育成するための投資に比べ、経営人材育成への投資は圧倒的に足りないのではないかと田中氏は指摘する。

経営人材の育成手法としてよく実施されているものに、オフサイトで行われる、宿泊を伴う選抜型研修がある。

「こうした研修では、著名な実業家や自社の社長の講話を聞き、自社の経営課題に関するプレゼンを行うといった内容が一般的ですが、これで本当に経営人材が育つのかといえば、それほど効果が高くないことは、誰の目にも明らかでしょう」

こうした研修が行われがちな理由として、田中氏は2点を挙げる。1つは、人事が経営層に対して、経営人材の育成に取り組んでいるという説明責任を果たしやすいこと。そしてもう1つは、現場に与える負担が少なくて済むことだ。

「経営人材を育成にするには、経営の実務経験というタフアサインメント(困難な課題を与えること)を通じた育成に勝るものはありません。それがなかなかできないのは、本業に支障をきたす可能性があるからです。部門の業績責任を負った部門長は、優秀な人材が引き抜かれてしまうことを恐れて人材を囲い込もうとし、本当に優秀な人材を候補者として推薦しなくなる傾向にあります」

タフアサインメントを行うには、その必要性を社内に訴え、事業部門長の理解・協力を得ることが必要になる。また、経営人材候補者は全社のタレントとして位置づけ、経営トップが人事権を持って柔軟な人事異動を促すといった取り組みも有効だ。

タフアサインメントが非連続な変化を促す

経営人材を育成するために、なぜタフアサインメントが必要なのだろうか。

多くの日本企業では、先述のとおり管理職を経験した人材が経営職に就くのが一般的だ。

「与えられた目標をどのように実現するか(How)を考える管理職から、なぜそれをやるべきか(Why)を考える経営職に移ることは、非連続的な変化です。Howばかり考えてきた人にとって、Whyは自明のものであり、信じて疑いもしなかったものでしょう。そのWhyを見直すことに対して、それまでの成功経験がかえって邪魔をする可能性があります。そうならないようにするには、自分自身のHowの思考に早く気づいて、それをアンラーニングしながら、Why型の人材に変わっていく機会が必要です。いくら研修のなかでWhy型とHow型の違いを説明したところで、変わることはできません。実際にHowだけでは太刀打ちできないような環境に身を置き、もがき苦しみながら、なんとか結果を出すようなタフアサインメントしかありません。新規事業立ち上げや子会社経営など、実際に経営する経験を持たずして、経営に関するマインドセットやスキルを身につけることはできないでしょう」

田中氏は、タフアサインメントに必要な経験特性として、①不慣れな環境へのトランジション(異動)、②高度な責任、③権限がないなかでの関係性構築、④障害、⑤変化の創造の5つを挙げる(図2)。





「不慣れな仕事環境に移り、重い責任を負う一方、権限がないというジレンマに陥った状況で他者と新たに関係性をつくっていく。そうすると必ずトラブルや、乗り越えるべき壁が出現します。そのなかで変化を創り出していく経験こそが、経営リーダーへの成長には必要不可欠です」

タフアサインメントにおける留意すべき点とは

タフアサインメントは、当事者にとって困難な課題だけに、うまく行わないと優秀な人材が疲弊し、退職にもつながりかねない。どんな点に気をつければよいだろうか。

「タフアサインメントは、学習効果の高そうな人に限定的に行うべきものです。人によっては、どれだけ良質なサポートをしても育成効果があまりないケースもあります。それだけに、きちんとアセスメントを行い、素養のある人材を選抜したうえで、適切な成長支援をすべきです」

では、この「素養」とはどんな点なのだろうか。経営人材候補のアセスメントというと、個人の能力や強みにとらわれがちだが、田中氏は、アセスメントで見落としがちな重要な素養として、次の3つを挙げている(図3)。





1つめは、グロースマインドセット、つまり成長志向だ。

「私たちの研究で、現在のような変化の激しい時代には、業績志向の人よりも、変化することに喜びを感じたり内発的にモチベートされる成長志向を持った人の方が、経営リーダーを務めやすいということがわかってきました。ですので、そうした成長志向の有無を評価することが必要です」

そのうえで、田中氏が最近重要だと考え、2つめの素養として挙げるのが、会社に対するエンゲージメント、“会社愛”だ。

「理屈抜きに会社のことが好きで、当事者としてもっと良い会社に変えたいという思いを抱いていることです。会社を主語にして、会社の未来を語ることができる人は、その可能性にあふれていると思います」

事業部門の優秀な責任者で、誰もが一目置くリーダーだとしても、自分自身や自分の事業を一番に考えている人には、全社的視点が求められる経営トップを務めることは難しい。経営トップは、会社のビジョンを達成するために、その事業が不要だと思えば、時には思い切って撤退や売却などの意思決定をしなければならないからだ。本心から会社に対する思いを持っている人であれば、目的(会社のビジョン)と手段(事業)を分けて考えることができるだろう。

「会社愛というのは、入社の段階から持ち合わせているというよりも、様々なポジションでリーダー的な役割を担っていく過程で、次第に会社が自分ごとに変わっていくことで育まれるものだと思います。周囲から見て、そういう変化が感じられる人は、経営者としての1つの素養があるとみていいでしょう」

3つめのポイントとして田中氏が挙げるのが、チームに貢献できる人物であることだ。

「経営トップといっても、現代の経営はチーム制で行われており、本人の一存で決められることはほとんどありません。したがって、常に経営チームの力を最大化するために、自分に何ができるかを考えて行動できることが求められます」

経営人材への変容をメンターがサポート

一方、タフアサインメントを行ううえでは、メンターによる支援が欠かせないという。

「タフアサインメントの現場では、目を背けたくなるような修羅場が次から次へとやってきます。その都度、問題を市場や社内リソースなど外部要因に帰属させることなく、最終責任者としてリーダーシップを発揮し難局を乗り越えていかなければなりません。その際に、他責思考になっていないか、効果的なリーダーシップを発揮できているか、短期業績的な志向になっていないかなど、渦中にいる本人には気づきにくい部分を、メンターが伴走しながら本人に確認したり内省させるような支援が必要です。本人のリフレクションを促し、自分で自分をリーダーに変えていけるようなサポートです」

そのメンター役には、現役の経営層が理想だという。本人の視座が変わる時に、その変容を評価できるのは経営的な視点を持った人しかいないからだ。その変容は、「今までは自分の事業のことばかり考えていたが、他の既存事業のことも考えるようになった」「四半期や単年度の業績の話ばかりしていたのに、最近は2~3年先の話をするようになった」など、本人と対話するなかで感じ取れるものだという。なお、経営者によるメンターが難しい場合には、外部のプロに任せても構わないとのことだ。

人材開発部門は、経営人材育成にどうコミットしていくべきだろうか。

「経営人材育成の現状を見ると、戦略的、計画的というよりも、慣習で行われているケースが多いように思います。人材開発部門が、経営人材の育成を戦略的に考える役割を経営から託されているのであれば、まず、経営人材育成の目的から考えるべきです。会社のビジョンと経営の現状を起点に、どのような経営人材を育成すべきか、経営トップと議論を交わすことが必要でしょう。そのうえで、育成方法については、経営人材育成に関する科学的な知見を学びながら、適切な方法を採用すべきです」

経営人材育成においても、Howではなく、Whyから考えることが重要だといえるだろう。

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