CASE3 KDDI|スケールメリットを生かし 社内副業という越境経験でキャリア自律を促す 星 亨平氏 KDDI コーポレート統括本部 人事本部 ビジネスパートナー人事部 部門人事支援グループ グループリーダー 他
大手通信会社のKDDIは、2020年6月から社内副業制度を導入している。
利用者数は年々増加して、23年度は419名が社内副業を利用した。
今では社内に浸透した社内副業制度だが、実は当初検討していたのは社外副業だった。
なぜ社外ではなく社内副業に限定したのか。
“第三の道”を選んだ同社の狙いを聞いた。
[取材・文]=村上 敬 [写真]=KDDI提供
社外ではなく「社内副業」を推進
KDDIは現在、「新サテライトグロース戦略」を事業戦略の軸に据えている。「新サテライトグロース戦略」では、5G通信をベースとしたコア事業を中心に、この戦略と連携したDXや金融などの事業領域、さらにモビリティやヘルスケアなど新たな事業領域に取り組み、さらなる事業拡大を推進する。
実は周辺事業や新規事業に力を入れるという戦略は以前から掲げていた。それを実現するために20年8月に導入したのが、KDDI版ジョブ型人事制度だ。人事本部人事企画部人事戦略グループの栗田龍帥氏はこう説明する。
「事業領域の拡大には、社員個人の専門性向上が欠かせません。一方、事業戦略に関係ないところでも、差がつきづらい処遇により成長スピードが鈍化、挑戦意欲が低下するなどの課題もみられました。専門性向上とキャリア自律という観点から導入されたのがジョブ型人事制度でした」
この流れで同時に検討されたのが副業制度である。自分の専門性を高め、キャリアを自律的に考えてもらう機会として、副業の本格的な解禁を検討したのだ。
しかし、検討の結果、社外副業は見送られ、代わりに社内副業制度の導入が決まった。(後述するが、業務委託の社外副業は申請ベースで認可している)
人材の社外流出リスクや労災リスクの回避が社外副業に踏み込まなかった主な理由だが、実は他にも理由がある。社外副業解禁で得られるであろう効果が、社内副業でも見込めるからだ。
副業のメリットを整理しよう。社員から見ると、副業は本業で得られないスキル・人脈を獲得したり、キャリア自律を高める機会になる。一方、企業側から見ても、社員が外部からナレッジを吸収してきたり社外ネットワークを構築することで、イノベーションを促進する効果を期待できる。
「KDDIは単体で約1万人、グループで約6万人規模。事業のポートフォリオも多様で、社内あるいはグループ内で越境の機会を提供できます。中でできることを、わざわざリスクを取ってまで社外でやる意味があるのかと声があがり、社内副業の導入を進めました」(栗田氏)
社内副業にはメリットも多い(図1)。会社全体でみると人材流失とはならずに、社員にとっても多様な経験を積んでもらうことができる。
「様々な事情で一時的に人が足りなくなっても、臨機応変に採用や異動を行うことは難しく、現場ではグループリーダーの負荷が増す問題が起きています。社内副業で人材を獲得できれば、受け入れ部署はワークシェアリングできて負担が減り、全体としても労働力を最適化できます」(栗田氏)
社内副業に充てられるのは業務時間の20%まで
社内副業制度の検討が始まったのは19年。制度設計上、労働時間にも留意した。副業可能時間は、業務時間の最大20%まで。毎日20%を副業に充ててもいいし、週一日だけ副業部門に出勤する形でもいい。時間配分も三者合意で柔軟に決められる。
「当初、労働組合は副業への没頭を理由に残業時間が増えて健康被害が発生することを懸念していました。そのため、副業への従事を業務時間の最大20%以内にすることで副業する人の長時間労働を回避するようにしました」(栗田氏)
労働契約上の課題も残った。多様な機会を提供するという点では、約200のグループ会社でも副業を可能にすることが理想的だ。しかし、労働契約上の取り扱いに工夫が必要で、スタート時には見送られた。
20年8月に導入した時点での制度概要は次のとおりだ。対象はKDDI正社員。募集は通常の異動と合わせて半期ごとに行われ、期間は6カ月間。期間終了後も三者(本人・副業募集部門・本業所属部門)の合意があれば最大6カ月の範囲内で延長ができる。
運用の流れも見ていこう。人事本部ビジネスパートナー人事部部門人事支援グループの星亨平氏はこう解説する。
「副業募集部門に、まず募集案件を出してもらいます。応募者の専門性向上が目的の1つなので、定型業務のみの従事を禁止。募集要項で身につくスキルや必要スキル、副業でのゴールなどを明確にしてもらい、それを見て応募した希望者、さらに本業部門との三者で面談します。副業部門の選考があるため、手を挙げれば全員が副業できるとは限りません」
注目は副業が評価に組み込まれていることだろう。副業開始前に目標が設定されて、これも三者の協議で成果を確認して評価に反映する。成果を出せなければ評価が下がるという点で、越境経験を積むための研修とは違うシビアさがある。
ロールモデルの社内広報で利用者が増加
社内副業制度の導入初年度は、応募者が定員に満たず、129名が利用することになった。制度浸透に課題があったためである。特に浸透が弱かったのが若手社員だ。人事本部では、社内副業制度導入にあたり、ターゲット層を3つに分けた。1つめは、自分の専門領域を探す若手中心の「探索」層。2つめは、すでに自分の専門領域を見つけていて、専門性の向上を目指す「深耕」層。3つめが、すでに高い専門性を獲得しており、副業でそれを発揮する機会を求めている「還元」層だ。
「制度導入時は、還元層の応募もみられました。マーケティングになぞらえれば、新しいものに敏感なイノベーターやアーリーアダプターの挑戦が多くて、圧倒的多数の社員は様子見をしていた印象です。キャリア自律の向上が目的の1つであることを考えると、探索層の参加をもっと促す必要がありました」(星氏)
様子見する探索層を動かすには、ロールモデルを見てもらうことが有効だ。そこで人事本部では、実際に制度を利用して活躍している社員に取材を行い、社内報への掲載を開始した。性別・年齢問わず、副業制度を活用してキャリア探索ができた社員を定期的に紹介した。
一方、魅力ある案件が集まらなければ応募者も増えていかない。案件の掘り起こしも重要であり、22年7月から半期ごとの募集から随時募集に変更して、受け入れ部門が募集をかけやすいようにした。さらに労働契約や人件費負担の問題もめどがつき、22年下期から対象をグループ会社に拡大。社員から見ると越境の機会が広がることになった。これらの改善が実を結び、23年度の社内副業利用者は419名まで増え、社内副業経験者は累計で1200名を超えた。
新規事業の立ち上げが社内副業制度で加速
社内副業制度を導入して4年。それによってどのような効果があったのか。人事本部では社内副業経験者を対象にしたアンケートを定期的に実施。23年10月のアンケートでは「キャリアに好影響があった」と回答した人の割合が86%に達した。好影響の中身として、過半数が「今後のキャリアの方向性が明確になった」「希望する職種、職場に少し近づいた」と回答している。
「社内副業をきっかけに異動した社員も増えていて、23年10月のアンケートでは109名が該当しました。副業終了からタイムラグがあって異動するパターンも多いのでデータの比較が難しいのですが、副業をきっかけとした異動の実数は確実に増えています」(星氏)
社内副業が社員の専門性やキャリア自律の向上につながっているのは、もともと経験学習サイクルに基づいた施策を講じてきたことも大きい。
「KDDIでは副業者に限定せず、1on1で期初に目標設定をして挑戦してもらい、スキルアセスメントでスキル発揮状況を可視化、さらに改善点を刷り合わせたうえで、リスキリングの機会を提供するというサイクルを構築しようとしています。これにより、副業経験が本人の学びやキャリア自律に結びつけられることを狙っています」(栗田氏)
さらにこのサイクルを強化するため、24年下期には、ジョブごとに求められるスキルを可視化する「ジョブ図鑑」のリリースを予定している。社員は自身のスキルマップと比べることで、現状で足りないものが見えてくる。足りないものに気づいた社員にとって、社内副業はスキル探索・深耕のいい機会になるだろう。
社員個人の専門性やキャリア自律向上には一定の成果が見られたが、もともとそれらが求められたのは、コア事業のみならず周辺事業や新規事業でイノベーションを起こすためだった。実は、その点でも興味深い動きがあった。社内副業を活用して新規事業を迅速に立ち上げたケースが相次いだのだ。
「KDDI PICTURES(図2)という映画の配給事業は、あるスペシャリストが起案しました。スペシャリストは社内副業でメンバーを募集することで、理念に共感してもらえるバラエティに富んだ仲間を集めることができました。今では副業者を中心に総勢30名弱のチームになり、多様な意見を取り入れた組織運営ができています。
子ども・家族などの思い出を簡単に3Dスキャンし、等身大で共有できるサービス、思い出3Dプリンター事業(図3)も同様のパターン。役職者ではない社員が起案してまとめ役になり、社内副業制度等を使って組織横断的に人を集め、DAO(分散型自律組織)でビジネスを進めています」(栗田氏)
新規事業にフルコミットするメンバーを集めようとすると、どうしても調整に時間がかかり、時機を逸しかねない。小さくスピーディーに始めるのに、社内副業を通したメンバー集めはぴったりだった。
一方、既存組織への影響はどうだったのか。越境経験で得たナレッジを本業に生かすことが狙いの1つだったが、これも星氏が身近なケースを話してくれた。
「私の所属は人事本部ですが、上司は経営管理本部で社内副業をしていました。副業先でKDDIグループ会社のCFOと接点ができてコミュニケーションを重ねるうちに、財務と人事はつながっていて総合的に見なければいけないと気づいたとか。現在はそのことを本業でも強く意識していると言います」
部長クラスは、高い専門性を副業先で発揮する還元層と想定されている。その還元層でさえ越境経験で新たな気づきを得て、それを逆に本業へと還元している。社内副業が社内でナレッジトランスファーを引き起こしていることは間違いない。
社会の潮流に合わせて社外副業解禁も視野に
目論みどおり、社外副業解禁で期待される効果を社内副業制度で得ているKDDIだが、実は社外副業を全面的に禁止しているわけではない。大学での講師や執筆活動、士業の資格維持に必要な実務など、他社と労働契約を伴わない業務委託などの副業は申請ベースで認めている。
「社内副業との違いは、収入の対価として、成果をよりシビアに求められる緊張感でしょうか。そちらを重視したい社員もいるでしょう。社外の潮流と社内の実態を踏まえながら、今後の方向性を検討していくことになるでしょう」(栗田氏)